6.松の湯の賑わい
「お金、ちゃんと入れた?」
へえーと物珍しそうに辺りを見回していた私はその一言でハッと我に返った。
「そこよ」
入浴中の地元の方が壁を指さすと、確かにそこに善意の箱なる料金箱が据え付けられていた。
もちろん無銭入浴しようとしたわけじゃない。
でもそう思われたのかなと思うとちょっと悲しい。
といっても、管理人のいないのを良いことに無銭入浴どころか浴室の備品まで盗んでいく悪いやつがいるという話をあちこちの共同浴場で聞かされている。地元の方が疑心暗鬼にかられる気持ちも分かる。
とにかく100円玉をチャリーンと箱に入れて、私たちは浴室に入った。
浴室に入るか入らないかのうちに、男湯側から声がした。
「おーい、タオル持ってない?」
パパはどうせ私が何枚か持っているだろうと、自分はタオルを持たずに入ってしまったらしい。
ちょうど男湯と女湯の境の壁が、天井との間、少し隙間が空いている。
背伸びしてそこからタオルを出した。
松の湯の浴室は共同浴場らしい質素な造りで、床と風呂の底はタイル張り、浴槽の縁はコンクリを固めて長方形にしてある。
横に小さな源泉槽のようなものが付いていて、もっとお風呂に近づくと、お風呂そのものは下で男湯と繋がっていることが判った。
一応格子がはまっているが、手や足を突き出せば反対側から触れそうだ。
お湯はとても熱いことを覚悟していたが、意外にも適温だった。
どうも先に入っていた地元の方が加水していたようだ。
何か甘い石の臭いがする。
どこで嗅いだんだか、石の臭いが甘いというのも変だけどとにかくそんな感じの懐かしいような臭い。
とろみがあって無色透明ながら、ところどころ茶褐色の湯の花が少し舞っている。
肌触りは軽いきしきし感。
私の横で、既にyuko_nekoさんは地元の方と話し込んでいる。
地元の方は、湯宿に来たのは初めてなのかとか、どこのお風呂に入ったのかなどいろいろ聞いてくる。
しまいには、私たちが
みやま荘の客だと知ると、7時頃に駐車場に着いた車からファミリーが降りたとか(私たちのことだ)、5時頃にカップルが連れ立って歩いていたとか、なかなかチェックが厳しい。小さい温泉地ゆえ、何もかも見張られているような気すらしてきた。
「湯宿がね、明日テレビに出るのよ、NHKの」
「ふだん着の温泉でしょ」とyuko_nekoさん。「どこが出るんですか?」
「ここじゃないけど、
窪湯がね、映るのよ」と、その地元の方。
窪湯というのはこの松の湯同様、湯宿温泉にある四つの共同浴場のうちひとつだ。私はまだ場所を知らない。yuko_nekoさんは以前来たときに入ったことがあるようだ。
「テレビに映ったらまた人気が出ちゃいますね」
「・・・まあね」
地元の方はちょっと複雑そうだった。
私たちが入っている間に一人二人上がっていって、また一人二人新たに地元の方が入りに来た。
ここは一種のサロンになっていて、何となくこの時間帯は客足が途絶えることはないようだった。