とにかく私たちは男女に分かれて脱衣所に入った。
小奇麗な脱衣所の棚にはそれぞれ「猿も木から落ちる」とか「渡る世間に鬼はなし」とかことわざが書いてある。
カナに「ママはどれにする?」と聞かれて、「旅は道づれ世は情け」を選んだ。カナは「早起きは三文の得」を選んでいた。レナは「花より団子」。
子どもたちをぬがせかけてまたまた忘れものに気づいた。
それは髪を結ぶゴム。
いつもは携帯電話のカラビナフックにぶらさげているのだ。自分の分はたまたま静電気防止機能のものを腕につけていたが。
携帯電話も車に忘れてきた。
いつも肌身離さずベルトのところからぶら下げているのだが、よりにもよって千歳に電話したとき外してそのままだ。
子どもたちの髪は長い。
洗ったあと、そのまま入れるわけにはいかない。
どうしよう・・・。
思い余った私は、びしょぬれになった温泉タオルを収納するため持ってきたビニールの巾着から紐をほどき、それで娘たちの髪をまとめあげることにした。
実は高級なここでは目の前の洗面台に自由にお使いくださいと髪ゴムがごまんと置いてあったのだが、それに気付いたのはお風呂上りのことだった。
苦労して苦労して巾着のひもを外し、その上でその必要すらなかったと後から知った時の脱力感。
もう本当にいいことがない。
で、お風呂には先客がいたが、ほぼ入れ違いに上がられた。
外との温度差と湿度と湯気でもう浴室内はミストサウナ状態。
内風呂は長方形で縁は石。
露天風呂は浴室を通ってから外に出るようになっていて細長い岩風呂。風呂の周りは雪の壁のようになっていて圧迫感がある。
一応この露天風呂、それから月見の湯と貸切風呂が
千歳ではかけ流しのようだ。
露天風呂はかなり熱いこともあると張り紙があり、湯もみようの板も立てかけてあったが、外気温が低いせいかむしろ気持ちぬるめなぐらいだった。
いろいろと千歳に関して不運が続き文句たらたらだったが、お湯に関しては申し分ない。
素晴らしく濃く、緑がかって、ずしりと重く、強い塩味がする。
本当にただものじゃないというか、これが本物の松之山温泉という風格だ。
昨日の
芝峠温泉が薄っぺらく感じられてしまうほど。
鼻腔から強い油と薬品臭が入ってくる。
とろとろとお湯は手足にまとわりつき、浸みこんでくる。
上がる前から、もう入っている間から足の皮膚がぴりぴりちりちりと引っ張られるような感触。
上がった後は体力を吸い取られてどっと疲れそうな感じだ。
お湯の中にもときどき大きく成長した湯の花が浮いているが、レナが面白いものを見つけた。露天風呂の岩の隙間、ちょうどお湯があふれていく部分に、羽毛を広げたような凄い状態の湯の花を見つけた。
面白がってレナが手に取るとゲル状だった。
暑がりのカナはもう上がってしまった。
そろそろ私たちも上がるか。