10.大文字屋は非加水掛け流し
用事のある時は鳴らせと言うブザーがあったので押すと、ほどなくして女将さんが出てきた。
立ち寄り入浴できるか伺うと、玄関の正面の方にある浴室はちょうど清掃中だからと言って、左手の廊下の方へ案内してくれた。
途中、窓から中庭のような囲われたスペースと、その向こうに建つとても古そうな三階建ての木造の廊下が見えて、こういう宿は好きだなと思った。
案内された浴室は明らかに清掃後に誰も入った様子が無く、女将さんは脱衣所や浴室の電気をつけて回った。
共同浴場はどこも混雑していたが、こういう日は旅館の立ち寄り湯は空いている。
貸切貸切と嬉しく思いながら浴室へ向かった。
残念ながら広く取られた窓のすぐ外側は目隠しなのか雪を防ぐためなのか囲われていて展望は無く全体的に薄暗い感じだった。
でも欠点と言えばそのくらいで、黒御影石で縁どられた品の良い四角い浴槽はなみなみと源泉で満たされていた。
ごくわずかにゆで卵のような臭いがしたが、ほとんど臭いは無い。
お湯は熱めですっきりすべすべ。無色透明で湯の花は見当たらない。
とても良い感じのお湯だ。
今日、4湯入った赤湯の温泉で言えば、最初に入った
烏帽子の湯とこの
大文字屋の湯が残りの二つより鮮度が良く印象的だ。
壁際の中央に湯口があって、ほぼ湯面と同じ高さなので湯の落ちる音もせず、本当に静かに流れ込んでくるのだが、不思議なのはその湯口からの湯量は決して多くは見えないのに、縁から常に掛け流されていくお湯はかなり多く見えることだ。
熱いので中でそんなに移動せずただ不思議に思っていたのだが、上がった時に女将さんがいらしたので聞いてみると、浴槽の下の方からも二ヶ所、お湯を注いでいる口があるのだと教えてくれた。
「冬場は寒いので、下の方がぬるくならないように下から沢山入れるんです。そうすると上下の温度差があまり無くなります。でも夏場はぬるめで良いので下からのお湯は止めて、逆に上の湯口から勢いよくバシャバシャ入れたりするんですよね。その方が見た目も良いので」
なぁるほど。
「お湯加減はいかがでした?」
「熱めでちょうど良かったです」
「それは良かった」
ついでにもうひとつ気になっていたことを。
「赤湯の温泉は集中管理された共同源泉なんですか?」
「ええそうですよ。でもお宿によって使い方は違いますけどね。循環しているところもあるし」
もちろん大文字屋は掛け流し。加水もしていないそうだ。