何も決まった予定は無い旅なので、まったく異論は無い。
風を入れようと窓を開けるとミンミンゼミの鳴く声がうるさいほどに聞こえてくる。
さて、吾妻峡温泉天狗の湯は、時代や政権に翻弄され、現在も建設の是非を問う声の小さくないあの八ッ場ダムに絡んだ温泉施設である。
温泉ファンの間では八ッ場四兄弟などと呼ばれたこともある地元の人のために作られた四つの施設の一つで、仮浴場だったころに訪れたことがある。
仮浴場と言っても立派なもので、建物の外観は真新しくちょっと大きめの共同浴場の感じ、駐車場も休憩室も備えてあり、窓の広い浴槽も十分なサイズだった。
何より贅沢に掛け流される硫黄と金属の臭いのある源泉が上質で、建設の理由が理由であるため一般には公にされていなかったし町外の利用は遠慮するようにと張り紙はあったが、知る人は通う良いところだった。
その天狗の湯仮浴場の休憩室の卓上に、新たに建設される一般向けの新天狗の湯の図面が展示してあった。
ああ、ここはやっぱり「仮」で、リニューアルされちゃうんだねなんて思ったものだが、実際にそれが完成してから来たことは無かった。
「そういえばね、他にもリニューアルした温泉の話があるよ。
湯端温泉、覚えてる?」
「猫がいたところ?」
「そうそう」と私。「あれから息子さんが完全リニューアルして今年から日帰り温泉として営業してるって本人からメールを貰った。先月からは素泊まりの宿泊も再開してるみたい」
「行ってみるか?」
「湯端温泉も?」