7.ヤンバルクイナを探して
「あーっ、いたーっ、いたいたーっ、ヤンバルクイナ、ヤンバルクイナだーっっっ!!!」
興奮してだんだんと車の窓ガラスを叩く。
本当か?
本物か?
さあそれは今日の旅行記を読んでから・・・
七日目 2005年8月29日(月) |
毎日毎日お天気には恵まれて、しかも台風13号が沖縄目指して突き進んでくる中、丸一日有効に使える最後の日、今日が例え曇天でももう気にならなかった。
東京なんて台風11号がやってくる何日も前から前線が刺激されて雨が降っていた。沖縄で今、雨模様でないだけ幸いというものだ。
だって今日は海に行くわけではない。
昨日、ネオパーク・オキナワで天然記念物ヤンバルクイナに会い損ねてしまったカナが、どうしても沖縄を離れる前にヤンバルクイナに会いたいと言うので、やんばる地方目指してドライブすることにしたのだ。
やんばる(山原)というのは、沖縄本島北部、特に名護より北の大宜味村、国頭村のことを差す。
そのほとんどが亜熱帯性の原生林で覆われ、最北端まで行けば辺戸岬や芽打バンタなどの景勝地が待っている。
昨夜、パパと相談した。
意外にも、沖縄で確実にヤンバルクイナを見ることのできる場所は少ない。
もしかしたら昨日のネオパーク・オキナワが唯一かもしれない。
こんなに名前が売れているのに飼っているテーマパークは皆無に等しい。
国頭村にやんばる野生生物保護センターがあるが、そこでも情報こそ手に入っても本物を飼っているわけではないらしい。そもそも野生動物保護センターは今日は休館日だ。
パパ、昨日カナにヤンバルクイナのいるところに連れていって上げるなんて安請け合いの約束していたけど、本当に大丈夫?
「うーん、まあやんばるに行ってみて、探す努力をして、見つからなかったら帰りにヤンバルクイナのぬいぐるみでも探すことにするよ」
朝7時半。
今日の朝食は、A&Wで食べることにした。
A&Wは前にパパがテイクアウトで買ってきてくれて、21世紀の森公園で食べたことがある。
沖縄らしいファミリーレストランで、こっちの人は親しみを込めてエンダーと呼ぶ。
駐車場で野良猫が一匹毛繕い中だった。
子供たちは可愛い可愛いと喜んで見ていたが、実は野良猫問題がヤンバルクイナの急激な減少に拍車を掛けていると知ったのはもっと後のことだった。
コンボのサンドイッチを頼むと、分解した状態で出てきた。
自分で好きなように挟んで食べるようになっている。
子供たちはそれほど食欲がないようで、ポテトやスープしか口にしなかった。
特にレナはA&Wよりマクドナルドに行きたかったので拗ねている。
A&Wの目の前にマクドナルドもあったのだ。
でもせっかく沖縄なんだからさぁ、マクドナルドはつまらないよ。
オーストラリアのマクドナルドならともかく、沖縄じゃ東京と同じじゃない。
名護市の中心部から、本部半島の付け根を突っ切って北へ向かう。
本部半島と屋我地島に囲まれた羽地内海までは20分ほどだろうか。
ここからはずっと左手に海を見ながら最先端まで北上することになる。
ぽつりぽつりと内海に小島が点在している様子が見える。
まもなく橋が見えてくる。沖縄本島から、小さな奥武島へ、奥武島から屋我地島へ、さらに今年になって屋我地島から古宇利島まで橋が延びた。
本当は今日、やんばるドライブでなければ古宇利島へ行こうと思っていた。
パパは古宇利島名産のウニ目当てで、私は古宇利島の穴場ビーチでのシュノーケル目当て。
何しろ去年までは離島だったところ、今年の4月からはいわゆる陸続きになったばかり。まさに今が旬の島だから。観光地化されておらず、自然の風景や海がまだ残っているのではないかと思って。
時間があったら、やんばるの帰りに寄ってみよう。
海沿いの58号線は、堤防が微妙に邪魔で海一望とは言い難いが、それはその分台風が来たときなど通行するのも怖い波飛沫がかかると思われる道だ。
そう、台風と言えば、近づいている割には天気が悪くない。
今にも降りそうな空模様と言うわけではなく、雲がちょっと多いだけで十分青空と言って通用する。
そしてちょうど私たちの沖縄滞在と重なる8月28日から31日の予定で、パパの会社の同僚Aさんが石垣島に家族旅行に来ている。
いつも晴れ空の下で旅を続けている我が家と違い、どうもAさん一家は嵐を呼ぶらしい。
Aさんたちは毎年夏休みに沖縄旅行に行くことにしているが、過去に台風の直撃を受けて飛行機が飛ばなかったという前歴もあるし、台風がダブルでやってきたこともあるという。
まさかと思っていたが、今年もか!?
我が家の晴れパワーと、Aさん一家の嵐を呼ぶパワーと、果たしてどちらが勝のであろうか。
「トイレに行きたい」とカナ。
あと12キロぐらい進めば塩屋湾を越えたところで道の駅があるからそこまで我慢して。
途中で海沿いに埋め立て地のような場所があった。ひっきりなしに大型トラックが土を運んでいる。
ここに何が出来るのだろう。
人工ビーチかな。
観光施設かな。
あまり環境を壊してほしくないような気もするけれど。
道の駅おおぎみが見えてきた。
沖縄には道の駅が四つしかない。
他におんなの駅なかゆくいだとか、やんばる海の駅だとか、道の駅的な施設はあちらこちらにあるのだが、正式に道の駅に認定されているところは四ヶ所きりで、そのうち三ヶ所は本島西海岸を伸びる49号線沿いにある。
そして49号線沿いの三ヶ所のうち二ヶ所はやんばるにあり、その一ヶ所がこの大宜見村のおおぎみだ。
あまり道の駅らしからぬ佇まいだった。
今までに知っているどんな道の駅よりこぢんまりしている。
看板に琉球村のマスコットだった沖縄の妖精(妖怪?)キジムナーによく似た赤い髪の少年が描かれているが、これは大宜見村では「ぶながや」と呼ぶ。
キジムナー同様森の中に住んでいて、時折人々の前に姿を現すと伝えられている。
道の駅おおぎみは、店先にパイナップルを山のように積み上げて売っていた。
他にもスターフルーツや、冷凍のヤシガニなど。巨大な瓜はシブイ(冬瓜)。
トイレを探して中に入れば、ほとんど田舎の商店みたいな規模の土産物屋があった。
おばあちゃんが一人で店番をしている。
カナと交替でパパもトイレに行ってしまったので、今度は子供たちを連れて道を渡ってみた。
道の駅おおぎみから49号線を渡ったところにアダンの並木と柵と堤防が見えていた。
海の写真を撮ろうかと思ったのだ。
柵から下を見下ろすと、そこには小さなビーチがあり、そこへ降りる道もついていた。
しかし一番驚いたのは、そのビーチへ降りる道のところにたむろしていたカモの集団を見つけたことだった。
なんでビーチにカモ?
1羽、2羽、3羽・・・全部で9羽もいる。
「カナ、レナ、カモがいるよ」
「えー?」
子供たちが追いかけていくと、カモたちは右往左往して、トンネルに逃げ込んでしまった。
ちょうど国道の下を通って、道の駅の傍らにある小さな滝の水が海へ流れ出るようにコンクリートで固めたトンネルが造られている。
大人でも余裕で入れる大きさのそこは、下に淡水の泥水が溜まり、カモたちのかっこうの住処になっているようだ。
上の歩道から誰か降りてきた。
エプロンを着た女性、道の駅おおぎみの職員のようだ。
「カモ、いるかしら」
「はい、吃驚しました。あのカモたちここに住んでるんですか?」
「餌をやってるのよ」
女性は手に袋を提げており、その中にはおにぎりや太巻きがいくつも入っていた。
どうも道の駅で売っている食品が、賞味期限切れになるとカモたちの餌に変わるらしい。
女性はひとつずつ、ぽーんぽーんとトンネルの中に投げ入れた。
するとカモたちは水の中に落ちた餌に次々寄ってきておにぎりや太巻きをついばみ始めた。
「上げてみる?」と女性はカナとレナにもおにぎりを持たせてくれた。
「・・・ありがとう!」
二人とも大喜びで餌を投げ始めた。
まさかこんなところで餌付け体験が出来るとは思わなかった。
しかもカモだよ。
笑っちゃう。
そこへパパも降りてきた。
「何してるの?」
「カモの餌付け」
「???」
カナもレナも沢山餌をあげさせてもらって大満足。
見ると砂浜にも水かきのある足跡が一面についていた。
道の駅おおぎみを出て、さらに49号線を北上すると左手に海に突き出した岬が見えてくる。
JALプライベートリゾート・オクマのある赤丸岬だ。
付け根にもう一つの道の駅、ゆいゆい国頭があり、岬の先端の方は米軍基地になっている。
あとはまたずっと、快適な海沿いのドライブコース。
あちこちにヤンバルクイナの看板などはあるが、本物はまるで見つからない。
というか、こんな幹線道路沿いには出てこないものだろうか。
もうちょっと山の中の林道とか行かないと、目撃は叶わないかもなぁと、そんな感じ。
長い宜名真トンネルを潜って、ようやく沖縄本島最北端にたどり着いた。
表示に従って国道を外れ、辺戸岬レストハウスの駐車場に車を停める。
広い駐車場はがらがらだ。
もう夏休みも終わりだし、台風接近のニュースもあってか、人影は少ない。
青い海を目指して遊歩道を歩くと、いつの間にか空は晴れている。
辺戸岬からは与論島がのぞめる。
沖縄が戦後米国統治下にあった時代は、与論島までが日本の領土であり、この辺戸岬から南はアメリカだった。
いつかは日本へ復帰をと願い、狼煙を上げていた場所に建てられたのが祖国復帰闘争碑。
そういえば沖縄は戻ってきたけれど、北方領土はロシアより戻らない。
以前、納沙布岬から歯舞諸島のひとつ水晶島を見たときのことを思い出した。
当時の沖縄の人たちは、どんな思いでここから与論島を見つめていたのだろう。
遊歩道はまだ続いている。
辺戸岬の先端は、ごつごつとした奇岩の絶壁で、木の柵から下を見下ろすことが出来る。
正面に遠く青い与論島。
はっきりと見える。
そして風が強く、足下の断崖には白い波飛沫が砕けている。
海は荒々しいが透明だ。
水底の岩や珊瑚まで見えそうだ。
「あっ、ウミガメだ」
パパがカメを見つけた。
崖っぷちから海面まではかなり距離があるが、そこにいたみんながカメを見つけることができた。
紺碧の波間に、ときどき茶色い甲羅がぷかりと浮いてくるのだ。
泳いでいる手足や、顔もはっきりと判る。
しばらく海面で呼吸をすると、また深く潜っていく。
じっと見ていると何度も浮いたり潜ったりしているのが見える。
二匹はいるようだ。もっとかもしれない。
手すりのない岩場の先端にも行かれるようだが、子供たちが転落しても困るし自分も高所恐怖症なので近寄らなかった。
ここは後ろに金剛石林山という奇観がそびえているように、太古の石灰岩が削られて一種独特の景観となっている。
ふと遠くを見やると、巨大なヤンバルクイナ・・・。
あれはヤンバルクイナ展望台。
これから行くつもりだ。
その前に辺戸岬レストハウスで一休み。
暑いのでぜんざいを注文。
沖縄のぜんざいと言えば、クールな氷ぜんざい。
最初、これなに?と手を出さなかったカナも、レナが美味しいよーというとちょっとその気になったみたい。
元々甘いもの嫌いでも、あんこやお餅は好きなんだから、白玉の入った小豆味かき氷が口に合わないわけがない。
美味しいでしょ?
自販機にはウチナーなドリンク。
いろいろなメーカーから沖縄独自の飲料が出ているが、伊藤園はシィクワシャースポーツにシィクワシャーティー。
このシィクワシャーティーを一本飲んでみたが、まあレモンティーとそんなに変わらなかった。
辺戸岬を出ると、道ばたに野生のパイナップルの生る木が・・・。
いやそんなわけない。
パイナップルはこんな頭上に生らないよ。
これはアダンの実。
でもパイナップルそっくり。
次は先ほど遠くに見えていたヤンバルクイナ展望台を目指す。
何やら細い道だ。
坂を下りると海の側に出た。
山側にはお墓が立ち並んでいる。
道を間違えたかなぁ。
見上げると遙か上の方にヤンバルクイナ展望台が見えている。
一度は戻ったが、行き先を示した表示が判りにくい。
ぐるぐると回って元の場所に出てしまった。
仕方なくもう一度お墓のあった場所まで降りてみた。
確かお墓のそばに細い急な登り道が見えた。あそこかもしれない。
後で地図を見たら、この辺りは宇佐浜遺跡という縄文時代の遺跡が残されている場所らしい。
急坂を登ると、あったあった、三階建てほどの高さのヤンバルクイナがお尻を向けていた。
この時点でもう大人たちは本物のヤンバルクイナに会うことは諦めていた。
せめてもヤンバルクイナ型の展望台に来れば、少しはカナの気も治まるかと思っていた。
石段を登って近づくと、ヤンバルクイナは中が空洞で、ちょうど胸の辺りから顔を出して外がのぞけるようになっている。
立派な展望台だけど、ここまで来る人は少ないんじゃないかな。
道も細いしちょっと判りにくい。
子供たちは早速競うようにヤンバルクイナの中に入っていった。
胸のところから顔を出して「おーい」
この展望台からはさっきまでいた辺戸岬がよく見える。
背後の金剛石林山はこちらの方がよく見えるが、海の景観は辺戸岬の方がずっと上だ。
外に出たレナが、巨大ヤンバルクイナの足のところで、「蚊に刺されている」と言い出した。
自分の足じゃなくて、ヤンバルクイナの足が。
見るとぼこっと部分的に盛り上がっている。
たぶん元々そういう風に作ってあるのだ。
「蚊に刺されて可哀想だね」
「ホント、痒そうだね」と、口々に子供たち。
ヤンバルクイナには他にもっと可哀想なことが沢山あると思うぞ。
思えば私たちは、ヤンバルクイナを探していると言って、大きさも泣き声も飛ぶか飛ばないかも知らないのだった。
最北端もヤンバルクイナ展望台も見たので、Uターンして元来た道を戻ることにした。
行きには目を皿のようにして探していたヤンバルクイナも、もう幹線道路を戻るだけでは見つからないだろうと諦めムードが漂っていた。
時々防波堤の上などに黒っぽい鳥が乗っていて、すわヤンバルクイナかと思うのだが、それはいつもカラスだった。
カナはヤンバルクイナが見つけられなくても、ヤンバルクイナのぬいぐるみを買ってもらえたら我慢すると、さっきの展望台でパパと約束していた。
そんなこんなで向かったのはJALプライベートリゾート・オクマの近くにある道の駅ゆいゆい国頭。
ゆいゆい国頭は今朝方立ち寄ったおおぎみとはえらい違いだった。
これぞ道の駅という感じで、綺麗な広い土産物店や特産品売場、食堂などがある。
展示コーナーの隅に、ヤンバルクイナの剥製がジオラマの背景と共に飾られている。
私たちはここで初めてヤンバルクイナの大きさと本当の色を知った。
想像していたより小さかった。
そしてくちばし、目、足の部分がオレンジ色をしている他は、あまり目立たないカラーリングだ。
ヤンバルクイナに関しての説明もあり、それを読むとこの鳥はほとんど飛ばないことが判った。
しかし期待していたヤンバルクイナグッズはほとんど見つからなかった。
ようやくタオルハンカチと卓上に飾る小さな置物。
ハンカチはともかく、置物の方は変にリアルに作ってある分顔が可愛くないし、その割に色はまるで本物に忠実ではない。値段も500円近くしていまいちだ。
それでも子供たちはヤンバルクイナがほしいと、その両方を自分たちのお小遣いからお金を出して買った。
もう12時を回っていたので、ゆいゆい国頭で昼食を取ることも考えたが、パパが今朝寄ったおおぎみの食堂の方が旨そうだったと言うので先を急ぐことにした。
12時50分、道の駅おおぎみまで戻ってきた。
今朝、子供たちにカモの餌付けをさせてもらったり、トイレを借りたりしたのに何も買い物などしていないことをちょっと申し訳なく思っていたので、ここで食事をすれば恩を返したような気がする。
普通の道の駅と違って、家族経営のようにこぢんまりとしているので、思わずそんなことまで考えてしまう。
おおぎみの食堂は黄金亭というすごい名前。
沖縄の言葉で言うと、くがにー亭。
パパが朝から目をつけていた魚汁は残念ながら品切れ。
やんばるそば、野菜そば、ゴーヤー炒め、野菜チャンプルー・・・どれにする?
やんばるそばとみそ汁(ライス付き)を注文。
やんばるそばは判るが、何故みそ汁と思うでしょ。
料理が運ばれてきてびっくり。
このみそ汁、野菜と蒲鉾がたっぷり入った立派な一品。みそ汁なんていうありきたりの名称からは想像がつかないほどだった。ちなみに沖縄のこの具沢山みそ汁はイナムドゥチと呼ぶ。
また、やんばるそばには炒めた野菜と肉がどんと乗っていて、この肉の味が・・・
「豚でも牛でもない」
臭みと香りのどちらともとれるような鼻に抜ける強い匂い。
「ヤギか!!」
そう言えば名護市内や山原の道を走っていると、あちらこちらで山羊料理の看板が目に付く。この辺りでは山羊を食べるのだ。
地元の人の利用が多い感じのこの気さくな食堂。ちょっとお勧めかも。
さて、このまま真っ直ぐ名護まで戻っても良いのだが、行きから気になっていた場所があった。
それは・・・
ター滝。
やんばるの比地大滝なら聞いたことがあった。
しかし、ター滝。
・・・知らない。
知らないながら、何故か妙に気になる字面だ。
カーナビに出てくるのだ、平南川をちょっと遡った辺りに「ター滝」と書かれた場所が。
国道からそんなに離れていないようなので、ちょっと寄ってみることにした。
道を曲がってすぐに左手に滝のようなものが見えた。
しかし、パパはもっと滝に近づけるはずだからと車を先へ走らせた。
ナビを見ると滝は左手にあるようだが、途中、手書きの看板が「ター滝入り口」と右を示していた。
道はますます細く心許なくなる。
本当にここでいいのかな。
というか、地図の差すター滝の方角とはどんどん遠く離れて行っている気がする。
やがて左側に民家がぽつんとあらわれ、駐車場500円と看板が見えた。
駐車場?
この山道の先に何かあるんだろうか。
判らない。
更にもう少し進むと、今度は右側に柵と何かの施設が見えた。
ここはいったい何なんだろう。
しまいには行き止まりとなった。
大宜見村長の名で、道は塞がれ、その奥に何があるのか判らなくなった。
車をUターンさせるついでに降りてみると、道の脇には清流が流れており、親子連れが川遊びをしていた。
ここは何か有名な川遊びスポットなんだろうか。
それとも地元の人が子供を遊ばせる場所なんだろうか。
母親と一緒に川の中に入って網を構えている男の子は、魚かなにか狙っているようだ。
岸辺の葉に綺麗な蜻蛉がとまっていた。
もしやこれ、レッドデータブックに載っているなんたらとんぼ?(怪しい記憶)。
そう、後で調べると、この蜻蛉はやはり希少種のリュウキュウハグロトンボだったらしい。
ついでにあの謎の清流スポットは実はター滝に至るトレッキングコースの入り口だった。
みんなあの駐車場に車を停めて、ター滝まで歩いていくのだ。
子連れでも行かれそうなので、次回はぜひター滝をこの目で見てみよう。
ター滝からの帰り道は、カーナビに任せていた。
元来た道をそのまま国道まで戻るのかと思ったら、どこかで曲がり、気が付くと山の中とは思えない広く真新しい農道を走っていた。
表示を見ると、この先に果樹園があるようだ。
果樹園の収穫物などを運ぶためにこの道路はあるのだろうか。
道はくねくねと坂を上り、果樹園の入り口を過ぎ、それからまたくねくねと坂を下っていった。
何の気無しに助手席から窓の外を眺めていると、道の端を小鳥と言うには少し大きな濃い茶色の鳥がとことこと歩いていく。
え?
ええーっ
「あーっ、いたーっ、いたいたーっ、ヤンバルクイナ、ヤンバルクイナだーっっっ!!!」
興奮してだんだんと車の窓ガラスを叩く。
本当か?
本物か?
「停めて停めてーっ」
と言ったって、車は急には停まれない。
「無理だよー」
判ってる。判っちゃいるけど、今すぐ停めないと逃げちゃうよ。
今すぐ停めないと二度と見られないよ。
パパは可能な限り急いで車を停め、Uターンさせた。
でもヤンバルクイナは見つけたときからもう道の端の藪の近くだったし、車に気づく前から藪の方に向かって歩いていた。
たぶん僅かな時間のロスでももう見つからないに違いない。もうきっと草をかきわけて逃げてしまったに違いない。
車を降りた。
子供たちも続いて降りてきた。
そこは農道からどこかへ続くダートの分かれ道になっていた。
「ママ、ホントに見たの?」とカナ。
本当・・・だと思う。
だって、さっき道の駅ゆいゆい国頭で見た剥製とほぼ同じ様な大きさだったし、黒っぽいような茶色っぽいような体の中で、くちばしと足だけが赤っぽいような黄色っぽいような感じで目立っていた。
車が近づいているのに飛ぼうとしないでとことこと歩いていた。
きっときっとヤンバルクイナだと思うんだけど・・・。
思った通り、もういくら探してもその鳥は見つからなかった。
わさわさとシダ類が茂る藪は深く、とても奥までは探せなかった。
「ママだけ見るなんてずるいよ」
うん・・・私は自分よりカナにこそ見せてあげたかったんだけど・・・。
さて、絶滅が危惧されて国の天然記念物に指定されているヤンバルクイナだが、実は2000年以降、大宜見村では生存が確認されていないというのである[参考
ヤンバルクイナたちを守る獣医師の会]
やはり私が見たのは幻だったのだろうか。
(というか、カラスなど他の鳥を見間違えたのだろうか)
しかし、裏を返せば2000年までは確かにあの辺りに生息していたのだから、ツチノコやイエティなどと違って、可能性は十分あるのではないかと思っている。
そして、自分が見たのは、本当のヤンバルクイナだったのだと信じたい。
どちらにせよ、既に真相は闇ならぬ藪の中だが。
レナはこのあと、お腹が痛いと言ってすぐに寝付いてしまった。
車はやがて国道にぶつかった。ぐるりと一周して違う道から戻ってきたので、塩屋湾の近くまで北に戻っていた。
前田食堂という有名なそば屋の前には車がいっぱい。
後部座席が静かになると、相次いでカナも寝付いてしまった。
子供たちが寝てしまうと、やっと大人も気楽になる。
のんびり車窓を眺めながら、古宇利島まで行ってみることにした。
古宇利島は人口約350人。
今年の4月に橋が開通するまでは、本島本部半島の運天港から一日5往復するフェリーで渡るより他なかった。
沖縄版アダムとイブ伝説で知られ、島には多くの遺跡が残されている。
島に伝わる伝説を簡単にするとこういうことだ。
その昔、古宇利島には少年と少女が暮らしていた。
食べるのは神が毎日空から降らせる餅だった。
しかし二人は知恵が付き、いざというときのために餅を蓄え始めた。あるいはそれは神に対して初めて持った疑いというものだったのかもしれない。
すると餅は降らなくなり、二人は自分たちの力で魚や貝を捕ることを学んだ。それは苦しい労働の日々だった。
そしてまたある日、ジュゴンの夫婦を見て、互いに裸でいることを恥ずかしく思うようになり、クパの葉で身を隠すようになったというのである。
この二人が沖縄人の始祖と言われる。
確かにアダムとイブの話にそっくりだ。
悪役の蛇がもし出てきたとしたら、それはハブだったに違いない。
地図で古宇利島を見ると、ちょうど屋我地島との間から東側に掛けて、北部の海では一番とも思える広さの珊瑚礁が広がっている。
さぞや開通したばかりの古宇利大橋からの眺めもすごいのだろう。
まずは小さな奥武橋を渡って奥武島へ。
それから左手に突き出した白い砂州を眺めながら屋我地大橋を渡る。
橋から見えているのは屋我地ビーチだ。
キャンプ場などもあって賑わっている。
そして屋我地島上陸。
周辺に盆栽のような可愛らしい小島を沢山引き連れたこの島は、古宇利島や瀬底島より面積が広い。
それでも島を抜けるまで車で7、8分程度。
島の風景は長閑に続くさとうきび畑。
ケアンズのさとうきび畑とは違って、やはりどこかに日本の風景らしさがある。
表示に従って進むと、やがて正面に古宇利大橋が見えてきた。
ちょうど坂の下にセルリアンブルーの海が広がっていて、そこに一本真っ直ぐな橋が架かっている。
橋のたもとに展望台があったので、そこで車を停めてみた。
「すっごい海の色だね」
「曇っているのが残念だな」
そう、子供たちが相次いで寝入ってしまってから妙に雲が増えてきた。
まあ台風が近づいていることを思えば悪くない天気なのだが、一面雲に覆われて、青空がちっとも見えない。
青空がないということは、太陽光線が直接海面に届かないということで、そうするとどうしても海の色が鈍くなる。
こんなに曇っていてもこんなに綺麗なのだから、もし今快晴だったら、きっと泣きたくなるような海の色が見られるだろう。
仕方ない。
どうせ晴れ女の子供たちは、寝ているときまでパワーを発揮してはくれないのだ。
昨日のような雨が降らないだけマシだと思わなければ。
古宇利大橋は長い。
全長1,960m。
無料の橋としては国内最長だ。
両サイドは珊瑚礁の海。
なんとも贅沢な景観。
古宇利島で最初に見えてくるのは白いビーチだ。
橋の両側に海岸があって、家族連れが沢山海水浴している様子が見える。
でも私が古宇利島で行きたかったビーチはそこではない。
橋の側のビーチが切れるところに、ソーヌという御嶽(ウタキ、沖縄の聖地)があり、そこを越えたところにソウバイというビーチがあるはずだ。
そのソウバイ・ビーチは設備は何もない、まさにただの天然の海岸なわけだが、シュノーケルをする穴場だということで、きっと珊瑚や魚が水納島以上に見られるのではないかと期待していた。
とはいえ、後部座席で子供たちは熟睡しているし、やんばるドライブの帰りなのでもう時間も時間だ。
今日は古宇利島をドライブするだけで諦めて帰ろう。
橋を降りたところに今帰仁村農村環境改善サブセンターと公園がある。
古宇利ビーチで泳いでいる人たちはここの施設を利用しているようだ。
古宇利島に来た目的の一つが、島名産のウニだったので、サブセンターの産地直売所をのぞいてみたが、野菜が少し置いてあるだけでほとんど品物はなかった。
ほぼ円形をしている古宇利島は、ぐるりと一周する道がある。
実際はその道から、島の中央へ、又は海の方へ向かって、細い道がいくつも伸びているのだが、それらの道は「狭いので車は入らないでください」と言った注意書きを置いて、無闇と観光客が立ち入らないようやんわりと侵入を拒絶している。
だから古宇利大橋を渡ってやってきた観光客は、黙って島の周囲を一周するしかない。
海が見えるのはところどころで、後はさとうきび畑などが見える田舎道だ。
どこかでウニは売っていないかと思ったが、道のところどころにあった海産物直売所も、夏休みも終盤の平日では商売にならないと踏んでいるのかどこも無人だった。
唯一商売をしていたのは、ビックアイスのワゴンだけ。
このOKINAWAビックアイス、名護の幹線道路沿いでもあちらこちらに店を出している。
店と言っても椅子とパラソルだけの簡易なもので、学生バイトとおぼしき若いお姉さんが店番をしている。
古宇利島のビックアイスは町中と違い、遊園地にでもありそうなクラシカルなワゴンで、古宇利大橋近辺をのぞくとほとんど人けのないさとうきび畑の中でやたらと浮いていた。
一周するのに10分とかからなかった。
海が見えてきた・・・と思ったら、もう古宇利大橋だった。
この夏から橋で繋がって、この島はこれからどんな風に変わっていくのだろう。
帰り道、名護市内を抜けるときいつもと違う方を通ってみた。
国道58号線ではなく県道71号線だ。
ナビに任せていたら、東江に向かう途中、脇道に入って気が付いたら正面にオリオンビールの工場が見えた。
沖縄のビールと言えばオリオンビール。
特にパパは青いラベルのサザンスターがお気に入り。
さて、本日最後のページェント。
芝居の幕はどんな風に下りるのだろう。
7階の窓から見える夕日は、はじめは取りたてて輝いているようには見えなかった。
迫る台風に、空は曇っていた。
今までのように海上に一直線に光の道を作ることもなく、空全体に最後の光を振りまくこともなく。
ただいつの間にか雲の中に太陽は沈むのだと思っていた。
傾いた日は雲のまにまに僅かに顔をのぞかせた。
濃紫の空に三本のラインが走る。
それは雲の切れ込みで、ちょうど沈みかけた太陽が竜の目のように赤く燃えてのぞいた。
ゆっくりゆっくりと日は沈む。
丸くなり、歪み、滲み、水平線に近づいた。
そして名残惜しそうに海の中に落ちた。
いつもならそれで終わりだった。
マンション前の堤防は、この辺りでも知られた夕日スポットらしく、毎日6時を回るとカップルやら家族連れやら等間隔に座り、日没を待っている。
いつも空は晴れていても、海の上ぎりぎりには雲があることが多く、みんな太陽が沈みきる前に三々五々と帰っていく。
今日はみんな帰らなかった。
本当のショーはこれからだったのだ。
夕日が沈みきっても、いつものようにすぐに夜空は降りてこなかった。
空は、太陽が落ちた辺りを中心にいつまでもピンク色だった。
そしてその色は消えるどころか益々強さを増し、まさに太陽が落ちた場所を中心に放射状の黒い筋が走った。
空一面に広がった雲がスクリーンになり、もう水平線の下に隠れた太陽の光を反射しているのだ。
空は益々赤く燃えた。
幾本もの光の筋がグラデーションになり、海を彩った。
沖縄最後の夕日。
最後の最後までありがとう。
7階から降りて外に出ると、名護に来た初日に夕食を食べた居酒屋の入り口で、会社帰りらしい女の子三人が、並んでめいめい海を向き、携帯のカメラで夕日を撮影していた。
海の上の茜空が完全に消えたとき、既に日没から20分以上が過ぎていた。
夕食はまたまたパパ特製ゴーヤーチャンプルー。
他にも冷蔵庫に残っていたものを全部出した。
パパはゴーヤードライビールも開けた。
私はビールを飲まないから判らないんだけど、美味しいの?
「普通のドライ。ちょっと苦いだけ」
子供たちを寝かせた後に大人だけでこっそりアイスクリーム。
「ラクトアイスや氷菓は嫌いなんじゃなかったっけ? いつもアイスクリーム(乳固形分15.0%以上)しか食べないって豪語してるじゃん」とパパ。
「いいの。旅先ではご当地モノ。沖縄に来たらブルーシールアイスでしょう」
アイスを食べながらテレビをつける。
台風13号の進路はどうなっただろう。
おや・・・。
南に少し曲がったような・・・。
どうも沖縄本島ではなく、一直線に石垣島に向かっている。
台風を呼ぶ一家、Aさんのいる石垣島へ。
そうはいっても沖縄本島も強風域には入るだろうし、場合によっては暴風域にも。
南の海上にいると言うことで、まだまだ勢力も強くなりそう。もしかしたら先日、本州に被害をもたらした11号以上になるかもしれない。
明日はもう帰宅日。
晴れまでは期待しないけど、どうか無事、飛行機が飛びますように。