自分にとって長いこと特別な温泉は山形と福島の県境にある米沢十湯のひとつ、
滑川温泉だった。
それは7、8年前のある年のゴールデンウィークのこと。
雪のどっさり降った後に春が急ぎ足でやってきたような年だった。
まだ子供たちもおらず、私たち夫婦と仲の良い友人たちとで滑川に出かけた。
そのときのことを少し思い返してみたい。
数日前に滑川温泉の一軒宿、福島屋から一本の電話が入った。
何でも雪崩の危険があるのでゴールデンウィークの宿泊予約をキャンセルしてもらえないかというものだった。
本当に申し訳ないと言われたが、冬季休業の宿にとってはゴールデンウィークの予約をすべて解約したら、たいした損害だろう。
でも私たちは出かけてしまった。
予約はキャンセルでも、飛び込みで泊めてもらおうと思って。
事実、宿泊客の安全を優先して予約を白紙に戻したのは福島屋だけだったようだ。滑川温泉に至る道のさらに先にある絶景露天風呂で知られる
姥湯温泉は、通常通り営業していた。
道の端には雪が沢山残っていたが、雪崩が起きるほどには見えなかった。
福島屋に着くと、無理を言ってきてしまったにも関わらず温かく出迎えてくれた。
本当なら連休で大勢の泊まり客がいるところ、古めかしい黒ずんだ旅館内は静まり返り、私たちと数人の常連湯治客、そしてご主人と女将さん、住み込みの従業員さんと数えるほどだった。
夜にはそのただ一人の従業員さんと鍋をつついて酒を酌み交わし、昔話など聞かせてもらった。
ぎしぎしとなる階段、床板の隙間から階下の灯りが漏れる二階の廊下。
宿はまだ雪に埋まっていて、私たちは二階の窓から出入りしていた。
予定外のキャンセル事件に、露天風呂もまだ眠りから覚めていなかった。
冬の間放置されていた混浴露天風呂は、藻などが生い茂りすっかり池のようになっていた。
私たちは、自分たちで清掃するから露天風呂に入れさせてほしいとお願いしてみたが、女将さんたちが仰るには、あと一日待てばバイトの従業員も揃う、それから清掃するので待ってほしいとのこと。
翌日到着した従業員さんたちは、見違えるように綺麗に露天風呂を清掃してくれて、私たちはわくわくと今年一番最初の湯がたまるのを待った。
10センチ、20センチ・・・なんと待ちきれない瞬間だったことか。
そうして贅沢にも滑川温泉の一番風呂を心からありがたく頂戴したのだ。
初日 2004年5月2日(日) |
何だかここ数年、季節が少しずつ前にずれているような気がする。
4月後半から夏日が混じり、5月には子供たちは公園の噴水で水着になってしまう。秋の訪れも早く、8月終盤には風が冷たい日もあったりする。旧暦での月が新暦での季節にぴたりとあっているような、そんな錯覚を起こさせる。
今年の春も早かった。
それでも東京の桜は開花宣言が出てから花冷えでなかなか満開を迎えなかった。
桜が散ってからは春を飛び越え一気に夏が来てしまった。
前橋あたりでは、最高気温28度も観測する。
榛名湖を卒業してしまった私たちは、今年の黄金週間は滑川を目指すことにした。
楽しかった思い出だけが残っているあの宿は、果たしてあの頃と変わらずにいてくれただろうか。
かなり混むとの渋滞予想が出ていたので、朝は3時半起きの4時出発と決め、目覚ましをかけた。
実際には3時頃、レナが妙な寝言を言ったとかでパパは目を覚ましてしまい、予定より早いがすぐに出発することにした。
レナは車の中ですぐにまた入眠したが、今年小学校一年生になったばかりのカナは、わくわく興奮してしまってもう寝ない。
窓の外は暗いし、高速道路を走っているだけだからつまらないよ。
少しでも寝ておいた方がいいよ。
でも眠くない。
流石に4時前の道は空いている。夜明けには早いので、街の灯りとテールランプだけが光っている。
5時15分。
空は明るくなってきたが、雲が多い。
矢板北パーキングエリアで休憩。
レナも目を覚ましたので、子供たちに昨日買っておいたパンを食べさせる。
道路はそれほど混雑していないがPAやSAは満車状態だ。やはりゴールデンウィーク。早起きの人が多い。
7時過ぎ、ICで降りて
飯坂温泉到着。
ここで時間調整をかねて一風呂浴びていこうと思う。
飯坂温泉は熱いことで知られる。
昔、
共同浴場の鯖湖湯には入ったことがある。
いきなり脱衣所と浴室がつながったつくりに驚かされ、なかなか熱いなぁと思いながらつかった。ただしその頃は自宅でもお風呂は熱めが好きだったし、鯖湖湯についたのも夕方だったのでお湯も多少ぬるめてあったのかもしれない。壁に鯖湖湯に入った人の感想がいろいろ貼ってあった。熱すぎて入れなかったという感想など読んで、それほどのものでもないだろうなどと不届きなことを思った。
しかし今回は子供連れ。特にカナは最近熱いと決して入りたがらない。少し心配だった。
鯖湖湯を利用する観光客は、少し離れたパルセ飯坂の駐車場を利用することになる。パルセ飯坂というのは、飯坂の観光会館だ。ここに車を停めて5、6分歩く。
途中に
八幡の湯という共同浴場もある。
朝早かったので、地元の方たちが洗面器を手に出入りしていた。ここもどうかなと思ったが、当初の予定通り観光客向けに多少はぬるめてあるという鯖湖湯に向かうことにした。
八幡の湯を過ぎると、正面に飯坂八幡神社。
飯坂の鎮守で、源義家が必勝を祈願して勧請したと伝えられる。
ちょっとお参りしていこう。
朝の境内はひと気がない。
社の隣に巨大な草鞋のようなものをくくりつけた木があった。
鯖湖湯の隣にも小さな社がある。
その名も鯖湖神社。
お湯掛け弁天という弁天様もいて、治したいところにお湯を掛け、それから鯖湖湯に入浴すると効能がさらにあがるとか。
カナとレナはせっせと弁天様にお湯をかけ、痛いところが治りますようにと祈願した。
飯坂温泉は千数百年前に日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の折り、鯖湖湯で病を平癒した伝説を持つ。
風情ある建物で、入り口からして男女別。中に入ると入浴券の自動販売機があり、そこで大人100円、子供50円の券を買い、受付の箱に入れる仕組み。
一歩入って中を見回すと、ああそうそう、こんな作りだったと思い出す。
中はとても明るく、右手に脱衣所、左手に浴室。しきりが全くなく、段差だけ。奥にベビーベッドもあった。しかしここみたいな熱湯に赤ちゃんは入れるのかな。
レナはパパと男湯に向かったので、カナが女湯だった。
案の定、先に浴室に降りたカナは、あまりの熱さに掛け湯すら躊躇しているようだ。
なんの、先日の
四万温泉御夢想の湯に比べたら熱い湯なんてないさと思い、ざばっと自分にかけてみると・・・おお熱い。
足がじんと痺れた。
うん、こりゃ熱い。
見ると四角い浴槽の両端に、それぞれ水道がありホースが繋いである。が、しかし、朝早く地元の人の利用がほとんどなのか、どちらのホースも浴槽には伸ばされず、止められたままだ。
すなわちこれが薄めない飯坂温泉そのもの。
カナには洗面器に水を汲んでこさせ、一方で別の洗面器に浴槽のお湯を汲み、混ぜ合わせて掛けてやった。何度かそれを繰り返して、あとは本人にやらせることにした。
自分はそろそろと入ってみる。
むむむ。
熱湯なんとかショーみたいだ。
そうとう何度も掛け湯をしないと入れない。掛け湯は足はすぐ馴れたが、上半身はひりひりするほど熱く感じる。
それがお湯に身を沈めると、今度は上半身はすぐ馴れるのに、足が猛烈に痛み出す。特に膝下。膝下がじんじんひりひり、やけどを負ったみたいだ。
数秒で上がる。
上がってもまだ膝下が痛い。触ってみたらずきずきした。しかもちょっとしか入れなかったので上がると寒い。
そこでもう一度入る。
今度はもう少し長く入っていられる。それでも足は痛い。
それを何度か繰り返してようやく寒気が止まった。
そうしている間もカナはせっせと水とお湯を混ぜて洗面器で掛けている。これではとても彼女は入れないかなと思っていたところ、もう一人観光客らしい若いお姉さんが苦労しているのを見て、地元の人が反対側の水道ホースから水を出してくれた。他の人たちも、入れずにいたカナを見て、あっち側はぬるくなってきたから入ってごらんよと誘ってくださる。
「水の出ているところなら大丈夫だから」と言われて、カナもそろそろと身を沈める。水道ホースの場所をカナに奪われてしまった若いお姉さんは、体が馴れたらもうちょっと奥の方へ来てごらんと他の人たちに誘導されて中へ入っていった。
私もカナの隣に入れてもらう。
おお、適温。
「熱い」しか考えられなかったさっきと違って、お湯を楽しむ余裕も出てくるというものだ。鯖湖湯のお湯はほんの僅かにゅるにゅるする。臭いや味はほとんどない。湯上がりは驚くほどつるつるすべすべ。ちょっと何かでコーティングされたようなつるつる感だ。
上がるとパパが「やっぱり飯坂温泉は熱かったなぁ」と言った。
レナは、「レナはね、お水のホースのところで入ったよ」だって。
カナもだね。
壁に「観光で温泉巡りをする方たちもいます。42〜43度くらいにしてあげてください」といった張り紙があった。
パパが言うには男湯は最初から二本のホースから加水されていたそうだ。それでも熱いなんて言うんだから・・・果たして最初の女湯は何度だったんだろう。
朝は3時起きで、少しパンをかじっただけだからおなかが空いてきた。けれど飯坂の街では朝御飯を食べられそうなところは見つけられなかった。
車に戻って少し走ってみることにする。営業中の看板が出ているラーメン屋を発見。しかし店の中をのぞけば椅子もみな机の上に逆さにあげられたまま。ご主人に問うと案の定、準備中とのこと。なぁんだ、あの営業中の看板はひっくり返し忘れただけなのか。そうだよね。朝から開いているラーメン屋なんて街にはあまり無いもの。
次の目的地はふくしまスカイパーク。
福島飯坂から13号線を米沢に向かうトンネルの手前、黒森山の山麓だ。
ここは本来、新鮮な農産物を福島に空輸する目的で作られた空港だが、実際は飛行機一機飛ばす度に赤字が膨らむという困った施設らしい。十億円単位の税金が泡のように消えてしまった公共施設のひとつというべきか。ちょっと
ハイルザーム栗駒のことを思い出してしまった。
そして今は当初の目的である農産物を載せた飛行機は滅多に飛ばず、グライダーやアクロバット機の基地や給油地としてささやかに生き延びている。
道を上り詰めると、素晴らしい景色が広がった。
黄色いタンポポが点在する緑の野の向こうに、雪をかぶった山々。柔らかい水色の空の下、のどかな春の景観だ。
そう、いつの間にか晴れている。夜明け頃はあんなに雲が多かったのに。
ここにはNPO法人ふくしま飛行協会の機体展示場があり、冬季をのぞき土日10時から4時まで自由に見学することができる。
この日は9時半頃に到着したが、すでにオープンしていて三機の小型機が展示されていた。
展示といっても正確には、勝手に見てくださいという感じ。
格納庫の中には蜻蛉のような羽を広げた綺麗な黄色の飛行機が、外の緑の上には赤い機体に紺と白のラインが入った機と、白と紺の機体に赤いラインの入った機が仲良く並んでいる。
特に外にいる二機は、日本でそれぞれ一機しかないという貴重なアクロバット専用機なのだそうだ。
ロシア製でプラスマイナス10Gまで耐えられる構造だという。しかし実際は機内のパイロットはGスーツなどを着用しないため、5Gぐらいが限界らしい。
説明してくれた方は、往年のベテランパイロットで、自分はマイナス5Gを経験したことがあると教えてくれた。プラスのGは上から下へ重力がかかるから血液が体の下に集まる。マイナスは逆。マイナス5Gになると、網膜にも血液が過度に流れるため、視界にぷつぷつと黒い点があらわれるという。
アクロバット専用の二機は、今日これからふくしまスカイパークを飛び立ち、但馬で給油して広島まで飛ぶのだそうだ。明日、広島でアクロバット飛行のデモンストレーションがあるという。それに出るためだ。
飛ぶのを待つうちにも、二機ほどグライダーが降りてきた。
頭上を大きな鳥のように白い機体が横切り、それからゆっくり旋回して降りてくる。滑走路は一本。金網はあるけれど、風を感じるぐらいすぐ目の前に降りてくる。
1時間ほど待っただろうか。ようやくアクロバット機がエンジンをかけた。
真後ろにいると風圧がすごい。ぎゅんぎゅんとプロペラが回る。小さいので本当に人一人が乗るのがやっとという感じ。しばらくプロペラを回してエンジンを温めてから、滑走路に移動する。まず一番端まで行ってからUターン。一機ずつ飛び立つのかと思ったら、二機並んで走ってきた。ふわりと車輪が地面を離れる。
やった、飛んだ。
カナとレナも手を振る。
二機は仲良く彼方へ消えていった。
パパはどうせなら一回ぐらい宙返りしてくれてもいいのにと言ったけど、さっきのおじさんが、フェリーとアクロでは燃料の入れ方も違うと言っていた。アクロバット飛行時は胴体だけに燃料を積むが、フェリーフライトの時は尾翼にも燃料を積むのだそうだ。だからきっと無理なんじゃない?
さて、思いの外ふくしまスカイパークは面白かったが、結局腹ごしらえはできなかった。
再び13号線に戻り、何だか前にもこんなことがあったとパパと話をしていた。
前にこのあたりに来たときも食事処が無いと言って、街道沿いのラーメン屋に入った気がする。確かあれは・・・山側じゃなくて谷側で、ドライブインみたいな店だった。
そんな話をしていたら、目の前にラーメン屋が現れた。
ラーメンショップ←これが店名。
これだよ。あのときのあの店。
結局このあたりにはここしか食べるところが無いのね。
醤油ラーメンと味噌ラーメンを注文するが、見た目はそっくりのスープの色。でも食べ比べればちゃんと醤油と味噌。
そしてこのラーメン屋とくれば、もうひとつ思い出す場所がある。
それは・・・大滝宿。
いやいや雪の中ライトアップとかするので有名な大内宿じゃない。大滝宿。知ってる?
13号線を行くと、枝道が現れて大滝宿と書かれた表示が見える。
実は、その7、8年前にも、ここには何があるのだろうと曲がってみたのだ。
宿と聞いて想像したのは、馬籠とかそんな感じ。江戸時代の面影を残す風流な宿場町でもあるのかと思った。
それが、そこにあったのは鬼気迫る廃村一歩前状態だった。
入り口に茶屋があり、その奥には、数軒の古い家屋。
どの家もひと気がなく、中をのぞき込めば荒れ放題。家の外側は朽ちかけて、中は生活感を残したまま半倒壊していた。
人が家を見捨てると、こんなにも簡単に荒れ果ててしまうのかと空恐ろしくなるほどだった。
そんな中、まだちゃんと人の住んでいる家もわずかに残っており、どうぞ悪戯しないでほしいと張り紙もあった。
あれから数年が経過して、果たして今、あの大滝宿はどうなっているだろう。
一度は通り過ぎたが、再びターンして戻ってきた。
時間もあるし、見ていこうか。
枝道のところの怪しげなドライブインと、大滝宿の入り口の茶屋は以前とまったく同じようにあった。
その奥に車を走らせれば舗装路はすぐにダートになる。
おかしいな・・・確かこのあたりに村の跡はあったはず。
しばらく先で三軒の青いトタン屋根の家を見つける。古びてはいるけれど、現役のようだ。とすると、当時半倒壊していた家々はどうなったのだろう。
戻り道、注意してみればときおり廃材が散らばっているような場所がいくつかあった。
そうか、当時すでに崩れ掛けていたあれらの家は、今や完全に朽ちてしまったのだ。
あのとき感じた鬼気迫るものは、すでにこの地から消えてしまったようだ。
さて、まだこのまま滑川に行くには早すぎる。
何しろ12時を回ったばかりだ。
パパがどこか温泉に入っていけばちょうどいいんじゃない?と言う。姥湯か、五色・・・。どちらも前に入ったことがあるが、ぜひ今回も入りたいと思っていた。
姥湯はこの後にも行かれそうだから、五色温泉にしよう。
西栗子トンネルを出て、左に入る。
滑川・姥湯はその後右へ行くが、五色温泉は左へ曲がり、板谷の駅の手前で踏切を渡る。それからくねくねと山道を登って行くが、滑川方面に至る道に比べればそれほど辛くない。
五色温泉には宗川旅館という一軒宿がある。
日本秘湯を守る会の会員になったり外れたりしていたようだが、今はまた会員宿に名を連ねているようだ。
前に訪れたときは、えらく狭い露天風呂だった記憶がある。木がぐねぐねとした雰囲気のある岩風呂だったがそれほど大きくないものを無理矢理仕切って男女別にしてあったので2、3人でせいぜいという大きさだった。
確かそのあと露天風呂を新設したんじゃなかったかな。うろ覚えだが、そんな記述をどこかのガイドブックで読んだような気がする。
さっきのラーメン屋でおなかいっぱい食べたカナは、意外にも五色に至る道で寝入ってしまった。ここまで運転してきたパパも仮眠をとりたいと言う。ママとレナだけで入ってくることにした。
子供料金は小学生からということで、レナは無料。大人は500円だ。
立ち寄り入浴は露天風呂のみで、坂道を登った上にある。
砂利道を登ると背後の山がせり上がって景色がよい。前に入った露天風呂はこんなに見通しの良い場所ではなかったからやはり違うのだろう。
坂の上には木で枠組みを作った細長いビニールハウスのようなものがあり、そこが露天風呂の入り口だった。
そこで靴を脱ぎ、先へ進むとまず女湯、続いて男湯がある。
脱衣所と浴槽はカーテンで仕切られているだけで、ログハウス調の露天風呂だ。前の露天風呂よりずっと広いが開けているのは一角だけであとは丸太に囲われていて半露天風呂といった感じだ。
お湯はぬるめ。四角い木の浴槽で浅い。レナは大喜びだ。
景色はとても良く、遠景に山々と目の前に張り出した枝。ちょうど右手に白い花、左手に桃色のつぼみ、とても綺麗だ。
しかしちょっと枠に手を掛けて身を乗り出せば、真下に駐車場。それも正面に停まっているのは我が家の車ではないか。助手席の椅子を倒して仰向けに寝ているのは、まさにうちのパパ。
お湯は僅かに白っぽく見えるがほとんど透明。湯の花はごくわずか。臭いも気のせいかなと思う程度の硫黄の臭い。入ったときのインパクトのようなものは無い。
ぬるさがちょうど良く、のぼせずいつまででも入っていられる感じだが、温まり度も低く、出るとかなり寒い。
でもここのお湯は重曹泉。湯上がり肌のすべすべ度は素晴らしい。
今朝の飯坂温泉もすべすべになったけど、こっちはもっとすごい。それに感触も違う。飯坂がクリームなどでコーティングした感じのつるつるすべすべなのに対し、
五色温泉宗川旅館はベビーパウダーをはたいたようなすべすべさらさら系だ。
この二つを梯子するととっても美肌になれるような気がする。・・・気のせい?
車に戻るとまだパパとカナは寝ていた。
そろそろ滑川に向かうのにちょうど良い時間。ガソリンが減っていたのでいったん国道に出てみる。出光まで300mの看板発見。ロス無くスタンドが見つかってラッキー。
滑川への道は悪路だ。舗装はされているが狭く対向車もしばしば。道の先にあるのは峠駅と滑川温泉と姥湯温泉の三つだけなのに、こんなに往来があるのは不思議。季節柄、山菜取りの人が多いのか。路肩に車を止め、下を向きながら歩いている人を発見すれば、それはまず間違いなく山菜取り。
途中で道は、温泉方面と峠駅方面に分岐する。
こんな山奥に駅があるのは不思議でしょうがない。板谷峠は鉄道の難所。今ある峠駅は、線路の左右を見渡せば、両方すぐにトンネルの入り口で、ぽつんと地上に出てくるここしか駅の作りようはないだろうという感じ。しかもこの線路、新幹線まで通るのだ。シュールだよなぁ。
そこがいいんだよ、と鉄ちゃんのパパ。
どうも鉄ちゃんの感性はよく判らない。
峠駅には電車を見に来たわけではない。
峠の力もちという銘菓があるのだ。あんこやお餅の好きなカナとレナのために力もちを買っていこう。美味しいよ。
駅を出て、どんどん山道を登る。
桜の季節は終わっているのかと思えば、山にはところどころ山桜。春紅葉の煉瓦色、そして生命力を感じさせる柔らかな黄緑の新緑。
道の端には白い花、ピンクの花、トウのたった蕗の薹。たまに日陰に残る雪。みんな春らしい色合いだ。
途中見下ろす谷底は切り立ち、碧の水の流れ。
やがて滝音が聞こえてくると、まもなく
滑川温泉到着。
駐車場はかなり混雑していた。宿泊のお客さんに加えて日帰り客などもいるのだろう。
荷物を抱えて覚えのある玄関から入り、チェックインを済ませて部屋に案内してもらう。
二階の湯治部屋。前に泊まったときは一番奥だったが、今回は階段から二つ目。
薄暗い部屋に入ったとたん、カナは目を丸くする。
「・・・この部屋、変な臭いがする・・・」
たぶん古い家の臭い。
そりゃあいつも通った湖の見えるおうちのように、広々と駆け回れるような広い部屋ではない。床暖房もトイレバスキッチンもついてない。自家発電の電球はたいして明るくなく、部屋の入り口の障子はほとんど開けっ放し。両隣の話し声も筒抜けで、壁や畳も年季が入っている。
6畳の狭い部屋の一角に布団が積み上げてあり、もちろんテレビなんて無い。
でもさ、一昨年の夏、青森のランプの宿、
青荷温泉に泊まったときはこんな感じだったじゃない。
結構、子供たちふたりはショックを受けたようだ。
頻繁に温泉旅行に出かける我が家は、極力宿泊料金を抑えてはその分一泊でも多くしたいと思っている。連泊で割引があり、自炊できる施設などは好んで使っていた。
だけど今まで子連れで湯治宿に泊まったことはなかった。
条件はぴったりなのだが、隣近所に声が筒抜けになり、療養目的で滞在している人の多い湯治宿は、明らかに子連れでは迷惑をかけると思っていたからだ。
榛名湖の定宿もなくなり、長女のカナが小学校に入学した。レナももう4歳。そろそろ静かにしていることもできるのではないか。そんな期待を持って今回、滑川温泉に予約を入れた。
部屋で一休みしてからパパが先に露天風呂へ向かった。
やがてタオルを首から下げて戻ってくると、よく温まるし熱くなくて子供たちにもちょうどいいよと教えてくれた。
日帰り客の入浴可能時間は午後4時まで。午後4時から5時半までが宿泊客の混浴露天風呂女性専用時間となる。
これに併せて子供たち二人を連れていくことにした。
既に待ちかねた女性が一人入浴していた。
露天風呂の脇には男女別の簡素な脱衣所が用意されていて、女性用だけ入り口にカーテンが下げてある。
お湯はパパが言うほどぬるくはなかったが、まあなんとかなだめて子供たちを入れることができた。水道のホースなどは見あたらないが、こちらで調節できないだけで既に少し加水されているようだ。
前はお湯が透明だった記憶があったが、今にして思えばそれは、まさに一番風呂で鮮度の高いお湯だったからで、今この露天風呂は青白い美しい濁り湯だった。ただし色はついていても濁りは強くはなく、足先までうっすらと見える。入ってしまえば女性でも安心の混浴風呂とはいえない感じ。
湯の花は前に内湯で記憶していたとおり、大きな消しゴムかすのような白いものがときどきうようよとしている。
強いゆで卵みたいな硫黄の臭いがするが、刺激などは特にない。柔らかいお湯だ。
しばらく入っているととても温まる。
囲いもなく前川の流れ。やっぱり滑川の露天風呂は天下一品。
子供たちが気に入ってなかなかあがろうとしないので、自分だけ先に着替えてしまった。
そろそろのぼせるだろうとタオルを手に迎えに行けば、なにやらカナが胸元をかゆそうにしている。見るとびっくり。鎖骨のあたり一面にぼこぼこと発疹ができていた。ちょうど蚊に刺されて腫れたようなものが大小沢山あって全体的に赤くなっている。
すわ伝染病か?
まさか。
小さい頃に水疱瘡は終わらせたし、風疹は予防接種をした。それにそれらの病気で出る発疹はもっと小さいはず。
「かゆいの? いつから?」
「このお風呂に入ってから」
「???」
とりあえず服を着せて部屋に戻った。
パパに見せようと説明して服をまくり上げれば・・・あれ? 消えている。
掻いたからか赤みは残っているものの、綺麗に発疹は消えている。
何だったんだろう、あれは。
滑川のお湯にかぶれたんだろうか。
夕食はレトルトで簡単に済ませて、デザートに峠の力もち。
夜にもう一度お風呂に連れていこうとしたら、レナは眠いと言ってそのまま寝てしまった。仕方ないのでカナだけパパと内湯に入ってきた。
朝も早かったし、私もお風呂に入ったら寝るとしよう。
8時前だけど、山の中は深夜のように暗い。
二日目へ続く