四日目 2004年5月5日(水) |
本当は昨日前線が通過して、今日は天気が回復するはずだった。
雲が多い朝だったが、一人で朝風呂に出かけてみた。
露天風呂には男性の先客が一人いたが、すぐに上がってしまった。
あとは流れる瀬を見ながら独り占め。
パパは朝の露天風呂は乳白色じゃなくて青いと言っていたが、今朝は曇りだからか昼間と同じように青白かった。
露天風呂に行く道と、
滑川大滝に至る吊り橋の間ぐらいにちょっとした椅子とテーブルのあるスペースと、小さな小屋が建っている。
小屋の中には源泉を溜めた槽があり、掃除などに利用されているようだ。ここではお湯は飲用を除き全て温泉で賄っているようだ。
昨日ベンチで話し込んだ男性グループが一パック分の生卵を網に入れて持ってきた。従業員がそれを見て、「温度が低いから卵は無理だべ」と言ったのだが、彼らは試してみようとそのままそれを槽につるした。
自分は知らなかったが、パパも同じことを考えて、同じ場所にスーパーの袋に入れて生卵を二つつるしていた。
この結果は後で判る。
今日でゴールデンウィークは終わりだから、今まで満室だった湯治棟のお客さんたちは、次々チェックアウトしてしまう。
湯治部屋は七室。
今夜は私たちと、昨夜パパと意気投合していた男性3人のグループ、そして今夜から一泊だけ泊まる予定の別のグループの三組だけだ。
ゴールデンウィークが終わると、湯治棟は空っぽになってしまうと従業員さんが言う。
「寂しいですね」と言ったら、どうせ冬の間は誰もいないんだからさ、と笑われてしまった。
朝食後はその椅子とテーブルのあるスペースでカナとレナは遊んだ。
つくしや葉っぱをつんできて、ご飯を作るのだ。大人は交代でお客さん役をやらされる。
小雨が時々ぱらつく陽気だったが、まるで子供たちは気にしないようだった。
晴れたら滑川大滝に行ってみようと思っていたが、どうしよう。
パパが先に姥湯に行って天候が回復したら滝に行こうかと提案してくれた。
でも今日がゴールデンウィーク最終日、姥湯は午後の方が空いているんじゃないかな。
結局、小雨でも滝を見に行ってみることにした。
滑川大滝は日本の滝100選にも選ばれた東北屈指の大滝だ。落差100m、ちょうどこの季節は雪解け水で増水し、迫力も増しているという。
滑川温泉の裏手にある吊り橋を渡って、山道を20〜30分も歩けば展望スポットがある。前回来たときは雪が深くてとても行く気になれなかった。今回もレナなど歩いてくれなさそうで、最初は行く予定も無かったのだが、滑川の他の宿泊客にそりゃあ凄い景観で絶対行く価値有りと聞き、がんばって行ってみようかという気になった。
子供たちは細くゆらゆらする吊り橋を全然怖いと思わないらしい。親は冷や冷やしているのに、レナなど何度も行ったり来たりする。
行き先はあっちだよと、山の方を指して歩かせた。最初からかなり急な登り。足下は濡れた朽葉で少し滑りやすい。道はすぐ狭いながら軽い登りの葛折になった。
カナが喜んでずんずん登っていく。レナも泣き言を言わずなんとかついていく。写真を撮ったりしているしんがりの自分が一番遅れ気味だ。
柔らかい浅緑の新芽の間に、紫色のたちつぼスミレ。山桜の薄紅色、白木蓮。
歩き出すと雨はすぐにやんだ。
黒ずんだ福島屋の建物はどんどん下の方に下がり、やがて見えなくなった。
樹高が低くなる。見晴らしが良くなってきた。
正面から降りてくるのは、おや昨日パパが仲良くなった三人組。
「あと10分ぐらいだよ」と教えてくれる。
ラストに来てレナが疲れた、もう歩けないと言い出した。
今までの行動だと、とてもここまで歩けないんじゃないかと思っていたので上出来だ。
とはいえどうする?
仕方がないので背負って少し歩いてみたが、すぐ岩場になっていてとても子供を背中に担いでなんて上れない。
落っこちそうで怖い道だから一度降りて、と言って降ろした。
あとは騙し騙し歩かせる。
カーブをひとつ曲がって、そこが終点だった。
ちょうど峠になっていて、そこから反対側が見下ろせる。
切り立つ山々がそびえていて、まるで広がる銀色の髪の毛のように滑川大滝が流れ落ちていた。
これは凄い。
パパがこれこそ名瀑だ。やはり滝は日本の滝に限ると言った。
うーんそれは
オーストラリアのミラミラ滝のことを言っているのかな?
滑川大滝の右上にももっと長く細い滝も見える。
確かにこれは一見の価値有り。30分山道を登ってもその甲斐があると思わせる。
なのに子供たちはもう降りるよーと言って元来た道を戻りだした。
おいおい・・・何のために登ってきたのやら。
ちなみに、さらに道の先を下っていくとあと30分で今度は滝の下に出るらしい。まあ子供たちを連れてそこまで行こうとは思っていない。
下る途中で妙な一団とすれ違った。目立つ蛍光オレンジの帽子に、布を巻いた長い棒状の荷物、常人とは違う日焼けした不適な面構え。何だろう・・・。
パパが、シシを打つんですか? と聞いたら、クマだ、と答えたそうだ。
それも趣味で打つわけではないらしい。一応このあたりは鳥獣保護区だ。後で、山を下りてきた別の人に、「クマが出たらしい」と聞いた。ということは・・・
くわばらくわばら。
山なんてのんきに歩いている場合じゃないかもしれない。
滑川温泉に着いて、昼食はさっきのお外のテーブルでスパゲッティ。
外で食事できるなんて、何だかキャンプみたい。自炊湯治はアウトドアに相通ずるものがある。
食後は姥湯温泉に行くことにしていた。
姥湯は滑川のさらに4キロ先の山の上にある、絶景露天風呂で知られる秘湯だ。
桝形屋という一軒宿があり、日帰り入浴もできる。
前に滑川に滞在したときは、歩いて姥湯まで行った。大人の足なら1時間半ぐらいの登り道。道ばたに沢山蕗の薹の芽が出ていて、摘んで帰ってきて天ぷらにした。山菜を採る予定なんて無かったから天ぷら粉も何もなく、たこ焼きを作るつもりで持ってきたたこ焼き用の粉をつけて揚げた。
あのときの心残りはただ一つ。
混浴露天風呂におそれをなして、女性用露天風呂にしか入らなかったこと。
ちょうど雪がほっこり積もって、女性用も雰囲気があったが、やはり姥湯と言えば切り立つ岩山を見上げる混浴露天風呂だろう。
次回こそはと思っていた。
山を下りてきたら再び雨が降り出した。
ちょうど良いタイミングで滝を見に行くことができたらしい。ちょっと雨では子連れで登る気にはなれなかったから。
それでも雨の中、まだまだちらほらと滝へ行く登山道に人影がある。ここに来る人は温泉目的ばかりではなく、滝見のハイキング目的の人も多いのだろう。
雨がやまないけど、どうせ車だから姥湯まで行ってしまうことにするか。
姥湯に至る道を登り始めるとすぐに、滑川雨量観測所と書かれた小屋があり、近くに小さな池がある。
池の周りには水芭蕉が沢山咲いていて、そこから下を見下ろすと、ちょうどそこは滑川の露天風呂の真上だった。
このあたりは滑川温泉の私有地らしい。その旨書かれた札があちこちに立っている。そこを過ぎると道は少し細い簡易舗装路になる。
以前は滑川から先はダートコースだった。そしてスイッチバックしないと車が上がれないのでも有名だった。
今はほとんど舗装されていて、スイッチバックのカーブも巧くハンドルを回せばスイッチバックしなくても登ることができるようになった。
それでも姥湯の手前はダートのままである。
お昼過ぎだったが、かなり車の往来がある。この道の先にはもう姥湯しかないのだから、行き来する車はみんな露天風呂目当てだ。
混んでいそうだな。
岩の崩れた後のような、茶色く露出した崖が見えてくると、ああ、姥湯に来たんだなと思う。
道の途中で二台の車に追い抜かれたが、ほとんど無秩序に停められた駐車場のタイミング良く空いたスペースには、私たちを抜いていった赤い車がすっと入ってしまった。
呆れるほどに混んでいる。
だけど呆れるにはまだ早かった。
風呂の混雑は駐車場の比ではなかったのだ。
姥湯が秘湯たる所以の一つは、宿の前まで車で行くことができないこと。
建物は見えているが、意外と離れている。吊り橋を渡って急な坂道を登らなければならない。宿泊する人の荷物はケーブルで運ぶので、吊り橋の横に荷物用のケーブルが見える。
坂を上っている間にも大勢の人とすれ違う。雨が降っているのでみんな頭にタオルを乗せたりビニール傘を差したりしている。
子供連れも多い。
桝形屋の入り口を開けると、待ってましたというように、中に入らなくても入浴料が払えるように係りの人が立っている。
寒いので体は冷え切りがたがた震えている状況で、混雑の中、狭い坂道を濡れた他の人とすれ違いながら行くのは難儀だ。
なかなかどうして辛い行程だった。
最初に右手に女性用露天風呂がある。そこを通り過ぎてさらに登ると混浴の露天風呂が二つ。混浴露天風呂の手前に、男性用も女性用もなくほとんど丸見えの脱衣所がしつらえてあり、これまたぎゅう詰め。
いくらなんでもこれでは女性は脱衣できない。
バスタオルを巻いた女性の一団が通りかかったので、どこで脱いだらいいでしょうと問うと、女性用の露天風呂にある脱衣所で脱いで、タオル巻きで混浴に移動するしかないでしょうと教わった。
カナはパパに任せて、レナを連れて女性用露天風呂に戻った。
そこの脱衣所も大混乱で、脱衣籠は当然満杯、籠以外の棚のスペースも他人の衣類で誰がどこのなにやらまったく判らない始末。足下は濡れているし、立つ場所もあまりない。
それでもせっかく来たんだからと無理矢理何とかした。
タオルを巻いて外へ出ると、寒いし裸足なので足の裏が痛い。
寒いよ、痛いよを連発するレナの手を引いて、何とか混浴露天風呂まで移動した。
パパとカナはもう入っていた。
やっぱり景色だけは比類無き露天風呂だよね。
このロケーションだけは滑川もまるで歯が立たない。
山の見える露天風呂はいくらもあるけど、この切り立つ岩山は他にない。すごいと思う。
でもこの人混みはなんだよう(涙)。
町中のスーパー銭湯じゃないんだからさぁ・・・。
お風呂の中に入っている人は数人なんだけど、どういうわけかお風呂の周りに人人人・・・。ぐるりとタオルを巻いたり、服を着たりした人がぎっしりといる。しかも雨なので、みんな濡れそぼって。
もうほとんど、私たち、何しに来たんだ?と自問自答。
お湯は青みがかった乳白色。滑川とよく似ている。湯の花は滑川よりずっと細かく、濁りももうちょっとあるので膝下までは見えない。
強いゆで卵臭。軽い酸味と苦み。刺激はほとんどない。
混浴の露天風呂二つは上下に並んであるが、それほど景観に差はないと思う。上流の露天風呂の横に、源泉を冷ますための木の枠がある。
今でも十分すごい露天風呂なのに、平成元年に崩落する前はいったいどんな景色だったのだろう。ちょっと想像できない。
温まったら早々に退散。
やっぱり我が家は、泊まるなら姥湯ではなく滑川。滑川に何泊かして、一日ぐらい姥湯に日帰り入浴するのがいい、そう夫婦の意見は一致した。
姥湯からの帰り道も、例のクマ狩りの人たちを見かけた。
この辺もやばいのかな。
滑川に戻って、カナとレナはゴム入りタオルをドレスに見立ててお姫様ごっこ。ベルとオーロラ姫と呼んでね、と言われる。
はいはい、自炊湯治棟のプリンセスで良ければそうお呼びしましょう。
今日は雨だったので、外のバーベキューは中止。
お部屋でソーセージなど焼く。このソーセージは、米沢で買ってきた米沢牛の牛舌入り。
一緒にバーベキューはできなかったけど、三人組からは立派な鰺の干物をふたつ頂いた。安旅館の朝食に出るようなしけた干物ではない。肉厚で巨大、脂が乗りに乗っている。カナとレナはあっという間に平らげてしまった。
他の方に頂いたものはそれだけではない。
同じく仲良くなった隣室の親父さんからは、道場六三郎の粉末みそ汁。一番奥の部屋にいた人からは何故かニンニク。
自炊棟は楽しいな。いろんなものが物々交換。特に先に帰る人たちは、使い切れなかった食材など下さるわけだ。
今夜のお風呂は家族四人で混浴の大浴場へ行ってみよう。
実はここだけはまだ入ったことがなかった。
髪を洗ったり、くつろいだりしたいときは、女湯の内湯へばかり行っていたからだ。
福島屋にはお風呂が三つある。
川沿いの混浴露天風呂、内湯の混浴大浴場、内湯の女湯だ。この全部に入られる特権は女性だけのもの。
時間は6時過ぎ。
ちょうど二食付きで泊まっている旅館棟の人たちは夕食時のはずだ。自炊棟は今夜はほとんど空だから、先客はいないだろう。
しかしやはり誰しもそう考えるのか、女性が一人、先に入っていた。また途中でもう一人入りに来た。混浴露天風呂と違って女性専用時間が設けられていないから、気兼ねなく女性が入ろうと思うとこの時間しか無いのかもしれない。
女湯もいかにも湯治場らしい作りで雰囲気があるが、混浴はさらに明るく広々としていた。
差し水もしていないのにお湯が熱くない。湯の花も女湯が消しゴムかすみたいな形をしているのに対し、羽毛みたいにふわふわだ。湯口の析出物もずっと少ない。どぼどぼと出ている湯口に触れれば、あれ?ぬるい。ここから出ているお湯、硫黄の臭いも薄いし味も薄い。そのかわり薄い金気臭がする。
湯口のお湯がぬるいのに浴槽が適温なのは何故かと思ったら、浴槽の壁から熱いお湯が出ていた。たぶんこっちのお湯は女湯と同じだろう。
入り口に上の湯と下の湯という記述があったので、もしかしたら混浴は混合、女湯はどちらか単独なのだろうか。
フロントで女将さんに伺うと、こうだった。
上の湯は今は使っていない。
現在使っている源泉は三本。
下の湯は混浴大浴場のぬるい方の源泉。
もう一つの源泉は混浴大浴場の熱い方と、女湯。
混浴露天風呂は単独の別源泉とのこと。
やっぱりこれ全部入れる女性の方が得かもしれない。
女湯が一番濃厚な気がする。ちなみに加水されていなければ一番熱い。
そうそう、外の小屋の源泉槽に入れてあった生卵がどうなったか書いていなかった。
姥湯から戻ってきて割ってみれば・・・期待した温泉卵にはほど遠く、見た目は生卵のままだった。
見た目は生でも、44度(推定)のお湯に半日つけておいた卵だ。傷んでいるに違いない。真夏の閉め切った部屋に生卵を放置しておいたと同じ。ちょっと食べたくない。
まあ、うちは卵二つだけど、三人組は一パックやっちゃったからなぁ。
とほほ、滑川で温泉卵計画は見事に大失敗。
最終日に続く…