3.早朝の闖入者たち
ざりっざりっざりっ・・・。
何かがテントの外にいる。
テントの布一枚隔てたところで柔らかい足音がする。まるで耳元で聞こえるようだ。
ざりっざりっざりっ・・・。
キャンプ場の泊まり客は昨夜は私たちの他に二組・・・スペースが広いのでそれぞれ離れたところにテントを張っていて、朝の散歩にしてもこんなに他人のテントの側を執拗に歩き回るとは思えない。
気味が悪い。
だいいち人間の足音じゃないような気がする。固い靴の裏じゃなくてもっと柔らかい足音。
ざりっざりっ・・・。
いつまでテントの周りを回っているんだろう。
ま・・・まさか
キャンプ場管理人のおじさんが言っていた野生イノシシ!!?
とたんに「ワンワンワンッ」
鋭い犬の吠え声が響きわたった。
それも遠くじゃなくてすぐ耳元で!!
最終日 2007年10月8日(月) |
パパが先にテントのファスナーを上げて外を覗いた。
私もびくびくしながら顔を出した。
トレーラーはまだしも、布きれでできているテントは野生動物に襲われたりしたらひとたまりもない。
テントの入り口から顔を出して外を覗いた私は目を疑った。
昨日私たちが出した残飯のゴミ袋に顔を突っ込むようにして、なんと巨大な犬が一匹。
さらにその周りにちょこまかと子犬が二匹走り回っているではないか。
飼い主の姿などどこにも見あたらない。
親犬は首輪をしているようだが繋がれている様子は無い。子犬たちは首輪すらしていないようだ。
一瞬野犬かと思ったが、どう見ても野犬ではない。
というのは、親犬は明らかにレトリバー。親と子犬の一匹はクリーム色でもう一匹は黒い毛をしていた。
毛並みもつやつやでこんな野犬、有り得ないのでは。
というか、早朝のキャンプ場に乱入してきて、いきなりゴミを漁る巨大なラブラドールレトリバー、それこそ有り得なーい。
がっちゃんがトレーラーから出てきた。
「おすわり!!」
ぴしっとレトリバーは座った。
「この犬、ちゃんと仕付けられているよ」
さらにがっちゃんは首輪を調べて今年の予防接種の記録を見つけた。
どう見てもどこかきちんとした家で飼われている犬たちのようだ。
いやいや、きちんとした家だったら逃げ出してきてキャンプ場のゴミを勝手に漁ったりはしないか。
犬好きのちび姫ちゃんもトレーラーから出てきて子犬と遊んでいる。子犬たちもよく人に馴れていて、じゃれついてくるばかりで咬んだりしない。
パジャマ姿のカナとレナも出てきた。目を丸くしている。
犬の侵入に一番に気づいたのはちび姫ちゃんで、鳴き声がしたからトレーラーの窓から覗いたら犬が見えたんだそうだ。
彼女は子犬を抱き上げた。
とりあえず私は母犬に名前を聞いてみた。
「キミ、名前は?」
「ワンッ」
そーか、名前は「ワン」か。
がっちゃんは一通り「お手」だの「ハウス」だの親犬のしつけを見てから、昨日の残りの豚の骨や焼きおにぎりをあげた。
犬たちはよほどお腹が空いていたのか、がつがつと食べている。
「どこから来たのかなー」
「一人暮らしの老人が死んで、それを知らせるために逃げてきたとか嫌だなぁ」
「っていうか、一人暮らしの老人は猫ならともかく大型犬飼えないって」
子犬が私にもじゃれついてきたのでしゃがんだら飛びついて顔をなめだした。こらこら。
「親子かなー」と子どもたち。
「親子じゃないよ。一匹は黒いもん」とちび姫ちゃん。
「いや、たぶん親子だと思うよ。お父さんがこの色だったんじゃないかな」と私。
三匹は暴れたりしないが、たまに少し離れたテント組が飼っている犬が吠えると、とたんに三匹並んで「ワンワンワンッ」と吠え始める。ちびどももいっちょまえ。さっきの声もこれだったんだ。
カナとレナもおそるおそる子犬に近づいて触ったりした。
茶色いこはやんちゃで、黒いこのほうが人懐こい。
三人の子どもたちはいつの間にか子犬に「しろ」「くろ」と勝手な名前を付けて呼び始めた。
母犬の方はひとしきりご飯を食べると、私たちの車の横で呑気に寝そべった。
それを見てyuko_nekoさんは笑いながら「おたくの犬?」と言った。
結局、犬たちの正体は最後まで分からずじまいだ。
昨日の朝は来なかったんだから、いつもこのキャンプ場にやってくるわけではあるまい。
さんざん食べ物を漁って、子どもたちと遊び回った後、ふいに親犬が何かを思いだしたように走り出し、子犬たちを引き連れてキャンプ場を出て坂道をのぼり、見えなくなってしまった。
カナとレナとちび姫ちゃんは途中まで追いかけたが、すぐに見失った。
たぶん近くで飼われている犬が何かの拍子に繋いであるものをはずして逃げてきたんだと思うけど、早朝のキャンプ場に犬が飛び込んでくるなんて有り得ない。有り得ないよー。
二日間天気は良かったが、今朝は天気予報通り今にも雨が降りそうな空模様だった。
ゆっくり朝ご飯を食べて、それからテントの撤収。
その間にも時々霧のような雨は降ったが、本降りにはならずに済んだ。
私たちの他にこのキャンプ場に泊まっていた二組は早々に片づけて消えてしまった。
いつもは帰宅日もお昼ぐらいまで一緒にいる私たちだが、今日はここでお別れ。
昨日、既に予約が一杯で取れなかった花かげの湯のマッサージを、がっちゃんたちは今日は朝から電話して押さえていた。
私たちは私たちで、渋滞回避と夕方からのカナの塾とで朝から帰らなくてはならない。
でも既に来月にまた会うことが決まっている。
二年前に
四万温泉の四万たむらで行った忘年会を今年もやることになっている。
パパの休みが取れないから諦めていたが、私と子どもたちだけでもがっちゃんの車が乗せていってくれるということになったからだ。本当なら交通手段がなんとかなったとしても、旅行好きのパパを置いて行くのは忍びないのだが、今回の四万忘年会は、友人の結婚お披露目会を兼ねているのでどうしても出席したかったのだ。
「じゃあまた来月」
「またね」
この後、yuko_nekoさんたちは笛吹川温泉に寄って、それから花かげの湯に行ったらしい。
私たちももう一ヶ所だけ温泉に入って帰った。
ここから一宮御坂ICに行く途中の、
ももの里温泉。
御坂路さくら公園キャンプ場から近い日帰り温泉は、ももの里温泉と紅薔薇温泉みさかの湯というところがある。
私はももの里温泉の方が絶対に近いと思うが、何故か一昨日、キャンプ場の管理人はしきりとみさかの湯を勧めてきた。ここが近いという。おまけにももの里温泉のことは知らないと言う。
ちなみにももの里温泉もみさかの湯も、またもうひとつ、みさかの湯の近くに石和ふれあいセンターなごみの湯というところがあって、これら三つは「ふえふき市の湯」という笛吹市指定業者が管理している。三つ子のような関係だ。
御坂路さくら公園を出て直ぐに、本降りの雨が降り始めた。
良かったー、テント撤収後で。
ずぶぬれのテントやタープをそのまましまうほど嫌なことは無い。
もう雨が降ってもいいや、どうせあとはお風呂に入って帰るだけだしと私たち。
ももの里温泉はその名の通り、桃畑の斜面にある。周辺は桃畑と民家とあと少し葡萄畑。
駐車場の一角に温泉スタンドもあり、私たちが着いたとき、小学生ぐらいの子供を連れたお父さんが軽トラックで温泉を汲みに来ていた。
入り口はちょっと奥まったところにあって、両側を休憩室の建物で挟まれている。
公共の温泉としてはそれほど規模が大きくない。
まだ雨が降っていたので私たちは急いで屋根の下に入った。
お風呂は内風呂と露天風呂と有り、建物外観の印象からすると意外に大きかった。
お湯は昨日、一昨日と入ってきたこの辺りの温泉らしい感じで、比較的ぬるめで無色透明、きしつく肌触りがある。
やっぱり塩素の臭いの他は感じられず残念だ。
今回の旅行で、
ほったらかし温泉、
はやぶさ温泉、
鼓川温泉、ももの里温泉と入ってきて、どれも特徴的によく似ているものの、唯一塩素の臭いがしなかったはやぶさ温泉がだんとつに癒された。この臭い一つで、これら品行方正な温泉の良さはほとんど失われてしまうような気がする。
でも、ももの里温泉の露天風呂は子どもたちがとても気に入った。
子どもたちの後を追って私も露天風呂に出てみると、なんとそこには薔薇風呂が待っていた。
露天風呂は岩で、浴槽は二つ。
そのうちひとつは打たせ湯から繋がっていて一部屋根があるので常連らしい年輩客がずっと入っていた。
もう一つは屋根がない。まだ少し雨が降っていたのでこちらは誰もいなかった。
その浴槽の中央に、丸く薔薇の花が浮いている。本物だ。
遠目には何か籠にでも入れて浮かべてあると思ったのだが、近づいてみたらフラフープのような輪で囲ってあるだけだった。輪を外せばお湯の中にいっせいに散るようになっている。
その輪が大小ふたつ。
子どもたちは目を丸くして薔薇の花に近づいた。
「これ本物?」
「本物だね」
「すごーい」
ひとつ手にとって匂いを嗅いでみた。
白い薔薇がいい匂い。
ここに薔薇風呂があるなんて知らなかったが、同経営のみさかの湯は紅薔薇温泉だし(凄い名前だ)、ローズガーデンがある。きっとそこから摘んできたんだろう。
カナとレナが薔薇と持ち込んだポケモン人形で遊んでいると、小学生から中学生ぐらいの余所の三姉妹も現れて、やっぱり薔薇風呂に目を丸くしていた。
いつの間にか雨が止んでいる。
カナは「ちび姫ちゃんと一緒に薔薇のお風呂に入りたかったな」と呟いた。
上がると休憩室でパパが軽い食事をしていた。
男湯には薔薇風呂は無かったそうだ。
さっき朝ご飯を食べたばかりだと思ったが、既に11時と中途半端な時間だ。
自分は朝ご飯をがっちりと食べてしまったからそんなにお腹が空いていないが、子どもたちはあまり食べなかったから聞いてみよう。
「何か食べる?」
「いらない」
「この先しばらく食べられないかもよ」
「じゃ、食べる」
二人はおむすびなら食べると言いだした。
そこで私が休憩室の端にあるカウンターでおむすびを注文しようと思ってそこを覗き込むと・・・
休憩室はがらがらだったし11時という中途半端な時間に注文してくる客はいないと思っていたのか、カウンターの中で仕事をしているはずの四人の従業員は、めいめいサンドイッチや菓子パンにかじりつこうと、まさに大きな口を開けた瞬間だった。
「・・・あ」
向こうも、しまったと思ったに違いない。
ビミョーな空気が漂った。
「す、すいません、おにぎりをですねー」
「ああ、はいはい、おにぎりですねー」
慌てて何事もなかったかのように会話する私たち。
ちなみにおにぎりは具入りしかなかったのだが、子どもたちは塩握りが良いと言っていたので聞いてみると特別に作ってくれた。
帰り道はほとんど渋滞には掛からず。
時間の読みもばっちりで、ほぼストレス無く帰り着いた。
ももの里温泉で買ってきた「あげもち」を家に着いてからみんなで食べたけど、これがとっても美味しかった。
今年最初にしてたぶん今年最後のキャンプはそんな感じだった。
山梨、なかなか面白かったよ。
レトリバーがキャンプ場に遊びに来たときはびっくりしたけどね。