2.四万温泉から新潟へ
朝起きると、外の景色は真っ白だった。
これはもう、森のこだまに行くしかない。
パパと肯き合って、子供たちがまだ寝ている間にひと風呂浴びて来よう。
二日目 2009年1月2日(金) |
昨日の冬枯れの寂しい景色とはうってかわって、露天風呂から見下ろす木々は真っ白だった。
昨夜
四万グランドホテルから帰って来た時には降っていなかった雪が、その後降りだし、一晩中降り続いたものらしい。
どの枝も雪化粧して、昨日とは違う場所を見ているようだった。
小枝子パパさんが朝には熱くなると言っていた通り、朝風呂は昨日よりずいぶん熱く感じた。
といっても、冷え切った外気温からするとちょうど良いくらいだ。
お風呂の中から木の手すりにつかまって外を見やると、腕にはらはらと雪が落ちてきて、見る間に融けていくのが判った。
雪見風呂ができて幸せ。
温泉旅館に泊まった翌朝の朝風呂は至福の時。
朝食は
四万たむらの湯ートピアホール四季だった。
朝食もバイキングだ。
そして昨夜の夕食と同様お正月特別料理だ。
通常のパンやご飯に加えて、田作り、かずのこ、黒豆、伊達巻、栗きんとん、海老、鯛、煮しめ・・・。
バイキングだと必ず洋食を取る私も、今日ばかりはおせち料理を皿に盛る。
あっでも、目の前で焼いてくれるオムレツも美味しそうなのでひとつだけ。
いいよね、温泉旅館でお正月。
いやいや自分でおせち料理を作らないからでしょなんて突っ込むのはやめて。
私たちは食後部屋に戻ったが、なっかなかパパが戻ってこない。
携帯に電話すると、一服していたとのこと。
「チェックアウトまでまだ時間があるからひと風呂浴びてきていい?」
「どうぞ」
やったー。
四万たむらのチェックアウト時間は11時。
新潟の十日町まで移動しなくてはならないから10時には出るぞとパパは言っていたけど、まだちょっと時間がある。
時間があれば温泉三昧。
だってせっかく四万温泉に泊まっているんだもんね。
入らなきゃ損、損。
やってきたのは甌穴の湯。
昨日は岩根の湯には入ったけど、金涌館の御夢想の湯と甌穴の湯には入れなかった。
最初から御夢想の湯と岩根の湯に入ろうと思って来たのだが、ちょうど隣の岩根の湯は清掃中で入れなくなっていた。
後から気付いたがこの時間帯は森のこだまも清掃中だったようだ。朝一番で入ってきて良かった。
御夢想の湯と甌穴の湯の脱衣所は共通だ。
脱衣所の入り口から入って正面が甌穴の湯で右手が御夢想の湯になる。
しかし脱衣所内には内風呂である御夢想の湯の入口ばかりが明記されていて、甌穴の湯は分かりにくい。
ここに来るのは二度目なのにそのこともすっかり忘れて、服をぬいだ私はこの扉はどこに続くんだろうと開けて、ようやく甌穴の湯の入り口だと思いだした。
庭園の岩風呂である甌穴の湯は、ちょうど良い雪見風呂になっていた。
先客は娘を二人連れたお母さん。
小学生らしい娘たちがしきりと岩に積もった雪を集めて遊んでいるのを見て、私はいずこも同じだなとほくそ笑んだ。
お湯はたいそうぬるくて、入ったはいいが雪の中上がるのは勇気がいりそうだ。
のんびり入っていられると言えばその通りなのだが。
雪は降りしきる。
木々の枝にも岩の上にも。
チェックアウト時間がゆっくりなのはちょっと嬉しいぞ。
甌穴の湯からあがってからは、御夢想の湯にも入ってみた。
こちらは誰もいない。
夢想できるようあえて薄暗く作ってあり、窓にはめ込まれた木枠の隙間から細く朝の光が漏れている。
浴室はミストサウナのように煙っていて、うっすらと木の香りがする。
内風呂だからか甌穴の湯よりは温度が高く、ちょうど良い入り心地だった。
これでしばらく四万温泉のお湯とはお別れかぁ。
名残惜しい。
後から入ってきた若い女性と入れ違いに上がることにした。
脱衣籠を見ると、まだ甌穴の湯の家族は上がらないようだ。
熱い湯ではこうはいくまい。
逆に寒くて上がれないのかも。
車の上に積もった雪は、たむらの従業員がきれいに落としてくれた。
チェックアウトを終えて、たむらの前の急坂を降りる。
雪をかぶった積善館。
雪をかぶった
河原の湯。
ぎりぎりまでお風呂に入っていたので、車の中で化粧しようとジェルタイプの口紅を出したら、半分凍って固まっていた。
寒かったんだねぇ、四万は。
四万温泉を離れる前に小枝子パパにメールした。
「ありがとうございました。また来ます」
四万温泉ではあれほど白かった景色は、中之条まで降りてくると一転して何も無かったかのようだった。
雪どころか、路面は湿ってさえいない。
さっきまでの雪が嘘のようだ。
「どこから高速に乗るの?」
「昨日小枝パパが沼田より月夜野の方がいいって言ってた」
既に地図の古いアホタレカーナビに月夜野を入力すると、沼田の市街地を突っ切ろうとする。
それじゃ意味無いじゃん。市街地を通らず赤根峠をトンネルで越す県道を認識しないらしい。
仕方ないので近くまで行ったら口頭でナビすることにした。
ええと・・・高山村の新田という信号で左折すればいいのね。
この手持ちの地図だって最新とはいかないから、どこまで信用できるかわからないが。
高山村・・・高山村・・・。
「確かこの辺りにまだ入ってないけど入ってみたいなぁと思ってた温泉があるんだけど」と私。
「・・・近いの?」
「うーん、あのね、今走っている道は沼田へ向かう沼田街道で、今から月夜野方面に向けて県道36号線に曲がるんだけど、、この角をちょっとショートカットというか、手前で曲がって行くとあるんだよね。全然遠回りじゃないよ。ほとんど通りがかり」
「ほーんとー?」疑わしそうなパパの返答。
いや、ほら、あの、とりあえずこういうとき嘘をついたことはないじゃん。まあ距離の感覚が私とパパとで少し違っていたことはあったかもしれないけどさ。
「とにかく今回は本当に遠回りじゃないって。地図見せてもいいから」
私はすり寄って、運転しているパパに説明を始めた。
「温泉の名前は高山温泉で、一般受けするセンター系の日帰り温泉と、いわゆるマニアが喜ぶ地元の方中心の年齢層が高い温泉があるの。センター系の方は高山温泉ふれあいプラザって言う名前で、プールもある大きな施設で確か道からも特徴的な建物が見えたような気がするな」
「ああ、何か見たことあるかも」パパも相槌を打つ。
「私が行きたいのはもう一つの方で、いぶきの湯って言うの」
「マニアだと認めるわけね」
「認めないって。そうじゃなくてー、プールもあるようなセンター系だとざばっと入ってざばっと出るって感じでもないでしょ。地元向けのお風呂だけがあるような施設だったらささっと一人で入ってささっと出てこられるから」
「・・・いいよ。ささっと出てきてくれるなら」
やったー。
しかし話はそう簡単にはいかなかった。
嫌な予感はしたのだが・・・道に迷ったのだ。
国道やら県道やらから離れた所にある入り組んだ道の先の温泉は迷いやすい。
でも今回は簡単だと思ったんだ。だって手持ちの地図では新田の一つ前の判形という名前の信号を左折し、直進すればすぐたどりつけそうに見えたんだもの。
判形という地名の表示板が見えた。そろそろだ。
信号機を見つけて、そこを曲がるようナビした。
しかし民家の間を進む道はだんだん狭くなり、いくらなんでも行きすぎだろうというところまで走っても何も無かった。
「どうするの?」パパは既に不機嫌だ。
どうったって・・・あると思った場所にない場合、どうすればいいの?
「ゴルフ場に行く道の途中っぽいんだけど・・・」
「ゴルフ場なんてないけど?」
つ、冷たい・・。
「もしかしたら手前に曲がる道があったじゃない。あっちの方かも」
自信は無いが、何か手を打たないと、もう温泉には行かれなくなってしまう。
手前の道を曲がるとそこは公民館のような建物だった。
高山村保健福祉センターと書かれていて、隣に高山村いぶき会館という建物も建っている。
いぶき会館!?
いかにもいぶきの湯と関係がありそうだ。
もしかしてこの公共福祉施設の中にいぶきの湯があるのか?
しかし村営施設のここは、正月二日にはまだ開けないようだった。どこもかしこも無人で鍵がかかっている。これまでかと思われた。
完全に諦めて元の国道に戻ると・・・なんともう一つ先の信号に「判形」と名前がつけられていた。
「もしかしてここを曲がるのかも!」
「・・・」パパはムッとしている。
「今度こそここだよ!」
とりあえず曲がってみると、今度こそ確かに「いぶきの湯」と書かれた小さな看板を見つけた。
なんのことはない、曲がり角をひとつ間違えたのだ。
だって地図には手前の信号機が記載されていなかったんだもん。
といってもしょうがないが、とにかくようやく私はいぶきの湯にたどり着いた。
村営の、地元民の憩いの場所らしく、
高山温泉いぶきの湯は小ぢんまりとして一見瓦屋根の民家かと思う作りだった。
入るとすぐ左手に受付があって、ちょうど私とほぼ同時に入ってきた女性が入浴料を払っているところだった。後から旦那も来るからその分も一緒に払っちゃうわという話をしている。地元の方のようだ。
ロッカーなんかない本当に棚だけのげた箱に靴を置いて入口正面の廊下を行くと、受付の奥に小ぢんまりとした休憩広間があってアラジンストーブというのだろうか、昭和の中頃に活躍していたような円筒形のストーブが燃えている畳の間で何人かの客がのんびりとテレビを見ていた。
浴室は右だ。大きく「ゆ」と書かれた男女別の暖簾が下がっている。
脱衣所も広くはなく、人相の悪い指名手配者のポスターが貼られていた。
脱衣所にいると、さっき受付をしてくれた方が慌てて入ってきた。
「ごめんなさい、渡すの忘れちゃったわ。お年賀よ」
さっきほぼ同時に入ってきた女性と私とに袋入りのタオルを持たせた。
入浴料も300円と申し訳ないくらい安いのに、タオルまで頂いちゃってどうしてよいやら。
以前、同じ群馬の
きたたちばな温泉でも同じようなことがあった。
お正月に新潟の日帰り温泉に行くと樽酒のサービスがあるが、群馬の日帰り温泉では年賀タオルが頂けることがある。お国柄の違いかな。
微妙な時間帯だったが、お風呂は結構混んでいた。
みな地元の方ばかりのようだ。
窓際に縁がゴマ塩模様の御影石でできた長方形の石の浴槽があり、無色透明のお湯が満たされている。
まずは軽く洗おうと洗い場に行き、座席の横に置いてあった洗面器を手にしたところ・・・
「それ、私のよ」
「えっ?」
「椅子はここのだけど、洗面器は私の。備え付けの洗面器はあっちに積んであるわよ」と、入浴中の女性から注意を受けてしまった。
た、確かにこの洗面器は他の洗面器と色が違った。
でもまさか、何も中に入っていなかったし、まさかマイ洗面器だとは。
「すいません」
慌てて備え付けの洗面器を持ってきた。
さすが地元の方の多い温泉。
マイ洗面器があるとは思わなかった。目から鱗だったのだ。
お湯はかなり熱かった。
ここならぬるめの四万たむらにぶつぶつ言っていたパパも納得するのではないかと思った。
きりりと熱くて肌ざわりきしきし。すっきりとしているのにとろみを感じる。
湯面からほんのりと淡い石膏の臭いが立ち上って、四万から帰って来たばかりなのに、ちょっと四万に似たお湯だなと思った。
湯あがりはぽかぽか。
熱いくらいだった。
関越自動車道における群馬と新潟の境は関越トンネルだ。
トンネルを抜けると雪だった・・・と言いたいところだが、月夜野で乗ってすぐの下牧PAでもうチェーン規制がかかった。
えーっと、路上に全然、雪、ないんですけど。
トンネルに入る前にまたチェーン外させるつもりだろうから、また次の谷川岳で無理やりPAに入れさせられるんでしょ?
まあうちはスタッドレスだからそれほどロスは無いけれど、チェーンオンリーの人はきついだろうなぁ。
だいいち混んでいるときにこれをやると凄い渋滞になりそうだなぁ。
そして長い長い関越トンネルを越えて、トンネルを抜けた先は・・・大雪だった。
真っ白だ。
今朝の四万温泉だって白かったけど、雪の量がまるで違う。
どこもかしこも重そうに積もって垂れている。
さすが新潟。
当然ここでまたチェーン規制。
いや、こっちは判るよ。降ってるし、路上にも積もりかけている。
湯沢のスキー場が見える。この辺りのスキー場は、晴天率は低いけど、雪には困らないだろうな。
湯沢ではさらさらしていた雪も、塩沢石打で高速を降りるころには水を含んだべたべたの雪に変わっていた。
でもとにかく雪。
新潟と言えば雪。
新潟で最初の目的地は塩沢石打ICから近い日本海鮮魚センター魚野の里。
十日町の貸し民家みらいに行くときはだいたいいつも寄る。
ここで蟹だとか牡蠣だとか帆立だとか仕入れるわけ。
「でももう蟹はいいよな」とパパが言う。「昨日
四万グランドホテルで食べたいだけ食べたから」
日本海鮮魚センター魚野の里は年中無休。大晦日でも元旦でも休まない。正月はどっから鮮魚を仕入れるのか?という疑問はあるが。
鮮魚センターとはいうものの、本当に生ものの鮮魚はごく一角に並んでいるだけで、大半は乾物や塩漬け、冷凍に缶詰だ。もともとこの場所、海の近くでもないし。
今回は生ものは帆立だけにした。
後は粕漬けや塩漬けになって真空パックされた切り身など。
レジのところで直江兼続ライターを売っていて笑った。
戦国武将の直江兼続は新潟の南魚沼(六日町のあたり)出身。
今年のNHK大河ドラマ天地人の主人公だから地元の観光業者は色めき立っているだろう。
この後もあちこちで直江兼続の幟を見かけた。
ほとんど雨に近いびしゃびしゃの雪が降る塩沢石打から六日町を経て、十日町に入るとほんの少し青空が顔を出した。
十日町のジャスコで食料品一式を買い出して、いよいよ旧松代町にある古民家にこもる準備は万端。
日本最長河川信濃川を渡り、これがまだ作られる前は雪の時期は軽々しく行き来できなかったのではなどと思う長いトンネルを何本か抜けて、ようやく松代の中心部に出た。
中心部と言っても、ほくほく線のまつだい駅を中心としたごく小さな町だ。
信濃川の支流である渋海川に沿って国道が伸びているが、川面を見下ろすといくつも氷の塊が浮いて流れていてとても冷たそうだ。
いつの間にかまた雪が降っている。
雪の中、国道を駅手前で曲がり、一本入った通りにある酒屋の前でパパは車を停めた。
松代の三笠屋酒店はみらいに来るといつも寄る店。
知る人ぞ知る通な酒が並んでいる。
今回いつもの八海山一升瓶の他に買ったものは、三笠屋のレジ前に並べてあった越の紅ポークジャーキー酒どろぼう。
原材料は日本農業大賞を受賞した地元のブランド豚肉だそうだ。
「絶対美味しいと思う」見ただけでパパが断言した。
ちなみに食べたのは帰ってきてからだったが、本当に美味しい。もし目にしたら騙されたと思って買ってみて。
毎年年始に遊びに行くまつだいファミリースキー場を横目に松之山温泉方面に走り、あともう少しで泊まる貸し民家までというところまで来た。
貸し民家みらいは何故か測量会社が経営している。
松代の有限会社ワカイ測量は、1号館、2号館、3号館、4号館が無くて5号館という四棟の古民家を所有していて、これを貸別荘形式でレンタルする業務を行っている。
我が家は3号館を除く3棟に泊まったことがあり、冬に泊まるなら2号館と決めていた。泊まり比べた結果、家の造りのためか一番暖かかったので。
ちなみに5号館も私たちが泊まってあまりに寒いと思ったのは過去のこと。今は天井を張って以前よりは暖かく過ごせるようになったと聞いている。
で、その2号館だが、松代から松之山に向かう途中の池尻地区に建っている。
池尻には国道353と403の交差する交差点があるが、その近くから細い道に入る。
この上り坂は800mぐらい上ると下りになり、再び国道に下りてくる。ちょうどこの細い道の一番高い辺りに貸し民家みらい2号館は建っている。
私たちは細い上り坂に入り、のろのろと進んでいった。
道には雪が積もり・・・タイヤが埋まるような雪ではないが、轍の凹みにも地面の後はまったく見えず、それなりに積もっているようだ。
私たちの車はスタッドレスを履いている。
しかしいよいよこのままでは登れないとなって、パパはチェーンを装着し始めた。
問題はこの先に待っていた。
4WDでも何でもないうちの車は、チェーンを履いてもこの坂を登りきれなかったのだ。
ずりずりっ半分滑りながらタイヤが止まった。
国道ならまだしも細い道に入ってからは対向車も人影も家の影さえない。
というか、対向車が通るくらいならもう少しマシな道になっているのだ。誰も通らないから雪が積もりっぱなしなわけだ。
みらいまではあと少し・・・というところまで来ているのに、いったいどうやってこの坂を登ったらいいんだろう・・・。
パパはしばらく逡巡して、一度は雪道を歩いて坂の上まで行ってみた。もうあの坂の上、カーブを曲がったところにみらい2号館はあるはず。
仕方ない。最後の手段だ。
パパはみらいのオーナー若井さんにSOSをした。
携帯から登れなくなりましたと連絡したのだ。
幸い何度かエンジンをかけたりしている間に車は少しずつ動き始めた。
本当に間抜けな話だ。
高速降りてから先、国道まではほとんど道に雪もなく楽勝だと思われたのに、最後の100mぐらいでリタイヤしかけるとは。
苦労してようやく私たちは2号館に到着した。
雪の中の2号館は二年前と同じ姿で待っていてくれた。
早速荷物を下ろし、家の中に運び込む。既に鍵は開いている。
外よりも寒いんじゃないかと思われるがらんとした室内を歩いて、石油ストーブのスイッチを入れて回った。こたつもね。
こたつの部屋とその隣の吹き抜けの部屋の間のアコーディオンカーテンは閉めた。吹き抜けの部屋のストーブはこたつの部屋に運び入れる。これでこたつ部屋の暖房は二倍だ。
寝室は2階。持ってきたホットカーペットはこの部屋に。
子供たちも荷物運びを手伝ってくれる。
食料品は冷蔵庫にしまって、しまいきれない分は玄関に置いとけ。どうせ冷蔵庫の中と温度は変わるまい。
二年前は家庭の使いかけ状態で置いてあった調味料は衛生面から姿を消し、みらいの台所には小瓶の醤油、数日分をビニール袋に入れた塩、砂糖などが備え付けられていた。
親が荷物を片づけている間に子どもたちは外に出た。
早速雪遊び。
玄関前に積もった雪をよじ登って道路のほうまで行くつもりらしい。
怖がりカナは恐る恐る、大胆レナはがんがん上る。雪に埋まって抜けなくなっても知らないぞ。
全身雪まみれになって道路まで登って両手をあげてはいポーズ。
そうしている間に若井さんが来たよとパパ。
早速玄関前の雪かきを始めてくれたらしい。大きな音を立てて小型の除雪機が動き出した。
さて、今回私たちは若井さんに頼んで「納豆作り体験」をさせてもらうことになっていた。
このとき若井さんは納豆作りセット一式を持ってきてくれていた。
私たちは一年前、予約を入れておきながらパパの体調不良で来られなかったお詫びをし、世間話などしながら若井さんの納豆作りの準備を見ていた。
「まず藁苞(わらづと)を作ります。早い話が藁と大豆を袋に入れておくだけでも納豆は作れますが、せっかくなので藁苞も手作りしましょう」
若井さんは板張りの床にばらばらと置かれた藁を指して、この藁も自家製の無農薬なんだと教えてくれた。もちろん納豆にする大豆も自家製無農薬だ。
作業に取り掛かる前に若井さんはそれら無農薬野菜の作り方から私たちに教えてくれた。
「まず大豆の種をまいて芽がでます。すると鳩が食べに来てしまいます。本葉が出ると、今度は山うさぎ。それから成長してくるといわゆる枝豆になって、これは人間も食べますが、タヌキにも大好物なんですね」
動物に食い荒らされないように、虫や病気に負けないように、でも農薬は使わず育てるというのは如何に大変なことか。
「このくらい束にして・・・」
カナとレナも若井さんの真似をして藁をひとつかみ手に取る。
「片方を藁を紐にして結んだあと、端を切り揃えます」
ねじって挟み込むようにする藁の結び方も難しいが、藁の束をハサミで切るのはもっと大変。子どもたちは互いに手伝いながら作業を進めていった。
「それから半分ぐらいのところで藁を二つに折って・・・見本を作りますからそれに大きさを合わせてくださいね」若井さんは片側を結んだ藁の束を二つに折って、真中をたわませて広げた。「ここに大豆を入れます」
工作やモノづくりの好きなカナはもくもくと藁苞を作っているが、レナは途中で根を上げてパパや私に手伝ってもらった。
親の分も合わせて一人二つぐらいの藁苞が完成して、今度はこれにゆでた大豆を詰めることになる。
大豆をゆでる作業はここに来る前に若井さんが済ませてきていた。
「この大豆の種類はサトイラズという名前で、砂糖がいらないくらい甘いってことですね。ほら、甘い匂いがするでしょう」
若井さんは大きな金属製のボウルに入れた大豆の匂いをかがせてくれる。
「納豆を作る納豆菌は珍しい菌ではなく、このへんの空気中にも存在します。ただ、藁が好きなので藁のなかには特にたくさんいます。しかし藁には他にもいろいろな雑菌がついていますので、納豆菌だけにするため、まずこの藁苞を煮ます。納豆菌は熱に強いので生き残ります。長時間は無理ですが、短い間なら200度の熱にも耐えます」
みらい2号館の台所で湯を沸かし、一番大きなアルマイト鍋に若井さんは藁苞を入れてぐらぐらと沸騰させた。
私は納豆菌はどこかに種菌として保存してあって、それを特別に藁に付けて増殖させるとかそんなことをしているのかと思っていた。熱に強く、藁ごと煮て、他の菌を滅菌させるという話も初めて知った。
へぇ〜なのだ。
「そば打ちや豆腐作りが体験できるところは沢山ありますが、意外と納豆作りが体験できるところは少ないんですよ」と、ちょっと得意そうに若井さん。
藁苞をひとしきり煮ると若井さんはそれを鍋から取り出し、今度は大豆を詰める作業に移った。
二人ひと組で詰めていく方が効率が良い。一人が器になる藁苞を広げて、もう一人が匙で大豆を乗せていく。サトイラズの大豆は大粒で、子供たちが普段食べている三つひとパックの小粒納豆とは見かけがまるで違う。
最初のうちは恐る恐る詰めていたが、このままでは大豆が余ってしまうと若井さんに言われて後半は子どもたちはむぎゅーっと溢れんばかりに詰めていた。
一粒残らず藁苞に大豆を詰めたら、後は藁苞をさっき折り目をつけたところで二つ折りにし、輪ゴムでパチンと留める。
それを納豆菌が呼吸できるよう何箇所か穴をあけたビニールに入れ、口のところを若井さんが熱ホッチキスのような機械で止めた。
これで作業はおしまい。
完成した袋を小型金庫のような保温機に仕舞い、後は24時間待つばかり。
「24時間経たなくてもできると思いますが、24時間待てばじっくり大豆の中まで納豆菌が入りますので。保温機を開けてみて、白っぽくなっていたら食べられますよ」とのこと。
保温機は開けてもいいけど頻繁に開けてはだめですよと念を押して、若井さんは帰って行った。
・・・若井さんが帰ってしまってから気付いた。
「そ、そうだ、湯たんぽはちゃんとあるかしら」
雪国の古民家の夜は猛烈に寒い。
何しろ近代建築と違って家自体が隙間だらけだから。
しかし湯たんぽがあればとても快適なのだ。みらいに泊まり出してから湯たんぽに目覚めてしまった冷え症の私は今、自宅でも毎晩電子レンジでチンするゆたぽんを愛用している。
それはともかく湯たんぽなのだ。
これがないことには古民家の夜は越せない。
前にも一度湯たんぽが見つからなかったことがあって、その時はyuko_nekoさん一家と一緒だったのだが、頼んで若井さんに届けてもらった。
今回もよもや?
こたつの部屋の奥にシーツやタオルを入れた衣装ケースの置かれた小部屋がある。まずここを見たが無かった。
2階のふすまもチェックする。ここにも無かった。
2階には開けるなと書かれた戸もあったが、やはりここも物置で湯たんぽは無かった。風呂場の横に土間のような物置があるが、ここも掃除用具ぐらい。
吹き抜けの部屋の隣にも部屋はあるがここにも何も無い。
無い無い無い。湯たんぽが無い。
寒がりの私と違い、寒さに強く熱がりのパパすら、みらいでは湯たんぽが無いと寝られないとのたまう。
しょうがない。申し訳ないけどもう一度若井さんに電話してみよう。
最初の電話では場所は判らず、若井さんは知っているはずの若い人に聞いてみるのでもうちょっと待ってほしいと言ってきた。
その後の折り返しの電話では、こたつ部屋の奥の部屋に湯たんぽはあると教えてくれた。
しかし
「無いですよ〜」携帯片手に探し回る私。
「入ってすぐの右側の戸だけど」
「何故か帽子は入ってます。湯たんぽは見つかりません〜」
みらいの湯たんぽは死活問題なので私は半泣きだ。
「・・・判りました。あとで持っていきます」
すいません。すいません。でも湯たんぽは必要なんで。よろしく。
夕食の準備をしている頃、若井さんはわざわざ湯たんぽを届けにもう一度来てくれた。
ありがたーい。
さらに年賀状も一通。
「今年も5号館に泊まっているたっつんさんからよしかさんへ」
うわー、ありがとうございます。
みらいを通して広がる輪。
子どもたちは辺りが暗くなってもスキーウェアに着替えて雪遊びを続けていた。
雪の壁に棚を作り、キャンドル台まで作っていた。
「パパー、明日はかまくら作ってね」
あーあ、がんばってね。腰に来ない程度に。
という感じで、長い長い二日目もようやく終わろうとしていた。