10.元禄の湯
元禄の湯は玄関を出て左前方に建っている。
雨の日もぬれずに移動できるが別棟なのだ。
朱塗りの橋を渡ってきた場合は、右手にある建物がそれだ。
建物の右から岩でできた飲泉設備、男湯入口、女湯入口となっている。
男湯、女湯ともに簡易な下駄箱が置いてあり、大きな暖簾が下がっている。
暖簾をめくり戸をあけると湿度の高い空気がむわっと出てきた。
ここは浴室内に脱衣スペースのあるレトロな作りなのだ。
浴室内は思っていたより広く、壁が白いため明るく見えた。
行儀よく五つ並んだ長方形の浴槽、アーチ型の意匠を凝らした窓。写真で見ていた元禄の湯がそこにある。
床下に温泉を流しているのか乾いたタイルの上でも足の裏がかなり熱い。
入ってすぐのところに脱衣籠や脱衣棚が備え付けてある。
一番手前の少し大きな浴槽は先客がいたので、窓際の小さめの浴槽を独占することにした。
少し丸みを帯びた縁に腕を掛け、頭を乗せる。
うわぁ、すごくいい湯。
それぞれの浴槽には同じ位置に源泉を出すと思われる蛇口がついているが、今はそのほとんどが腐食し用をなさない。
いくつかはたらたらと湯を出し続けているが、止めることはできない。
残りは既にお飾りになっているのか湯を出す気配も無い。
湯は浴槽の中央辺りからほどよい温度でじんわり静かに出ているようだ。
既にオブジェと貸した蛇口にはクリームソーダさながらの青と白の析出物がもこもこと育っている。
いいなぁ、四万の湯は。
こしきの湯が硬く不器用だとすれば、
積善の元禄の湯はもう少しこなれたような柔らかさがある。
ああでもなんで元禄なんだろう?
どう見ても江戸時代の元禄じゃなくて鹿鳴館の明治時代や大正浪漫系なのに。
お風呂に身を置いたまま、白壁のちょうど目線の高さに小さなドアがある。
そこは蒸し風呂、いわゆる温泉蒸気を利用した旧式のサウナで、そこから人が出てきた。
入るときは札を返して利用するようになっているのだが、無人になったので中をのぞいてみる。
ごく狭い一人分のスペースがあった。狭いところの苦手な私は早々に退散。