4.松之山の一日
朝起きたら、なんとなく少し雪が融けているようだった。
昨日も降ってはいたのだから融けるというのも変だが、みらい2号館から見下ろす木々の枝は、昨日よりはむきだしで、のっている雪の様子も湿って古くなっているような感じだった。
青空は見えないが、雲を透かして光は射している。
四日目の朝はこんな風に始まった。
四日目 2008年1月4日(日) |
新潟県十日町市。
少し前までは松代町と呼ばれていた辺り。
雪国としては知られているが、意外に近くに大きなスキー場は無い。
昨日でかけたまつだいファミリースキー場クラスはともかく、リフトが何本もあってゴンドラやロープウェイもあるような施設は、一昨年普通は冬には通らないような悪路を通ってはるばる出かけた
雪だるま温泉近くのキューピットバレイか、関越道の方まで戻るかしないと無いようだ。
関越道沿いまで行けばよりどりみどり。スキー場じゃない所を探すのが難しいぐらいだ。
といっても、関越道方面はどうせ最終日に通る。
天気次第だが帰宅日もスキーをするつもりだから、何もみらいから日帰りで行かなくてもという気もする。
「じゃあこうしよう」
パパは決めた。
「天気が良かったらキューピットバレイまで行く。天気がいまいちだったら松之山温泉スキー場」
個人的にはキューピットバレイまで行って、帰りに霧ヶ岳温泉ゆあみに入ってくる計画が良かったが(温泉は聞いてないぞとパパが言いそう)、今朝の天気だとこれは・・・。
「松之山温泉だね」
「松之山温泉スキー場だって」
「帰りに一か所ぐらい松之山温泉入れるよね?」
「
ナステビュウぐらいならいいぞ」
「うーん、ナステビュウも好きだけど、せっかくだから入ったことのないところがいいな」
こっから先はパパはもう聞いていないようだった。
とにかく行先は松之山温泉スキー場に決まり、私たちは朝食を終えた後、スキーウェアに着替えて車に乗り込んだのだった。
松之山温泉スキー場はリフトが2本ほどの小さなスキー場だ。
まつだいファミリースキー場に毛が生えた程度。まつだいファミリースキー場よりは少し規模が大きいと聞いている。
私はまだ行ったことがないのだ。
パパとカナとレナは、一昨年がっちゃんやちび姫ちゃんと行った。
私はあのとき体調を崩して本調子でなかったため、やはりスキーが好きじゃないyuko_nekoさんと二人でナステビュウで待っていたのだ。
「松之山温泉スキー場はラーメンが旨いんだよ」とパパ。「カナとレナもすごい勢いで食べていたぞ。がっちゃんも旨いって言ってた」
それは楽しみ。
みらい2号館から松之山までは雪がなければ車で10分程度か。とにかくそんなに遠くない。
スキー場は温泉街を越えたその先。
と言ってもよく判らず、一度は地元の人に道を聞いてしまった。
スキー場に着いたとき降っていたのは、雨交じりのアラレだった。
スキーをするのに一番嫌な天気と言えば雨。
そりゃあ吹雪とかガスが出ている方が実質的には滑れないが、とにかく気分的に一番いやなのは雨。
松之山温泉スキー場の駐車場係のおじさんは、今日の天気なんてまだまし。年末は大晦日まで吹雪いていてお客さんの入りがさっぱりだったと嘆いた。それに比べれば年が明けてからのこのみぞれはマシな方だということらしい。
レナは昨日に続きブーツだけレンタル。
大人は昨日に続き、二人で一枚の一日券。
来年2月には新潟で国体が行われるようで、「トキめき新潟国体」と書かれた横断幕が、スキー板をはいたトキのイラストとともに下がっている。
一応三が日は開けたといえ日曜日なのでお客さんの入りはまあまあか。
まあまあって言うのはつまり・・・誰もいないことはないっていう程度。
今回も先頭バッターはパパということで、私は三人がリフトで上がってコースを滑り下りてくるまでの間、リフト乗り場から一番近いレストハウスで待っていることにした。
意外に時間がかかった。
何かあったんじゃないかと心配になったくらい。
ちょうど私のいるレストハウスにレスキューの詰め所があるのか、一度はレスキューがスノーモービルに飛び乗って雪の斜面を上がっていったのでカナかレナが怪我でもしたのかと思ってしまった。
しかしさらに待っていると、パパがやってきた。
「タッチ交替。子どもたちがリフト乗り場で待っているから」
良かった。さっきのレスキューは違ったのね。
遅くなった理由を聞いてみると、一度は目の前の斜面を下りてきたが、そのあともう一本のリフトに乗ったところそれが長い長い。降りてくるまでにずいぶん時間がかかったとのこと。
「あのリフト、一昨年は無かったような・・・」コースが違っているとパパ。
私は来たことがないんだからホントかどうか知らないけどね。
リフトに乗ったらちょっとだけ青空がのぞいた。
直射日光が当たるだけでスキー場の印象は一変する。
灰色だったものが純白に。
寒々しかったのがぽかぽかに。
二人について、まず下から登ったリフトの横のコースを一本滑り、途中から出ているもう一本のロングリフトに行ってみた。
「この長いリフトを降りたところにね、鳥の巣があるんだよ」とレナ。
「本当ー?」
降りたところで少し滑り、カナとレナが木の上を指さした。
「あれだよ、あれ」
「・・・」
うーん、蜂の巣のようにしか見えないけどな。
「パパが蜂にしては穴が大きすぎるって」
本当のところはわからないけどママはあれはやっぱり蜂の巣だと思うな。
どちらにせよ、巣の主は今は留守っぽい。
滑っていくと今度は休憩小屋があった。
「ママ、ここが小屋だよ」
既に一度滑った子供たちの方がコースには詳しい。
ついでにこの小屋に張られたコース案内を見ると、今のリフトは存在しなくてもっと小さいリフトが二本載っているみたい。
パパの言う新しいリフトはあながちでたらめでもないらしい。
リフト乗り場にはちらほらと人がいたが、コース上は無人もいいところ。
雪はいいし、また空は曇っちゃったけどなかなか爽快な気分。
松之山温泉スキー場でのお昼ごはんは、パパお勧めのレストハウス雪椿でとった。
といっても、このスキー場にレストハウスは一軒しかないのだが。
ラーメンが旨い旨い言うので、スキー場みそラーメンと雪椿ラーメンを頼んだ。おしるこというメニューもカウンター前に貼ってあったので子供たちに勧めると、二人ともおしるこがいいと言い出した。
しかし、その張り紙に近づいてみると「お昼の時間帯はできません」とある。
周りを見回すと、まつだいファミリースキー場のレストハウスよりかなり座席数は多い雪椿だったが、ほぼ満席に近かった。ということは、おしるこは今は無理だ。
しょうがないので子供たちにはラーメンを取り分けて・・・。
このレストハウスの張り紙には、他にも「中華麺のかえだま」とか、もっと凄いのになると「家庭用包丁研ぎます」とか、どうしてスキー場で包丁?と謎は深まるばかり。
ラーメンはパパが絶賛するだけあっておいしかった。
スキー場みそラーメンはどの辺がスキー場なんだかわからないが野菜がいっぱい乗っていて、雪椿はとろみがついている。
結局子供たちもたくさん食べたので、スープはそのまま替え玉を頼んだ。あって良かった「かえだま」メニュー。
レストハウスの窓からはゲレンデが見える。
ゲレンデの隅の雪だまりで、数人のボーダーがせっせとスコップやママトラで雪を運んでいた。
そこへゲレンデの雪をならすキャタピラの雪上車がやってきて、ボーダー諸君は身振り手振り。雪上車は一気に雪を積み上げて、ジャンプ台の完成。
やんややんやと諸手をあげて、嬉しそうに一人ずつジャンプしている一部始終を食事しながら見学。
午後も軽く滑って2時半に再びレストハウスへ。
カナとレナが希望したおしるこがそろそろ食べられそう。
早速注文しようと思ったが、カウンターが無人。
さっきまでカウンターで働いていたエプロン・三角巾の女性方は、ひとつテーブルに集まって団欒タイム。
「あのう・・・おしるこできますか?」
「あっ、はい、大丈夫ですよ」
私の一声が散会の合図になったようだ。
カナとレナは温かいおしるこを食べて、これまたおかわりまでしていた。
結局スキーを上がったのは4時少し前。
まつだいファミリースキー場では一昨年と違い
芝峠温泉への日帰り割引が無くなっていたが、この松之山温泉スキー場では一日券の下に「当リフト1日券で松之山温泉入浴料を100円割引いたします」とある。裏面には17軒の該当施設が記載されていた。
共同浴場の鷹の湯、日帰り専門の
ナステビュウの他に、
凌雲閣、
植木屋といった旅館も多い。
帰りがけに入る温泉、どこにしよう・・・。
入りたいのは、高級なイメージのあるひなの宿千歳か、逆にマニアックな自炊宿みよしや。
松之山温泉は中心になる松之山地区の他に、バラバラと温泉宿が点在しているが、入りたい宿は両方とも、鷹の湯なんかがある中心部だ。
ということは、こんな手が考えられるかも。
「あのね、パパ。千歳っていうところかみよしやっていうところに行きたいんだけど、みよしやはあまりパパの好きそうな所じゃなさそうなのね。だからまず千歳に行って日帰りできるか聞いてみて、駄目なら私はみよしやに行くから、パパ達は前にも行ったことのある共同浴場の鷹の湯に行ってて。後から合流するから。千歳もみよしやも鷹の湯も歩いて数分圏内だから」
「ずるい」とパパ。
どこがどうずるいの?
私的にはこれ以上ないくらいみんな丸く収まるように計画を練ったつもりだったんだけどな。
第一、鷹の湯のような一般向け共同浴場なら喜んで行くくせに、B級っぽかったり鄙びていたりする施設や敷居の高い旅館はいつも自ら敬遠するパパなのに、どの辺がずるいわけ?
「とにかくその千歳ってとこ、電話してみたら?」
「う、うん・・・」
ひなの宿千歳が日帰り入浴を受け付けていることは、手元の松之山温泉スキー場の1日券を見ればわかるのだが、宿泊客優先の旅館にもれず、確か日帰り時間は3時までのはずだ
今は4時。
ただし、今日は正月三が日を過ぎて4日の日曜日。今夜泊まる宿泊客の人数は、昨日までと比べたら格段に少ないに違いない。
これらを勘案すると、今の時間、日帰りを受け付けてくれる確率は5分と5分ぐらいか。
だからこそ電話するのでなく直接押しかけてみようかと思っていたのだが、パパがそう言うならと私はスキー場を離れる車の中から携帯で千歳に電話してみた。
ダイヤルは、1日券の裏に記載されていたそれを見ながら。
よもやこれが最終的な失敗につながるとは思いもせず・・・。
「はい、ひなの宿千歳でございます」
電話はすぐ出た。はきはきした感じの女性の声だった。
「あのー、今からでも日帰りで温泉に入らせていただけますか?」
「どちらからですか?」
「松之山温泉スキー場を出たところです」
「何名様ですか?」
「家族4人です」
「・・・本当であれば日帰りのお客様は3時までなのですが、どうぞいらしてください」
確認のために電話口から離れたのかしばし置いたあと、特別にという恩着せがましさを微妙に感じる口調で彼女は答えた。
「ありがとうございます」
電話を切って私はパパに報告した。「千歳、大丈夫だって」
ひなの宿千歳が受け入れてくれるなら、みよしやと鷹の湯のはしごや別行動など取らなくて済む。
私もホッとした。
ホッとしたというか、なんだか周り中に気を使っている気がする。
入ったことのない温泉に入ってみたいなと思っているだけだけど、パパに気を使い、子供に気を使い、宿に気を使い・・・これらが全部いけなかったのだと後から思い知ることになる。
これに比べると、一人で四万温泉の共同浴場を歩いて回った時はどんなにか気楽だったことやら。
ひなの宿千歳は松之山温泉街の奥まった辺りにある。
道は狭く両側に温泉宿が並ぶ中、車を進めると、右手に切り立つように千歳の建物が建っていた。
駐車場は手前らしい。
松之山の奇祭である「むこ投げすみ塗り」と書かれた白い垂れ幕が下がっている。
玄関にはまだお正月飾りがあって、それほど広くはないもののこの辺りの温泉では豪華さを感じるロビーの作りだ。
私たちが中に入ると、さっき電話に出てくださった-女将さんだか仲居さんだかわからないが-とおぼしい女性がそそくさと受付に来て料金を徴収した。
大人1,000円、子供700円。
覚悟していたがやっぱり高い!
高いけど、松之山温泉スキー場の1日券があればとりあえず100円引き・・・と、じゃじゃーんと出したところ、
「それ、どこのですか?」と冷ややかな声。
慌てて裏返すと、松之山温泉スキー場の1日券だと思って自信を持って出したそれは、昨日のまつだいファミリースキー場の1日券だった。
失敗失敗。これじゃなくて・・・・えーと、あれ? 無い、無い、無い。
タオルや着替えを入れた袋に手を突っ込んでかき回すが、目的の1日券はどこにも無い。
なななななんで?
あれほどしっかりと無くさないようにとこの袋の中に入れたはずが・・・
あーっ、しまった、電話したときだ。
千歳に電話したとき、1日券の裏を見てダイヤルしたからその時に車の中に置いてきちゃったんだ。
・・・がっくり。
割引があるから松之山温泉に入っていこうと思ったのに、ご丁寧にその割引券を忘れてくるなんて・・・。
早くしてくださいと言わんばかりの目で見降ろされて、しぶしぶと割引券を出すのをあきらめ、私は料金を支払った。
領収証が渡される。
それを受け取り、私は聞いた。
「えーと・・・浴室は・・・」
「つき当たりを左です」取りつくしまもない。
本当は月見の湯の場所を知りたかったのだ。
月見の湯というのはひなの宿千歳の一押し露天風呂で、確か男女入れ替え制。時間を区切っていたはずだ。
今の時間が男湯になっているか女湯になっているかわからないけど、どっちにせよ私かパパかどちらかはその恩恵にあずかれるのではないかと思っていた。
思っていたが、受付で言われたとおりつき当たりの左に行くと、そこは男女ともほんやらの湯と名付けられた普通の内風呂と狭い露天風呂しかなかった。
そして露天風呂に入ったら、はるか上の方に月見の湯らしきお風呂が雪の中、ちらりと見えた。
後から領収書をよくよく読んで判ったことだが、日帰り利用できる場合の月見の湯は10時から12時が女性用、13時から15時が男性用となっていた。
私たちが押し掛けたのは16時過ぎなわけだから、どちらにせよ月見の湯の日帰り利用時間を過ぎていたと読めなくもない。
だから受付でほんやらの湯しか教えてもらえなかったのかも。
でもそうするとなおさら、あの入浴料は高く思えてくるのだ。
とにかく私たちは男女に分かれて脱衣所に入った。
小奇麗な脱衣所の棚にはそれぞれ「猿も木から落ちる」とか「渡る世間に鬼はなし」とかことわざが書いてある。
カナに「ママはどれにする?」と聞かれて、「旅は道づれ世は情け」を選んだ。カナは「早起きは三文の得」を選んでいた。レナは「花より団子」。
子どもたちをぬがせかけてまたまた忘れものに気づいた。
それは髪を結ぶゴム。
いつもは携帯電話のカラビナフックにぶらさげているのだ。自分の分はたまたま静電気防止機能のものを腕につけていたが。
携帯電話も車に忘れてきた。
いつも肌身離さずベルトのところからぶら下げているのだが、よりにもよって千歳に電話したとき外してそのままだ。
子どもたちの髪は長い。
洗ったあと、そのまま入れるわけにはいかない。
どうしよう・・・。
思い余った私は、びしょぬれになった温泉タオルを収納するため持ってきたビニールの巾着から紐をほどき、それで娘たちの髪をまとめあげることにした。
実は高級なここでは目の前の洗面台に自由にお使いくださいと髪ゴムがごまんと置いてあったのだが、それに気付いたのはお風呂上りのことだった。
苦労して苦労して巾着のひもを外し、その上でその必要すらなかったと後から知った時の脱力感。
もう本当にいいことがない。
で、お風呂には先客がいたが、ほぼ入れ違いに上がられた。
外との温度差と湿度と湯気でもう浴室内はミストサウナ状態。
内風呂は長方形で縁は石。
露天風呂は浴室を通ってから外に出るようになっていて細長い岩風呂。風呂の周りは雪の壁のようになっていて圧迫感がある。
一応この露天風呂、それから月見の湯と貸切風呂が千歳ではかけ流しのようだ。
露天風呂はかなり熱いこともあると張り紙があり、湯もみようの板も立てかけてあったが、外気温が低いせいかむしろ気持ちぬるめなぐらいだった。
いろいろと千歳に関して不運が続き文句たらたらだったが、お湯に関しては申し分ない。
素晴らしく濃く、緑がかって、ずしりと重く、強い塩味がする。
本当にただものじゃないというか、これが本物の松之山温泉という風格だ。
昨日の芝峠温泉が薄っぺらく感じられてしまうほど。
鼻腔から強い油と薬品臭が入ってくる。
とろとろとお湯は手足にまとわりつき、浸みこんでくる。
上がる前から、もう入っている間から足の皮膚がぴりぴりちりちりと引っ張られるような感触。
上がった後は体力を吸い取られてどっと疲れそうな感じだ。
お湯の中にもときどき大きく成長した湯の花が浮いているが、レナが面白いものを見つけた。露天風呂の岩の隙間、ちょうどお湯があふれていく部分に、羽毛を広げたような凄い状態の湯の花を見つけた。
面白がってレナが手に取るとゲル状だった。
暑がりのカナはもう上がってしまった。
そろそろ私たちも上がるか。
帰りの荷物は多い。
なぜなら、スキー上りで温泉に寄った場合、お風呂に入る前はスキーウェアを着ていて、お風呂上りには普通の服を着るからだ。
スキーウェアはやたらとかさばる。特に親子三人分ともなると。
このとき私は温泉タオルが一枚足りないことに気づいた。温泉タオルというのはバスタオルじゃなくて、手ぬぐいサイズで旅館の名前なんかが入っているぺらぺらのあれだ。
普段は男湯女湯それぞれに1枚換算で計2枚持ち歩き、女湯は親子3人で1枚を使ったりするのだが、今回はみよしやと鷹の湯に別行動する可能性も事前に考えて、計3枚持って来たのだ。
だから女湯に2枚持ってきたはずだが、何故か1枚しかない。
脱衣前は確かに2枚あった。巾着をほどくときに確認した記憶がある。
どこに消えちゃったんだろう。
脱衣所を隅から隅まで探して、もう一度浴室まで戻ったりもしたが、この温泉タオルはついに見つからなかった。
入れ違いにあがった人が間違えて持って行っちゃったんだろうか。
そして温泉タオルを探していた時、タオルじゃない別のものを見つけてしまった。
脱衣籠の中じゃなくて、籠の外、棚の隅に。
「指輪だ」
シルバー製かな。幅の太い指輪で何か彫ってある。
「誰かの忘れものかな。帰りに届けようか」そう子供たちに説明していると、ちょうど脱衣所にやってきた清掃のおばさんが、自分が預かると言ってくれた。
誰のかわからないけど、きっと落とした人はがっかりしていると思う。
ちょっといいことをしたかなと思ったが、その時私は指輪に気を取られて、自分の静電気防止ゴムを脱衣棚に置いてきてしまった。
他人の忘れものを届けて、自分が忘れものをするとは。
情けないったらありゃしない。
忘れもの、無くしものはそれだけで終わらなかった。
服を来て、コートも着たときにようやく私はさっきいくら探しても見つからなかった松之山温泉スキー場の1日券を見つけた。
なんとコートのポケットに入っていた。
電話を終えた後、急いでいたので無意識にポケットにしまっていたらしい。
ロビーに戻ると、もうパパと子供たちが先に戻っていて、受付の横に並べてあった土産物の中から可愛い犬と猫の置物を買っているところだった。
このとき受付にいたのはさっきの高飛車な感じの女性ではなく、ちょっと優しそうな若旦那みたいな人だったので、今からでも割引券の交渉をしてみようと思った。
たかが100円引きなのだが、月見の湯にも入れなかったし、髪ゴムがあるのに気付かず巾着までほどいたし、温泉タオルは無くなるし、このときはまだ髪ゴムまで忘れてきたことには気づいていなかったが、何だか100円でもいいから引いてもらいたい気分だったので。
しかし、松之山温泉スキー場の1日券が見つかった代わりに、今度はさっき受け取った領収証が見つからない。
さっきはまさか1日券が後から出てくるとは思わなかったので、適当にどこかに突っ込んでしまったようだ。
焦ってまたまた袋に手を突っ込みかき回す私。
さっきより荷物が多いから、ますます見つからない。
仕方なく、ロビーの椅子のところにスキーウェアを出して調べることにした。
これがまたやるべきではないことだった。
結局領収書は見つからず、パパももういい加減にしたらと言うので諦めて、スキーウェアだけはひとつたりとも忘れないようにチェックして袋に押し込んで、何だか後ろ髪を引かれるような思いで千歳を後にした。
とにかく何か足りないような気がしたのだ。
何かが。
車に戻ってから気付いた。
スキーウェアを入れた袋の中に、バスタオルが無かった。
脱衣所を出るときは確認したから、落としたとしたら領収書を探そうとロビーでごそごそやったときだ。
ああもうっ
「バスタオル忘れたみたい。取りに戻れない?」
「・・・今から?」
もう真っ暗な雪道を走ってまもなくみらい2号館に帰りつくところ。
「・・・駄目だよね」
泣きたい。お気に入りのバスタオルだったのに。
松之山温泉界隈で過ごした一日だったけど、もうひなの宿千歳では落ち込むことばかり。
鬱だ。
失せものの悪魔が私の背後でニタニタ笑っているような気がした。