◇◆実りの山梨◆◇
御坂路さくら公園キャンプ場
飼い主の姿などどこにも見あたらない。
親犬は首輪をしているようだが繋がれている様子は無い。子犬たちは首輪すらしていないようだ。
一瞬野犬かと思ったが、どう見ても野犬ではない。
というのは、親犬は明らかにレトリバー。親と子犬の一匹はクリーム色でもう一匹は黒い毛をしていた。
毛並みもつやつやでこんな野犬、有り得ないのでは。
というか、早朝のキャンプ場に乱入してきて、いきなりゴミを漁る巨大なラブラドールレトリバー、それこそ有り得なーい。
がっちゃんがトレーラーから出てきた。
「おすわり!!」
ぴしっとレトリバーは座った。
「この犬、ちゃんと仕付けられているよ」
さらにがっちゃんは首輪を調べて今年の予防接種の記録を見つけた。
どう見てもどこかきちんとした家で飼われている犬たちのようだ。
いやいや、きちんとした家だったら逃げ出してきてキャンプ場のゴミを勝手に漁ったりはしないか。
犬好きのちび姫ちゃんもトレーラーから出てきて子犬と遊んでいる。子犬たちもよく人に馴れていて、じゃれついてくるばかりで咬んだりしない。
パジャマ姿のカナとレナも出てきた。目を丸くしている。
犬の侵入に一番に気づいたのはちび姫ちゃんで、鳴き声がしたからトレーラーの窓から覗いたら犬が見えたんだそうだ。
彼女は子犬を抱き上げた。
とりあえず私は母犬に名前を聞いてみた。
「キミ、名前は?」
「ワンッ」
そーか、名前は「ワン」か。
犬とたわむれるがっちゃんやみずきちゃん。うちの子どもたちは結構びくびくおそるおそる。
がっちゃんは一通り「お手」だの「ハウス」だの親犬のしつけを見てから、昨日の残りの豚の骨や焼きおにぎりをあげた。
犬たちはよほどお腹が空いていたのか、がつがつと食べている。
「どこから来たのかなー」
「一人暮らしの老人が死んで、それを知らせるために逃げてきたとか嫌だなぁ」
「っていうか、一人暮らしの老人は猫ならともかく大型犬飼えないって」
子犬が私にもじゃれついてきたのでしゃがんだら飛びついて顔をなめだした。こらこら。
「親子かなー」と子どもたち。
「親子じゃないよ。一匹は黒いもん」とちび姫ちゃん。
「いや、たぶん親子だと思うよ。お父さんがこの色だったんじゃないかな」と私。
三匹は暴れたりしないが、たまに少し離れたテント組が飼っている犬が吠えると、とたんに三匹並んで「ワンワンワンッ」と吠え始める。ちびどももいっちょまえ。さっきの声もこれだったんだ。
カナとレナもおそるおそる子犬に近づいて触ったりした。
茶色いこはやんちゃで、黒いこのほうが人懐こい。
三人の子どもたちはいつの間にか子犬に「しろ」「くろ」と勝手な名前を付けて呼び始めた。
母犬の方はひとしきりご飯を食べると、私たちの車の横で呑気に寝そべった。
それを見てyuko_nekoさんは笑いながら「おたくの犬?」と言った。
結局、犬たちの正体は最後まで分からずじまいだ。
昨日の朝は来なかったんだから、いつもこのキャンプ場にやってくるわけではあるまい。
さんざん食べ物を漁って、子どもたちと遊び回った後、ふいに親犬が何かを思いだしたように走り出し、子犬たちを引き連れてキャンプ場を出て坂道をのぼり、見えなくなってしまった。
カナとレナとちび姫ちゃんは途中まで追いかけたが、すぐに見失った。
たぶん近くで飼われている犬が何かの拍子に繋いであるものをはずして逃げてきたんだと思うけど、早朝のキャンプ場に犬が飛び込んでくるなんて有り得ない。有り得ないよー。