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◇◆信州高山温泉郷で夏休み◆◇

1.朝3時に出たのに計画は狂いまくり




 まーったく酷い話。
 何でこうなるの?

 聞いてよ。
 東京の家を出たのは朝の3時。
 なのに6時を過ぎてもまだ埼玉の川越にいる。

 夜中に起きて3時に出発したのは全て無駄。
 もっとゆっくり出た方が早く着いたなんて、こんなのあり?

 助手席の私も気分悪いけど、運転席のパパときたら、もう黙ったきり口をきかない。

初日 2008年8月13日(水)

 年末年始の旅行はパパが体調を崩してお流れ。
 春休みの旅行は旅先で私が体調を崩して入院、大騒ぎ。
 6月の代休を利用した旅行は雨で日程変更、結局日帰りでディズニーランドに行った。
 今年の旅行は散々。
 そして夏休みに入ってもパパは忙しくお盆までどこにも出かけられなかった。
 去年のように、GWにはケアンズ、夏休みには沖縄な〜んてもう夢のようだ。

 そしてようやくやってきたお盆。
 そう、お盆と言えば大渋滞。

 大渋滞を避けるために、夜遅く帰ってきたパパはほとんど寝る間もなく3時に出発したのだ。
 それなのに、信じられないことに、乗った関越道は所沢−川越間で事故による通行止め。
 途中から車は進まなくなり、所沢の手前でのろのろ1時間半。
 無理矢理降ろされた所沢から一般道で川越まで行くのに1時間半(高速から降ろされた車で一般道も渋滞しているから)。
 ようやく川越に到着したときは、家を出てから3時間も経過していた。

 しかも、しかもだ。
 到着してみると、もう所沢−川越間は通行止めが解除されていた。

 そう。
 後から来て通行止めが解除されてから通過した車は、私たちよりずっと先まで行っちゃっているわけだ。
 おまけにようやく乗った関越から先だって、既にのんびり出た車と、泣きながら一般道を来た車と合計で死ぬほど混んでいる。

 何のための3時間?
 何のための午前2時半起き?
 何のための・・・


 もう嫌〜〜〜!!


 気を切り直して。
 取り直せないけど一応取り直して、今回の旅行について書いてみる。

 友人のyuko_nekoさんが企画してくれた。
 yuko_nekoさんちの小六になるちび姫ちゃんは、今年親元を離れての合宿旅行に参加した。
 旅行先は長野。
 そこでyuko_nekoさんたちは合宿を終えたちび姫ちゃんをピックアップしてさらに長野でキャンプを続け、それから私たちと合流して信州高山温泉郷の松川渓谷温泉に3泊する。

 当初の予定では、早朝出発して6時頃には長野県に到着しているはずだった私たちは、松本近くの美鈴湖でキャンプしているyuko_nekoさんちのトレーラーで仮眠させてもらって、一緒に松川渓谷に行くはずだった。

 とんでもないことに、松本に到着しているはずの6時には、まだ私たちは川越にも到着していなかったので、計画は変更を余儀なくされた。

 松本を出たyuko_nekoさんたちと高速のどこかで合流し、それから直接松川渓谷に向かうことにした。
 松川渓谷温泉にまだチェックインできなければ、山田牧場の辺りでトレーラーを停めて、お疲れのパパを仮眠させてくれるということになった。
 そんなわけで今は、少しでも遅れを取り戻そうと関越道をひた走っているところ。
 まもなく嵐山を通過。
 時刻は7時7分。



 私たちは松代で落ち合うことにした。
 関越道から上信越道へ入る私たちと、松本から長野道でアクセスするyuko_nekoさんたちと合流するのは更埴ジャンクション。そこから一番近いのが松代PAだ。
 松代と言えば加賀井温泉のあるところかな。
 でも今は寄っている暇は無い。
 ほんの5分ほど先に着いたyuko_nekoさんたちはガソリンスタンドの近くに停まっているというので、松代PAのガソリンスタンドを目指した。
 大渋滞で限界ぎりぎりのパパは、とにかく松代まで行けば休めると最後の力を振り絞った。
 そしてようやく合流・・・。

 ちび姫ちゃんはカナとレナと会ったのが嬉しかったのか、そのまま車に乗り込んだ。
 ちび姫ちゃんのママのyuko_nekoさんと、ちび姫ちゃんのパパのがっちゃんは、とりあえず朝食を取るためにパーキングエリアの食事処へ向かった。私も一緒についていく。
 そしてパパはようやくベッドにありつけた。
 がっちゃんのトレーラーでエアコンを効かせてもらい、中も暗くして安眠・・・。

 9時15分。
 がっちゃんのトレーラーで一眠り終えたパパが復活したので私たちは松川渓谷温泉を目指すことにした。
 朝早くは薄ぼんやりしていた空模様もだんだん晴れてきた。

 私はハイウェイオアシスのある小布施PAに寄って、観光情報をいろいろ入手したいと思っていたが、結局手前の須坂長野東で高速を降りた。
 須坂の町中を通り抜け、途中で買い出しを済ませて山道を登り始める。

 今回の目的地。宿泊する松川渓谷温泉は、群馬と長野の県境に聳える志賀の山々に向かって伸びるルートに沿って点在する信州高山温泉郷の一軒宿だ。
 下から紹介すると、室内プールもある日帰り温泉のYOU遊ランド、日本秘湯を守る会の宿と日帰り温泉が同じ敷地にある蕨温泉、自ら秘湯と呼ぶ子安温泉、温泉地らしい温泉街を形成する山田温泉、川沿いの混浴露天風呂を有する松川渓谷温泉、五色に変化する効能高い源泉の五色温泉、そして道は二手に分かれ、更に山を登れば牧歌的雰囲気の奥山田温泉に至り、谷へ下れば三軒の宿を残す七味温泉に至る。
 松川渓谷温泉はちょうどこの信州高山温泉郷の中ほどに位置する。
 湯治用の自炊施設を備え、比較的リーズナブルに利用できる。
 後から聞いたが、yuko_nekoさんとがっちゃんが初めて入った思い出の混浴温泉だったそうだ。
 私はまだ入ったことがない。
 でも信州高山温泉郷自体は、去年の9月に同じメンバーで訪れて、あのときは女性陣は七味温泉紅葉館に、男性陣は山田牧場のキャンプ場に泊まって、五色温泉や奥山田温泉に入った。

 だから道から見る景色は覚えている。
 花咲く長閑な景観から、徐々に山を登り赤い橋を渡り山田温泉の温泉街を通り抜け、景勝雷滝に降りる遊歩道の入り口に建つごろごろ亭を見かければ、もうすぐ松川渓谷温泉だ。



 松川渓谷温泉には三箇所のお風呂がある。
 一番有名なのが川沿いの大きな混浴露天風呂で、その露天風呂入り口に男女別の岩風呂がある。
 残る一箇所は宿泊棟に併設された宿泊者専用の浴室で、こちらは日帰り入浴者は利用できない。

 松川渓谷温泉に日帰り温泉する場合、直接露天風呂の入り口で受け付けることになる。
 だから駐車場で車を停めたら、川の方へ階段を降りなくてはならない。
 駐車場から見える宿泊棟の入り口には、宿泊者のみブザーで呼んで下さいという張り紙があって、こちらは日帰り客の受付はしない。
 私たちは既にかなり混雑している駐車場に11時過ぎに到着して、とりあえず宿泊者専用の入り口にいたご主人らしい男性に事情を説明した。

 チェックインは午後3時。
 早めに受け付けるとしてもせいぜい2時。
 関越大渋滞ですっかり予定の狂った私たちは、とっても困っている。

 とりあえず・・・パパを除くメンバーは、どこか近隣の温泉に日帰りで遊びに行くとして、パパだけはもう動きたくないと言っている。
 だからパパは、できればこの松川渓谷温泉で午後2時までのんびりしていたい。
 チェックインできないのは判るから、それまで日帰り料金を余分に払ってもいいからここにいさせてくれと交渉した。
 最初はご主人もあれやこれや言っていたが、いつの間にかOKになったようだ。
 彼はホクホクと一人、露天風呂へ続く階段を降りていった。

 これでよし、と。
 それでは残りのメンバー、がっちゃん、yuko_nekoさん、私、ちび姫ちゃん、カナ、レナの大人3人、子供3人の計6人は、がっちゃんの車に乗り込み、適当な日帰り温泉目指して出発した。



 「熊の湯、行きたいんだよー」と、がっちゃん。
 「えっ、うそっ。熊の湯までの道は相当厳しいよ。峠越えじゃない」と私。
 志賀高原の熊の湯温泉の熊の湯ホテルは奥山田温泉の先、笠ヶ岳の峠を越えて、さらにその向こうだ。
 確かにお湯はとっても良いんだけど・・・。
 「がっちゃんはね、トレーラー関係の仲間がそっちにいるから行きたいんだよ」とyuko_nekoさん。
 「いいや。熊の湯は夜にでも一人で行ってくるよ」
 ええーっ。益々大変じゃない?
 とは言ってもとりあえず熊の湯行きは却下ということになって、がっちゃんの車は山を下り始めた。

 「おぶせ温泉は入ったことある?」
 「いいや、ない」と、がっちゃんとyuko_nekoさん。
 「じゃ、いいかも。おぶせ温泉、行く?」
 何となくおぶせ温泉行きが決まった。
 私がおぶせ温泉を押したのは、たまたまカーナビに写ったからというのもあるんだけど、もっと松川渓谷温泉に近い信州高山温泉郷の温泉だと、4〜5時間近く自由になる今日にわざわざ行かなくても、滞在中他にチャンスがあるんじゃないかと思ったから。
 松川渓谷温泉からおぶせ温泉までの距離を見て、ちょうど熊の湯までの距離と同じくらいだったから、がっちゃんは吹っ切れないようだった。
 でもくねくね九十九折りの峠越えで行く熊ノ湯と違って、おぶせ温泉までの道はほとんど急なカーブもないし、到着までの所要時間や大変さは全然違うと思うよ。



 山を下り、おぶせ温泉に到着したのはちょうど正午だった。
 おぶせ温泉は平成元年に湧いた温泉で、ここには施設が二つある。
 ひとつは日帰り温泉「穴観音の湯」で、もうひとつは旅館で日帰りも受け付けている「あけびの湯」だ。
 私は2002年にタングラム斑尾の帰りに穴観音の湯に寄ったことがある。
 その頃はまだ、あけびの湯は存在しなかった。

 だから私は今回はあけびの湯に入ろうと思った。
 「yuko_nekoさんたちは、穴観音の方に行ってもいいよ」
 「いや、どっちでもいいから、あけびの湯に行くよ」

 駐車場は二段重ね。
 下の駐車場に車を停めると、上の駐車場まで行く細長いエレベーターがある。
 この辺の作りも隣の穴観音の湯そっくりだ。
 あけびの湯はちょっと小綺麗な旅館で、料金は隣の穴観音の湯より100円安い500円。
 なお、この二つの施設で使っている源泉は共通だが経営は別々。

 ロビーの券売機で入浴券を買って浴室へ。
 隣の穴観音も同様だが、景観重視で見晴らしの良い場所に浴室を作ってある。

 そうそう、ちび姫ちゃんとカナレナだが、お風呂に入りたくないし、一緒に遊んでいたいと言うので、車の中に残してきた。
 幼児じゃあるまいし、暑くなれば自分たちで開け閉めできる。携帯電話も一台置いてきた。心配は無い。

 あけびの湯には休憩室も食事処もある。
 休憩室には北信五岳の稜線を白いラインで描いたガラス窓。
 穴観音の湯の浴室もこんなのが描いてあったぞ。
 何から何まで妙に似ている。

 もう脱衣所からゆで卵のような硫黄の匂いが漂っていた。
 思わずくんくんと嗅いでしまいたくなる。
 しょっちゅう旅行に行っているイメージの我が家だが、今年はそうもいかず、2月の湯宿温泉谷川温泉以来の旅行だ。
 温泉自体も6月のむさし野温泉彩ゆ記以来。

 浴室へ入って正面が内風呂。
 左右に洗い場がある。

 早速軽く流して内風呂に入ってみると、ちょっと熱め。
 源泉温度が低く沸かしているのだから、そんなに熱くしなくても良いのに。
 お湯は真っ白だった。
 あれぇ? 前に入った穴観音の湯はこんなに白かったっけ?

 入っていると、yuko_nekoさんが来たので、一緒に露天風呂に出てみることにした。

 露天風呂は浴室から繋がっているのだが、ちょっと出口が判りにくい。
 露天風呂のお湯も嬉しくなるくらい真っ白だった。
 空が青いので湯の白さが映える。
 ちょうど北信五岳と小布施の町を見下ろすように露天風呂が作られているので、非常に景色が良い。
 立地やお風呂の作りからワイルドさは無いが、お湯の色、臭い、景色と、温泉にほしいと思うものがコンパクトに全部揃っているところが秀逸。

 きしきしとする肌触りを楽しむ。
 露天風呂は内風呂に比べるとぬるめで、のんびりするのにちょうど良い。
 後から知ったが循環する内風呂と違い、露天風呂は掛け流しだった。

 取りたてて塩味がするというわけでもないのに、やたらと良く温まる。
 しばらく入っているとのぼせてしまうくらい。
 硫黄の臭いのする白濁泉だが、アルカリ性の塩化物泉だ。
 お湯の白さはちょうど細かい白い粉を溶いたように綺麗で、その分足下が見えず、浅くなっているところに気づかず何度か足をぶつけたりした。
 「これはがっちゃん気に入ったと思うよ」と、yuko_nekoさんが言い出した。
 「だとしたら良かった。おぶせ温泉を勧めた責任があるからね」
 「ちょうど松本から来たでしょ。あっちで入った温泉はみんな無色透明であっさりしたやつだったから」
 これは本当で、上がったらがっちゃんが凄く喜んでいた。
 「もうね、脱衣所から中に入って、真っ白なのを見たとたん、やったーと思った」
 「そぉんなに気に入ってくれたんだ」
 「臭いとか色とか、もうこれだよ、求めていたのはって、そんな感じ」
 でもまさか、この旅行中にがっちゃんが三度も入りに行くとは思わなかったよ、おぶせ温泉あけびの湯。

 子供たちは車の中で大人しく待っていた。
 買ってきたイオン飲料を飲ませて出発。
 ・・・って、今度はどこへ?



 「秘湯ってわざわざ看板に書くのってB級っぽいよね」
 がっちゃんは面白がって、子安温泉への道を曲がった。
 「どんな秘湯だか見てやろうじゃん」
 子安温泉は信州高山温泉郷の温泉の一つで、小布施から松川渓谷温泉に戻る途中にある。

 さらに曲がった道はカーブして、途中に休業中の看板を下げたオリーブとかなんとか書かれた小さな食事処がある。

 子安温泉の駐車場はだだっ広かった。
 その空き地のような駐車場の一角にログハウス風の子安温泉が建っていた。
 何だか秘湯という雰囲気ではない。
 でももちろん豪華なわけではない。

 それを見ていたがっちゃんとyuko_nekoさんと私・・・いつの間にか、見るだけでなく入っちゃおうということになった。
 当然反対するのは子供たち。
 時間的にもお腹が空いている。
 入るのは嫌。待っているのも嫌。早く帰りたいと言う。
 ・・・帰りたいって言われてもまだチェックインできないのだから松川渓谷温泉に行ったってしょうがない。
 「じゃ何か食べるー」
 もっともだ。

 目の前の子安温泉に入りたい一心の私たち。
 ごそごそと何か食べるものを探した。
 「これ、どうだ?」
 がっちゃんが見つけたのは唐揚げのパック。すぐに食べられる。
 子供たちを唐揚げで納得させて、結局私たちは子安温泉に入っていった。

 小安温泉は真っ茶色だった。
 如何にも鉄分の多そうな色に濁っていて、実際、金属の臭いもぷんぷん漂っていた。
 木造の内風呂ひとつで、そこそこ広い。
 先客に何処から来たのと問われ、東京からだというと、どこでこの温泉を知ったかと驚かれてしまった。
 どうも、知る人ぞ知るというか、名湯揃いの信州高山温泉郷にあって、一見地味で一癖もふた癖もあるところだったらしい。

 湯口にはコップがあったので飲んでみた。
 炭酸水素塩泉らしいじゅわっとした感じが少しあり、あと、シンプルに塩辛い。
 隣にいたyuko_nekoさんが高血圧の人は飲んじゃいけない味だと言った。

 きしきしする感触も強いが、肌をなでているとすべすべする感触もある。
 とてもよく温まるので汗がひかない。
 とにかく全てが木でできていて、浴室にもぬくもりがある。
 高い天井を見ていると、ああ、渋滞はあったけど長野まで来て良かったなぁと思った。

 子安温泉はがっちゃんたちにすると、おぶせ温泉以上のサプライズだったようだ。
 秘湯秘湯と書いてあるからどこが秘湯かというB級温泉だと思えばちゃんとしていたし、まさか茶色いお湯が待っているとも思わなかったようだし。
 私は信州高山温泉郷なら、そもそもハズレはないだろうと思っていたし、どこかに茶色いお湯があると聞いたような気もしていたから、サプライズは無かったけど良い温泉だと思った。

 子安温泉の受付をした女性は、最初は取っつきにくそうな雰囲気だったが、私たちがお風呂から出てくると、たった今届いたばかりなのと立派な桃を一つずつくれた。
 「桜桃とネクタリンの掛け合わせでワッサーと言うの。桃と違って硬いから運んでも痛みにくい品種で、あと2、3日ぐらいで食べ頃だと思うわ」
 このワッサー、結局帰宅してから食べたが、見た目は桃そのものながら、味はもっとさっぱりして本当に食感が取り立ての桃のように硬く面白い味わいだった。

 「長野の人って、最初は無愛想なのに、話してみると親切な人が多いよね」
 「シャイなんだよ、長野の人は」
 がっちゃんやyuko_nekoさんが言う。
 そうなのだ。
 ちなみに私の母は長野出身。私もシャイなのだ(笑)。
 シャイと言えば対照的なのは隣接する山梨の人。
 「山梨の人はしゃべり始めると止まらなくなるよね」
 「そうそう」
 前にはやぶさ温泉でがっちゃんをマッサージしてくれた人がそうだった。



 二箇所温泉を回って松川渓谷温泉に戻ってみると、ちょうど時間が2時だった。

 松川渓谷温泉を出るとき、がっちゃんはトレーラーがあるのでどうしてもこの場所に車を停めたいというのがあって、戻って来るまでパパにその場所を取っておいてほしいと頼んでいた。
 最初はパパの車で場所取りしようという話になっていたのだが、戻ってみると笑っちゃうことに、車ではなくパパ自身が座って場所取りしていた。

 車が入るべき場所に、キャンプ用の椅子を出して鉢巻き姿でビールを飲んでいる。
 その様子はまるっきり客に見えない。
 偉そうだし、駐車場我が物顔でなにもの? という感じ。

 「そうなんだよー、日帰り客が次々俺に、受付を頼もうとするんだよ」
 宿の人じゃないっつーのに。

 似非主人であるパパしかそこにはいなくて、宿の人たちは露天風呂のある川沿いにいるようだったので、宿泊者専用のブザーを鳴らすと、さっきのご主人が上がってきてドアを開けてくれた。
 私たちの部屋は入り口から一番近いところ。
 yuko_nekoさんたちの部屋はその隣。
 駐車場から見るとそこは1階だが、建物は斜めの立地に建っているのでその下にも部屋がある。
 下の部屋の廊下の突き当たりにドアがあり、その向こうが宿泊者専用の浴室。
 廊下と宿泊者専用浴室の間に外へ出るドアがあり、そこから出ると、駐車場から降りてくる露天風呂行きの階段と合流し、川沿いの露天風呂や水車小屋と食事処に続いている。

 日帰り入浴を締めた後は、駐車場から露天風呂に降りる門を閉め切って、宿泊棟からしか露天風呂に行かれないようになる。

 私たちはそれぞれ鍵を三つずつ渡された。
 駐車場に面した宿の入り口の鍵と、部屋の鍵と、露天風呂へ続くドアの鍵。
 日帰り客が宿泊棟の方に入ってこないように、出入りの度に鍵を閉めるよう言われる。
 また、ご主人は自炊施設の使い方も説明してくれた。
 ガスはコインを入れて使うタイプが設置されいているが、コインを入れなくても無料で使えるように設定されている。
 各階に冷蔵庫は2台。
 部屋での煮炊きは禁止。これが意外と面倒で、滞在後半になると私たちは図々しくも厨房に椅子を持ち込み、料理した後、厨房でそのまま食事することも多かった。

 安い宿泊料ながら、子供たちの浴衣もちゃんと出してくれた。
 また、一晩毎に浴衣を取り替えてくれた。
 当たり前と思う無かれ。安いところは往々にしてそんなことはない。

 さてその子供たち。
 最初は二つの部屋のどちらかを子供部屋として占拠しようと考えたようだが、がっちゃんがトレーラーを開放してくれると、すっかりそこに住み着いてしまった。

 文字通り。
 いやはや遊ぶときだけでなく夜寝るのもトレーラーの中。
 はっきり言って部屋を取る必要が無かったというくらい。
 夕食の時だけ出てきて食べた。
 後はもう三人で籠もりきり。

 夜には雷鳴轟き豪雨が降った。
 このところ東京の夜も同じだが、昼間は晴れているのに夕方辺りから天候が怪しくなり、スコールのように降ることが多いらしい。
 明日は晴れるかな。
 花火も買ってきたのに。
 もう雨音だかせせらぎだか判らないまま、水の流れる音を聞きながら床についた。
 そう、明日は晴れるかな。

二日目「松川渓谷あわや通行止め」へ続く


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