朝食はビュッフェ式だった。
パパが朝風呂に行っていいよと言ってくれたけど起きられず、ようやく食事時になって身を起こした。
既に小枝子パパを始め、早起き組は朝食中だった。
私たちも適当に食べたいものを取り分けてくる。
私とレナは洋食、パパとカナは和食だ。
ビュッフェだとシリアルや果物も食べ放題なのがいいな。
しっかり食べたところでようやく目が覚めた。
朝食後もまだ少し時間があったので、それから朝風呂に行くことにした。
パパと連れだって、グランドホテルの方に行ってみることにした。
四万たむらの花湧館に泊まっても、たむら本館のお風呂や
四万グランドホテルのお風呂は入り放題だ。
別に目印などは無い。
たぶん浴衣の柄やサンダルを見て宿泊客かどうかチェックするのだろう。
グランドホテルは坂道を降りた先だ。
四万たむらはこれだけ由緒と雰囲気のある宿なのだから、できればここで安っぽいサンダルではなく下駄か何か用意してほしいところだった。
急な坂を転びそうになりながら下りていくと、グランドホテルはたむらとはまた雰囲気が違い、同じ高級そうな様子はあっても、どちらかというと団体客向きかなという印象を受けた。
ツアー客用の大型バスが入り口に停まっている。
中もいかにもありがちなきらびやかさだ。
あれっ?と思ったのは、土足OKなことだった。
ホテルなのだから当たり前なのだが、四万たむらや花湧館は旅館タイプだったので靴を脱いで上がる必要があったので違和感を感じた。
館内はこれまた四万たむら同様判りにくく、エレベータを使ったりしてお風呂までの道のりはかなり遠かった(帰路は階段を上ったらすぐロビーに出た・・・こっちから行けば近かったとは)。
清掃時間ではなかったが、係りの人がゴミを集めたりしていたので、「入れますか?」と聞くと「どうぞ」と返事が返ってきた。
他に入浴客はいない。
広いお風呂を独り占めできそうだ。
まずは露天風呂へ。
朝の空気が冷たい。
四角いまあまあの大きさの浴槽。
縁は檜で囲われている。
さらに露天風呂のあるスペース自体、周りより低い位置に作られていて景色が見えない。
見晴らしが悪いのは予想外だった。場所を考えれば当然なのだが、なんとなく四万グランドホテルぐらいのネームバリューがあればもうちょっとロケーションの良いお風呂を持っているのではないかと思いこんでいたのだ。
まあ、自然景観を見ながらのんびりしたい人は、たむらの森のこだまへ行けということなのかもしれない。
お湯はかなりぬるかった。
四万温泉のお湯はもうちょっと熱い方が四万温泉らしいな。
臭いは浴槽の木の臭いの他は特に感じられず。きしつきながらもすべすべする肌触りはたむらの方のお風呂と一緒。
一応グランドホテルの岩舟の湯と室生の湯は、岩根の湯源泉と言うことでたむら本館のお湯とは違うのだ。といってもこれといって印象に違いは無いのだが。
しばらく温まった後、檜の浴槽の隣に二つ並んでいた樽風呂にどぶんと入ってみた。
最初は飾りかと思ったが、これもちゃんと浴槽になっている。
源泉が樋を伝わってきて、樽の中に注がれるようになっている。
見上げると垣根の向こうからのぞく紅葉。
晩秋の朝風呂だ。
内風呂から露天風呂に出るところに、蒸し風呂(ミストサウナ)もあったのでちょっとのぞいてみた。
流石にあまりゆっくり入る時間は無いのでのぞくだけで諦めた。
最後に内湯に入って温まった。
先ほどの清掃の人はもう行ってしまったようで、内湯は無人になっていた。
岩舟の名の通り、男湯の方は浴槽が船の舳先の形をしているらしいが、女湯は特に何の形ということもなく、片側が波打つ形になっているだけだった。
精算を済ませてみんなで記念写真を撮った。
帰る前に、今回初対面だったMちゃんが言った言葉が印象に残っている。
「あのね、パパに旅行に行くと言われたとき、本当は嫌だったの。全然面白くなさそうだと思ったんだもん。
でもね、来て良かった。
来たらね、すごく面白かったよ。お友達もできたし」
最初はすごく私たちに対して構えていたMちゃんが、こっそり私の腕を掴んでそう言ったとき、私も本当に嬉しかった。
そしてMちゃんがとても素直にその気持ちを口にしてくれたことがまた嬉しかった。本当だよ。
これからどうするのかみんなに聞いて回ったら、晶ちゃんはこしきの湯に行きたいけどだださんは真っ直ぐ帰りたいとか(結局だださんが勝って寄らずに帰ったらしい)、やませみさんは
沢渡温泉を回っていくとか、オリーブさんたちは軽井沢の方へ行くとか(結局諦めて赤城経由で帰ったらしい)とか、みんないろんなプランを持っていた。
「yuko_nekoさんちはどうします? 子供たち、もう少し一緒に遊びたいって言うと思う」
がっちゃんが沢渡に公園があったよと教えてくれた。
でもyuko_nekoさんはあそこはあまり遊べそうな公園じゃないと言う。
結局中之条町のたけやま公園に行くことに決めた。
たけやま公園のある嵩山とは、四万温泉の手前にある独特の形をした岩山で、霊山として信仰の対象にもなっており、昔は嵩山城という城もあった。
今はそばうち体験のできるたけやま館、食事のできるそば処けやきのある大きな公園になっている。
隣には親都神社という神社もあり、群馬県の天然記念物である大ケヤキが立っている。このケヤキは乳のでない女性に御利益があると信仰を集めているそうだ。
途中でちょっと迷ったが、何とか無事にたけやま公園に着いた。
カナもレナもちび姫ちゃんと一緒にがっちゃんの車に乗せてもらっていたので、親が車を降りるときにはもうさっさと遊具のある方へ行ってしまっていた。
駐車場から見上げる嵩山は、紅葉まっさかりという感じだ。
追って遊具の方へ行ってみると、yuko_nekoさんが子供がとても喜ぶ公園だと教えてくれただけあって、吃驚するほど充実していた。
斜面には幼児用のアスレチックのようなカラフルな巨大遊具があって、大きな滑り台が二本、伸びている。
この寒いのに他にも遊んでいる子供がいる。
子供は元気だが、付き添いの親たちはみんなコートを着た背中を丸めて寒そうに震えていた。
ふとそこでレナが大変なことを思い出した。
「鏡を忘れてきた」
えっ?
「あの自分でラブカスを描いた手鏡だよ」
あああれか。昨日、薬王園の木工体験で作ったやつだ。
「どこに忘れてきたの!? 部屋を出るとき一通り見たけど何も残っていなかったよ」
「みんなで隠れたところ」
押入の中かいっ。
昨夜から何度も子供たちはあの中に隠れていたもんなぁ。あの座布団とか仕舞ってある処に置いて来ちゃったんじゃ流石に気づかなかった。
「・・・判った。お泊まりした旅館の人に聞いてみるからちょっと待ってて」
外は風の音が強かったので、車に戻って電話することにした。
花湧館にはすぐに繋がった。
たぶん受けたのは予約係だったらしく、事情を話すとフロントの方に回してくれた。
フロントで応対してくれた女性は、すぐに「あっ、私、その手鏡知ってますよ」と吃驚したように言った。
「昨日、薬王園で手作りした鏡ですよね。私、お子さんから見せてもらいましたよ」
あっ、じゃあ昨日の昼にお風呂の受付をしてくれた人だ。
「だからどんなのか覚えてますよ。忘れた場所を教えていただければすぐに探してきます」
「ありがとうございますっ」
見つかったら携帯に電話してもらうことにして、いったん電話を切った。
そして10分もしないうちに折り返し連絡があり、結局パパが一人で四万たむらに戻って手鏡を受け取ってくることになった。
レナ、頼むからもう忘れないでくれ。
貫徹状態だったyuko_nekoさんは、たむらのビュッフェ式朝ご飯を食べ損ねていたので、たけやま公園の蕎麦処けやきで早速朝食を。
その後パパが蕎麦処けやきで今度は早めの昼食を。
そしてパパはたむらへ向かった。
手鏡を受け取りに。
子供たちはがっちゃんの指導のもと、たけやま公園の今度は室内で遊んでいた。
たけやま公園には屋外の遊具だけでなく、ちょっとした屋内スペースもある。
ソフトブロックやボールプールなど、寒い日や雨の日でも幼児から子供まで遊べるようになっていた。
寝不足の頭は、ガラス越しに陽光を浴びているとぽわぁんと眠くなってきた。
がっちゃん、ありがと、子供たちの相手をしてくれて。
パパが無事手鏡を携えて戻ってくると、流石にカナもレナもお腹が空いたというので、けやきで今度はすいとんを注文した。
けやきの中はストーブがいくつか置いてあるのだが、それでも寒い。
yuko_nekoさんとどこのお風呂に入っていこうかと相談する。
沢渡ならどこか旅館のお風呂に入ってみたいという私に、yuko_nekoさんがまるほん旅館で前に嫌な目にあったことを教えてくれた。
旅館が悪いのではなく、同浴者に恵まれなかったらしい。変質者まがいの人がいたというのだ。
まあ混浴だしね。変な人がいることはあるよね。
じゃ今回沢渡はやめよう。
後は・・・。
「昨日のび〜さんに教えてもらって入ってきた
天狗の湯ならもう一回入っても良いよ」
ホント?
沢渡ならいつでも行かれるけど、天狗の湯は場所がよく判らないこともあって、これを逃したら入れないかもしれないし。
よし、今日は天狗の湯にしよう。
八ツ場四兄弟は
林温泉にしか入ったことがない。
残りの三つに入ることは諦めていたので嬉しかった。
岩櫃山の辺りかと思っていたが、かなり道を走っている。
やっぱり八ツ場四兄弟。
川原湯近くまで戻らなくてはいけないのだろうか。
どこまで行くのか心配になってきた頃曲がった。
パパが
川中温泉の近くかと言った。
ナビの道は途中で途切れていた。
林温泉へ行ったときもそうだった。
けれどくねくねとわけも分からず迷った林温泉と違い、吾妻峡温泉天狗の湯は割にあっさりと到着した。
駐車場の脇に黄葉した木が枝を伸ばしている。
入り口横の板に、「八ツ場ダム関連施設 吾妻峡温泉 天狗の湯 仮浴場」と、また、「町外の方のご利用はご遠慮下さい」と明記されている。
明記されているが、今回は入らせてもらうことができた。
昨日寄ったときにyuko_nekoさんたちが、町外ですが大丈夫ですか?と聞いたけれどもそのときも入らせてもらえたと教えてくれた。
八ツ場ダムというのは未だに建設を巡り様々な物議が醸し出されているいわく有りのダムなのだが、このダム建設に関連して吾妻川流域に四ヶ所の温泉が掘られた。
四つの温泉の名前は、それぞれ林温泉かたくりの湯、横壁温泉白岩の湯、温井温泉岩陰の湯、そして吾妻峡温泉天狗の湯。一部では八ツ場四兄弟などと呼ばれている。
林温泉は上毛新聞社発行のガイドブックにも出ている。それは一応部外者もお断りしないという方針だからなのだろうと思われる。
今回の吾妻峡温泉天狗の湯は、公には八ツ場ダム広報センターで配布されている「やんば散策マップ」という無料冊子の地図に大まかな場所こそ記されているものの、観光客が入って良いともいけないとも書かれていない(「やんば散策マップ」には林温泉と横壁温泉は十分な配慮をすれば利用が可能であるといった表記がある)。
八ツ場四兄弟は外観がそっくり似通っているという印象があったが、この天狗の湯は違ったようだ。
林温泉よりかなり大きい。大きいと言ったって地元民専用に近い温泉なのだから極端に大きいわけではないが。
幸い他に誰も先客がいないようだった。
男湯も女湯も空だ。
とてつもなく建て付けの悪い引き戸を引くと、7、8人ほど入れそうな長方形の湯船が待っていた。
2〜3人用ポリバスだった林温泉と比べると、大きさもさることながら、御影石調の湯船も本格的だ。
お湯は熱くない。子供でも抵抗なく入れるくらい。ちょうどいい湯加減だ。
ほんのりと柔らかい硫黄臭と金属臭がして、ゆで卵風の味がする。
ほとんど透明だが僅かに白濁。
yuko_nekoさんが、昨日入ったけど天狗の湯ならもう一度続けて入ってもいいやと言っていた気持ちがよく分かる。
八ツ場四兄弟の中にはダムが完成したらそのまま沈んで消えてしまう温泉もあるようだが、この天狗の湯は今の仮浴場からちゃんとした施設に建て替える計画があるようだ。
もしかしたらそのうちに、もう少し気軽に入れるような日帰り温泉に生まれ変わるのかもしれない。
それが良いか悪いかは別として。
上がった後は、休憩室で一休みした。
天狗の湯にはちゃんとした休憩室が用意されている。
「利用時間は2時間以内」、「ゴミは各自で持ち帰りましょう」となっているが、お茶と湯飲みも置いてある。
私たちが天狗の湯に着いた2時過ぎというのは、ちょうど客足の切れた良いタイミングだったようだ。
3時になると、次々と地元のお客さんが現れた。
さあそろそろお暇しなくては。
ありがとうございましたと受付に礼を言い、天狗の湯を出た。
ここでyuko_nekoさん一家ともお別れ。
といっても、yuko_nekoさんたちとはまた2週間もすれば
修善寺で会えるのだ。
すぐだよ。
流石に天狗の湯は思ったより遠かったので、すっかり帰り道は渋滞にはまってしまった。
カナが小学生になってから、どうしても土日しか動けないので渋滞にはまりがち。
それに一泊だと短い。
本当は二日間で帰りたくはなかった。
本当はもっと群馬にいたかった。
だけどね、この忘年会が楽しくて仕方なかったのは私たちだけじゃなかったみたい。
来年の話をすると鬼が笑うと言うけれど、帰宅して1週間もたたぬうち、もう来年11月18日に再び四万たむらの花湧館で忘年会をすることが決定してしまった。
来年も又、四万のお湯にのんびり浸かることができる。
来年も又、晩秋の上州路を旅することができる。
それって幸せなことだよね。
おしまい