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がんばれ新潟■雪国のお正月*2006■



 最初に立てた予定では、新潟は旧松代町にある貸民家みらい2号館で年末年始4泊を過ごして、1月3日には東京へ戻るつもりだった。
 しかし12月も後半に差し掛かって、パパが3日は渋滞のピークだ、延々何時間も高速道路上でイライラしているくらいなら、安いところでもう一泊して帰ろうと言い出した。
 安くたってがっかりするところは嫌だという。
 ペンションみたいなところも狭い部屋にベッドを詰め込んであって嫌だという。
 どうせ泊まるなら温泉が良いという。
 ついでに私は、どうせ温泉に泊まるなら、お湯遣いの良いところがいいなと独り言で付け加える。

 渋滞のピークが3日だと言う割には、4日まで永逗留する人が多いのか、宿はどこもその日まで強気の正月料金だ。
 後でyuko_nekoさんに教えてもらったが、正月は食材の値段も上がるので否応なしに宿代も跳ね上がるのだそうだ。
 その上、目を付けるところはどこも4日まで満室。
 といってもそんなに真剣に空き室を探したわけじゃない。
 正月料金で家族四人・・・。
 そこそこ名の通ったところは無理だろう。
 だいたい問題は子供料金なのだ。
 大人の宿泊料だけでは家族料金は計れない。大人一人が格安でも、子供も同料金を取る宿では割が合わない。
 特にうちの子供たちはあまり食事を食べないのだ。
 子供にも大人と同じ食事など用意されたらもったいなくて涙が出る。
 やっと直前にトクー!トラベル でこれはと思う宿を見つけた。
 六日町温泉の金誠館
 トクーのクチコミで部屋と食事とスタッフの評価がとても高い。その分周辺環境と眺望の評価は低いが、一泊するだけならそれほど気にならないだろう。
 しかも温泉は掛け流しだ。
 子供の料金設定が特に割安なわけではないが、とにかく大人一人が格安だ。
 正月料金素泊まりで5千円ちょっと。
 その上、即時予約扱いになっているから、子供料金を嫌がられて断られることもないだろう。
 本当は二食付きにしたいところだが、大人だけ食事付きといった料金設定ができないため、結局朝食だけお願いすることにした。

 実はこの六日町の金誠館に決める前は津南・秋山郷で宿を探していた。
 以前からこのエリアは憧れの地で、できれば夏にゆっくり訪れたいと思っていた。
 秋山郷というのは、新潟県津南町と長野県栄村にまたがって伸びる国道405号線沿いに点在する集落の総称で、平家の落人伝説が伝わる秘境だ。
 信濃川の支流 中津川に沿って逆巻、結東、屋敷、和山、切明などの温泉地が一軒宿又は数軒の宿を抱えていて、それぞれに秘湯と呼ばれている。
 いくつかは眺望の良い露天風呂を備えていて、リーズナブルに泊まれる公共の宿もある。
 とにかく最奥の切明など405号線の先の方の集落は、長野県でありながら冬季は新潟県側からしかアクセスできない辺境だ。
 秋山郷を諦めたのは、ひとえに露天風呂が冬季閉鎖の所が多かったからだった。
 やっぱり秋山郷は夏に行きたい・・・。
 ところがこの秋山郷、私たちが旅行を終えた直後、とんでもないことになってしまった。
 4メートルもの大雪が降り、唯一の動脈である国道が不通となり、なんと200世帯500名、雪に閉ざされ孤立してしまった。
 今こうして旅行記をまとめている1月11日現在、未だ国道の通行止め解除の目処は立っていない。
 もし私たちも秋山郷に泊まっていたら、帰ってこられなくなっていたかもしれない。


五日目 2006年1月3日(火)

 12月30日に新潟に着いたときも凄い雪だなぁと思ったけれど、今朝、二階の窓から見下ろした景色はまたまた輪を掛けて凄いことになっていた。
 昨日の昼間一時的に雨が降ったものの、夕方から再び雪に変わったそれは一晩中絶えることなく降り続いたものと見えて、もう辺り一面、昔話に出てくる雪山にでも迷い込んだような状態になっていた。
 白と黒だけの色のない世界。
 12月半ばから年末にかけて、この辺りは毎日こんな景色だったんだろうか。

 当然車も雪に埋もれていた。
 パパは朝から1時間もかけて雪かきしたが、結局その後、2時間もして見に行ったら、再び車は雪に埋もれていた。
 朝から俺のしたことは何だったんだ〜とはパパの声にならない悲鳴。
 朝食には越後のお餅。
 前に伊東家の食卓で、お餅の上部に指先でちょこっと醤油を塗ってやると、醤油のついた部分だけぷくっと膨れて焼けるので、トースターの網にくっつかずに焼けるというのをやっていた。それを試してみることにする。
 おお、綺麗に膨らむではないか。
 いい感じ。
 食事の後は子供たちは何故かテレビデオを炬燵の中に引き込んで、潜りながらビデオを見ていた。
 さながら炬燵シアターというところ。

 のんびり後かたづけをして、荷物を纏め終えたのはお昼近く。
 広い古民家は再びがらんとなってしまった。
 暖房器具と電灯を消して回る。
 吹き抜けの部屋の豆電球を消すスイッチがどうしても見つからず、電球の所のスイッチを捻った。
 吹き抜けの隣の和室は屋根の雪の重みで最後まで襖が閉まらないままだった。
 外に出ると雪で視界が煙って見えるほどだった。
 玄関から車まで歩くだけで真っ白になってしまう。
 もう雪は後から後から絶え間なく降ってきて、振り返ると今日まで泊まっていた2号館も再び雪に埋もれていた。

 2号館の前の道は、上へ行っても下へ行っても353号線に出る。
 だからどっちへ行ってもいいのだが、下へ行く道の方が通行量も少なく雪深い。
 たぶん朝、除雪車が一度は雪を除けてくれたはずなのだが、それでも路上はふかふかとした厚い雪で覆われていた。

 途中、松代駅前でワカイ測量に寄ったり駅舎に隣接した土産物屋で買い物をしたりして、向かうは十日町。
 今夜泊まるはずの六日町へ行く途中でどこか温泉に寄るとしたらやはり十日町周辺だろうか。
 本当はyuko_nekoさんが教えてくれた越後川口の蒼丘の杜公園にある和楽美の湯に行きたかったが、川口は遠すぎとパパに一蹴された。
 「今日は他に行くところも無いし、ゆっくりしたいからセンター系がいい」
 そう言われちゃったら、もう千年の湯しか思いつかない。
 千手温泉千年の湯は一年前の元旦にがっちゃんとyuko_nekoさんと初湯に出かけたところだ。
 町中の大きな公営センター系日帰り温泉だが、泉質とお湯遣いには定評がある。
 それにパパはまだ行ったことがない。
 無難な線かな。

 ええと・・・カーナビに入力しようとしてふと惑う。
 千手温泉は十日町だったっけな?
 いやいや違う。川西町だ。
 だってあのとき千年の湯の入り口にずらりと子供たちの絵が貼ってあったじゃないか、「震災から立ち上がろう、川西町」って書かれた。
 「えっ、十日町じゃないの?」とパパ。
 うーんとね、今向かっているのは十日町方面だけど、253号線をいくつもトンネルを潜りながら真っ直ぐ行くと信濃川にぶつかってね、川の向こう岸が十日町市、こちら岸が川西町のエリアのはず・・・。
 と言いつつ、川の手前で左へ曲がり、県道を北上して小川というか用水路クラスの流れに掛けられた橋を渡ると、「実際はここからが川西町のはずだけど・・・あれ?」
 道端の表示は、中魚沼郡・川西町ではなく、十日町市・川西という地名になっていた。
 市町村合併で川西町も十日町市になっていたのだ。

 貸民家のある山の中は雪が凄くて当然だが、信濃川沿いの町中に入っても、やはり雪は凄かった。
 道の両側はすっかり壁になっていて、あちこちで雪下ろしをしている人がいる。
 車道だけは融雪のための水が出ていて溶けているが、後は真っ白だ。
 家々の屋根の上からもとっぷりと重そうな雪が垂れかけている。
 千手温泉へ前に行ったときは夜だったし、がっちゃんに運転を全部任せて周りなんて見ていなかったので場所がよく判らない。
 でも適当に入力したら着いた。県道沿いで判りやすい。
 駐車場の雪も凄かった。
 雪かきしないと停まれないんじゃないかと思うくらいだった。
 それも降り立てで綿菓子みたいに柔らかい。
 足を下ろすとずぼっと埋まった。

 子供たちはお風呂に入りたくないと言いだした。
 まあいつものことだ。
 そんなことを言って、気に入るといつまでも出ないくせに。
 とにかく手の平に乗るサイズのポケモンの人形を持たせて車を降りさせた。

 今回も前回同様、千手の湯に近い方ではなく、農産物直売所じろばたの方の駐車場に停めてしまったようだ。
 通路に屋根があるから難儀はしないが、もっと温泉施設に近い方にも駐車場がある。
 駐車場に停まっている車の屋根にもみんな綿帽子。
 去年は子供たちの絵が貼ってあったスペースは今年は何も貼られていなかった。

 入り口も中もお正月の飾り付け。
 傘立ては満杯、下駄箱は長靴だらけ。
 松之山の鷹の湯もそうだったが、下駄箱自体が雪国仕様で長靴用スペースが異常に多い。
 今日も混んでいそうだ。

 千手温泉の浴室は日によって男女交代制。
 内湯が岩の方は露天が木、内湯が木の方は露天が岩になる。
 中に入って内風呂の材質が木であるのを見て、去年の元旦とちょうど今日は逆なんだと嬉しくなった。
 お湯は薄めたコーヒー色。
 松之山のようなずしんと来る重さは無く、ほど良い濃度だ。
 臭いが好き。柑橘の入った華やいだ灯油臭。これも押しつけがましく無い程度に匂う。
 内湯でしばらく温まった後、露天風呂でのんびり過ごすことにした。

 露天風呂は雪見風呂だった。
 ちょうど塀の向こうに雪を被った柿の木が見えている。
 あんなに激しく降っていた雪も小休止したようだ。
 露天風呂までのわずかなアプローチも凍り付いていたので滑らないように注意して進んだ。
 内湯が気持ち熱めだったのに対し、露天風呂は適温。人によってはぬるく感じるくらいだろう。
 ナステビュウでは柵が邪魔で子供たちの雪を取るのは苦労したが、ここは庭園になっているので浴槽のすぐ周りに沢山積もっている。
 カナもレナも大人しくお風呂に浸かったまま雪遊びを始めた。手を伸ばして浴槽の外側に雪だるまを作ったり、持ってきたポケモンの人形を乗せたりしている。
 そんな調子だったのでこちらもすっかりリラックスしてしまった。
 気が抜けてしまったとも言う。眠ってしまったわけではないけど、ほとんど意識はボーっとしていた。
 そんなときに事件は起きた。
 いきなりバシャーンと正面からお湯を被った。
 あんまり急な出来事だったので、目を開けたまま頭からお湯を被ってしまった私は、思わず「泳がないでっ」と叫んでしまった。
 泳いだのは自分の子供だと思ったのだ。
 何しろお湯で前がまったく見えなくなったので、余所の子供だとは思いもしなかった。
 でも顔にかかったお湯をぬぐうと、正面にいたのは知らない親子連れだった。
 幼稚園年少? 年中? 見たところ4、5歳。男の子だ。
 しかもまた泳ごうとしている。
 母親は止めようとしているのかいないのか、とにかく彼は再びバシャーンと大きな水しぶきを上げて潜った。自分が叱られたと思っていないらしい。もしくは叱られてもいつもこんな調子なのかもしれない。
 母親の方はそれなりに吃驚したようだ。
 一応、「ほら、泳いじゃ駄目でしょ」とか言っているが、男の子はまるで聞く耳持たずだ。
 むしろちょうど入ろうとしていた他の親子連れ二組がそそくさと出ていってしまった。
 たぶん怖いおばさんがいると思ったのだろう。

 母親はもう出ようと男の子を即したが、彼は嫌だと言って笑いながら暴れ始めた。
 母親の言うことを本気には受け取っていないようだ。
 母親が大人しくさせようと後ろから羽交い締めにすると、遊んでもらっていると思ったようで大喜び。
 再度、泳がないでと言われると、今度は雪をまるめて母親や周りの人にぶつけ始めた。当たらなかったのが幸い。母親に向けられたものを除き、雪玉はお湯に沈んだ。
 正直勘弁してほしかった。
 彼の母親もそれらの行動が悪いとも思っていないとか、やめさせる気がないとか言うわけではないのだが、他人に我が子が叱られるとは思ってもいなかったようで、動転したのかもしれないが、結局私は親にも子供にも最後まで謝ってもらえなかった。

 後から入ってきた地元のおばさんたちは、母親の隙あらば勢いよく水しぶきをたてて泳ごうとする男の子に、「子供はこのくらい元気がよくなきゃね」と言っていた。
 ようやく男の子が露天風呂から出たときには、私もホッとしたが、彼の母親はもっとホッとしたことだろう。
 ざぶんとお湯から上がると、その母が妊婦だったことが判った。
 彼はもしかしたら下の子が産まれることを察知して、今特に手がつけられなくなっているのかもしれない。
 それにしたって・・・ねぇ。

 ようやく露天風呂には平安が戻ってきた。
 うちの子供たちだって泳ぐのは大好きだ。
 自宅の風呂では潜るのも許可している。
 でも外のお風呂では完全禁止だ、当たり前だが。
 子供が温泉などの広いお風呂でつい泳いでしまう姿はしばしば目にする。
 最初は私も迷惑だとは思っていても何も言わなかった。
 言わないなら言わないで嫌な気持ちを抱えたまま消化できない。
 言ったら言ったで悪役だ。
 でもあるとき気持ちを切り替えることにした。
 私が「泳いじゃいけない」と言えば、その子たちは泳いではいけないということを知るだろう。
 そうしたら次は泳がなくなるかもしれない。
 次のお風呂で出会った人たちは、嫌な目に会わずに済むと言うことだ。
 でもねでもね。
 本当は子供の保護者が自分で言うべきなんだよ。
 とにかくそれだけは大切だと思う。

 気がつくと露天風呂は年輩の人たちの社交場になっていた。
 「今年の雪は凄いでしょ」
 「何回、屋根の雪下ろしをしました?」なんて会話で盛り上がっている。
 聞くとも無しに聞いていると、貸民家のあった山の中と違ってこの辺りでは屋根の雪を下ろすとその雪を融雪のため川まで運ばなくてはならないらしく、雪下ろしに1回15万円かかると言う。
 「雪を運ぶのにトラックを借りなきゃいけないでしょ。そのトラック代が高いのよねぇ」
 「本当に雪が降るとお金がかかってしょうがないわ」
 「でもね」
 一人が声をひそめた。
 「グラグラよりはいいわよね、いくら雪が降っても」
 「ああそうよね、あれは怖かったわ」
 「一度じゃなくて何度も何度も来たからねぇ」
 それから話題は一番年輩の女性の人生談に移っていった。



 お風呂から出ると、パパが呆れ返っていた。
 もしかして1時間近く入っていたかな。
 いやいや私じゃなくて、カナもレナも出ようとしなかったんだもの。
 よっぽど千手温泉の露天風呂が気に入ったらしい。
 待ちくたびれたパパはさっと立ち上がった。
 「お腹空いたから食事に行こう」
 「あれ? この中では食べられないの?」
 「なかなか出てこないからリサーチしていた。地元の人に聞いたところ、ここは中には食事施設が無いんだって。美味しい店も聞いておいたから出よう」
 この規模で食事施設が無い?
 意外な気がしたが、千手温泉は複合施設でプールも別棟になっているように、食事施設も隣接して別棟になっているようだった。しかも駐車場への道々見てみると、それらの食事処はみんな正月休みを開けておらず今日は閉まったままだった。
 それにしても時間をつぶすためにせっかく休憩所もあるような大きなセンター系を選んだのに、お風呂しか利用しないんじゃ、結果的には旅館でも共同浴場でも構わなかったんじゃない。
 まあそんなことを口にしようものなら、こんなに長湯すると思わないだろうと返されるに決まってる。

 パパが地元の方に教えてもらったというのは小嶋屋総本店という蕎麦屋だった。
 千手温泉の裏へ回り、県道と並行するもう一本の道沿いにある。
 千手温泉の駐車場を出たところで美味しそうな魚屋の看板を見て浮気しかけたが、そこは魚を売っているだけで食事はできない店だったので、結局教えてもらった店へ向かうことにした。

 雪の中に水車が回っているのが見える。
 近づいてみるとかなり大きな蕎麦屋だった。大型ファミリーレストラン並の規模だ。
 元祖布乃利つなぎ、へぎそば、皇室献上などと書かれている。
 千手温泉で地元の人は、
 「そこ美味しいんですか?」と問うパパに、
 「この辺りでは有名な店だよ、いや、ここに来る前にちょうど食べてきたばかりなんだけどね」と教えてくれたそうだ。
 その人は小嶋屋総本店から千手温泉まで歩いてきたそうだが、雪の中、歩いたら15分以上はかかりそうだ。

 席は半個室のような所へ案内してもらえた。
 メニューの蕎麦に同じ様なものが二種類あったのでどう違うのか店員に伺ってみると、器が違うだけですと力の抜ける答えが返ってきた。
 つまり、へぎを使えばへぎそば、使わなければただのそば。
 子供たちには出汁巻き卵とおむすび、大人は天ぷら付きへぎ蕎麦を二人前。
 へぎそばと言うのは蕎麦の種類ではなく盛り方につけられた名称だ。
 養蚕のための蚕を育てる木の箱「へぎ」に、ちょうど織物用の糸を詰めるときのように8の字の形に蕎麦を並べて出したものを「へぎそば」と呼ぶ。
 さらに越後魚沼地方の蕎麦はつなぎに布海苔を使うのが特徴だが、この布海苔(海草)というのも元々織物の糸に張りを持たせるために糊付け用として使われていたもの。
 まさにこの地方の蕎麦というのは主産業の一つであった織物産業に根ざしている。
 布海苔を使った蕎麦の歯ごたえは独特だ。
 この間、松之山のじょうもんの湯おふくろ館で食べたときにも感じたが、葛切りのようなしこしこつるつるとした感触がある。
 蕎麦なんだけど蕎麦じゃないみたい。
 ここの蕎麦はおふくろ館のそれより洗練された味がしたが、おふくろ館の方がもうちょっと味があった。

 遅い昼食を食べている間にも、窓の外の雪は激しくなっていた。
 時々吹雪いてガラスの向こうで雪が嵐のように下から上へと吹き上げられる。
 お風呂に入っているとき、こんな状態でなくて良かった。
 今夜の宿は夕食無し、朝食のみで頼んであるので、蕎麦屋でできるだけお腹いっぱいにしておこうという貧乏症な私たち。
 後は途中でコンビニにでも寄ればいいかと気楽に構えていた。このことは後で後悔することになる。
 子供たちはデザートも食べて満足したよう。
 大人も蕎麦と天ぷらで大満足。
 店を出るとほんの1時間ぐらいの間に、車のフロントガラスに雪が積もって前がまったく見えなくなっていたのには笑った。

 さあ後は一路、六日町へ向かうだけだ。
 何もかも自力で何とかしなくちゃならなかった貸民家と違って、夕食こそつけていないもののいたせりつくせりの温泉旅館が待っている。
 部屋はぬくぬく、お風呂は掛け流し、お布団だって敷いてくれるはず。
 道だって、行きに通った幹線道路の253号線、山奥へ向かうわけじゃ無し、町から町への移動。何も心配ないはずだった。
 しかし、まだ落とし穴は潜んでいた。
 そして私たちはその落とし穴にずっぷりとはまりかけた。

 カーナビに目指す六日町温泉の位置を入力し、後はそのまま任せきりにした。
 ところが八箇トンネルを抜けたところで六日町市街地に入る手前、ナビは近道をしようと思ったのか、国道を外れた。もう本当に町まであと2、3キロというところだ。
 時間は既に午後四時半を回って、辺りは薄暗くなってきている。
 スキー場とユースホステルの表示が見えた他は人家も車の影もない。
 何だか道の雪が増えてきた。
 車通りが少ないということで、不安がよぎる。
 前方にY字路が見えてきた。右に行けばユースホステルがあるようだ。ナビは逆の左を指している。
 パパが「ナビを信頼せず、遠回りでも国道を行った方が良かったかな」と呟いた。
 左の道に入って直ぐ、左手に横道と道の奥に建物らしいものが見えた。でもひと気は無い。
 「・・・やばそうだな、こんなところでスタックしたら目も当てられない」
 車一台通るのがやっとの道の両側は高い雪の壁。そして路上は数センチあるいはもっと深い雪。
 何時間前につけられたのか轍の後がひとつ残されているだけだ。
 「引き返す?」
 「引き返すったって・・・」
 ヘッドライトをつけてのろのろ運転を続けていたパパはそこで絶句した。
 道の先は無かった。
 行き止まりだったのだ。
 というか、除雪された道はそこで終わり、雪の壁で行き止まりになっていた。
 「何だよ、これ〜」
 思わず二人して青ざめた。
 ああ、温泉旅館の乾いた暖かい和室は果てしなく遠いぞ。



 道が狭く、おまけに轍を外れると路上でもたっぷり雪が積もっているのでとてもその場でUターンなんてできない。
 「このままバックでY字路まで戻るとか・・・」
 「無茶言うな」
 雪はますます激しく、辺りはどんどん暗くなってくる。
 パパは車を降りて位置を確認して、さっき左手に見えた横道までバックで戻りそこでUターンする覚悟を決めた。
 「降りて後ろを見てくれる?」
 「了解」
 雪の上に降りると、あっと言う間に髪の毛に雪が積もり始めた。
 足下の雪もかなり深い。
 このUターンに失敗して雪の中にはまってしまったら、いったいどうしたらいいだろう。
 雪も林道もなんでもござれのがっちゃん車と違って、うちの車は図体がでかいばかりで軟弱なのだ。
 「バック、バック、バック、ストーップ」
 行きすぎた、危ない危ない。
 「もうちょっと戻って切り返して」
 暗いし濃淡のない雪景色は遠近感がまるで判らない。
 泣きたくなってきた。



 10分後、私たちは胸をなで下ろしながら六日町の町中を走っていた。
 あのまま車が動かなくなったらどうしようかと思った。
 何とか横道でターンし、恐る恐るもと来た道を戻った。
 たぶん一つだけ残されていた轍の跡は、今日通った除雪車がつけたものだろう。
 頼むからあんな半端な所まで除雪せずに、行き止まりになるなら道の入り口から行き止まりにしてほしい。

 六日町の中心地はさながらゴーストタウンだった。
 道の両側に古くからあると思われる商店街のアーケードが連なっているが、まだ5時過ぎなのにどの店もシャッターを下ろし人影がまったく無い。
 街灯だけが消雪パイプで融雪された路上を照らしている。
 まだ1月3日なので店がみんな正月休みなのだ。
 コンビニも見あたらない。
 どうもこのまま真っ直ぐ宿へ入るほか無さそうだ。

 商店街の真ん中で左折して、坂戸橋という橋で魚野川を渡ると、広い通りに出る。
 直進すれば坂戸山があり坂戸城という国の文化財に指定されている城跡に出るが六日町の温泉街はこの広い通りを右に曲がって少し行った辺りにある。
 清流館、日章館などと並んでいる先に、予約した金誠館が建っていた。

 金誠館は宿としてはそんなに大きくない。
 客室は8室。
 しかし昔は六日町総合結婚式場と呼ばれていたこともあり、ウェディングにも力を入れている。
 数年前に代替わりして大幅にリニューアル。
 若く新しい力を感じるモダンな和風旅館に生まれ変わっている。

 入り口に車を停めると駐車場で除雪作業をしていた従業員が、お車は移動しておきますのでどうぞそのままお入り下さいと玄関を指し示した。
 ロビーは旅館と言うよりこぢんまりしたホテルのようだった。
 ちょっとしたティーラウンジがあり、巨大なテディベアが三匹も並んでいる。
 通された部屋は二階で月の間というという名前。なんと浴室の隣だ。風呂好きとしてはこれは嬉しい。
 お部屋の戸を開けてこれまた吃驚。
 えらく洒落ていて綺麗だ。
 広くは無いが、木の香りがしそうに壁も柱も新しいし、独創性を感じる。
 この旅館は8室全てが違うデザインなのだ。

 パパは早速お風呂に向かった。
 こちらは一休み。
 そしてお風呂から戻ってきたパパは、なかなかいいお風呂だったよ、露天風呂は無いけどサンルームみたいになっていると教えてくれた。
 「サンルーム風の浴室って、日光の中禅寺金谷ホテルみたいな?」
 「いや、あそこまで洒落てないけど」
 それから外に出てきてもいいと言うので、今度は私がお風呂に入ってくることにした。宿のではなく、外のお風呂に。

 金誠館の受付に六日町の公衆浴場の場所を聞くと、
 「私どものお風呂に何かご不満でも?」と驚いたように言われてしまった。
 いやいやそんなことは全く無いです。
 というか、そんな風に受け取るものなのか。そのことにこちらが驚いてしまった。
 「宿代とは別に有料になってしまいますし、狭くて小さいところですよ。いいんですか?」
 「いや、せっかく来たのでいろいろ入ってみたいだけなので」
 「源泉は同じですけど・・・」
 ああ、集中管理の共同配湯なのね。それはちょっと残念。
 ロングコートを着て帽子を被って手袋をはめてポケットには小銭と手拭い、フロントで傘だけ借りて、さあ出発。



 歩き出して30秒もしないうちに後悔した。
 雪は相変わらず激しく降っていて、車道は消雪パイプから出る水でびちゃびちゃだ。
 しかも半分雪が混じっているので水たまりより始末に負えない。長靴ではなく単なる防寒用のショートブーツだから浸水してくるのも時間の問題だろう。
 雪の壁のせいで道幅が通常よりも狭くなっている。
 車が来ると除けなければならない。車のタイヤが跳ね飛ばす水しぶきにも要注意。
 これでは危なくて仕方がないので歩道は無いかと車道と建物との間をのぞくと・・・あら、なんだ、ちゃんと歩道もあるじゃない。
 歩道は酷い閉塞感を感じる。
 何しろ2メートルはあるような雪の壁に両側を挟まれた狭い一本道だ。しかも人が全然いない。

 足下はふかふかの雪だ。ぎりぎり靴が埋まらないくらいの深さなので水浸しの車道よりは歩きやすい。
 もう何時間も誰も通っていないように綺麗に雪が積もっていたが、そこにひとつだけ足跡がついている。
 その足跡は、何故かくねくねとリズミカルに蛇行しながらずっと先まで続いている。半分靴を引きずりながら、歩いているような妙な足跡だ。
 子供がふざけてくねくねと歩いたのかな? それにしちゃ、靴底のサイズが大きすぎるようだ。
 しばらく歩いて魚野川に掛けられた坂戸橋まで来ると、なんとその足跡の主が前方をよろよろと歩いているのが見えてきた。
 そ、それは・・・。
 蛇行しているのも当たり前。
 それは絵に描いたような千鳥足の酔っ払いだった。

 あっ、転んだ。
 ふうらふらと右に左によろけながら歩いていたおじさんは、足を踏み外したようで思いっきり雪の中に転んでいた。
 すぐによろよろと立ち上がると、一軒だけ灯りのついていた赤提灯に吸い込まれるように消えていった。
 もうそれ以上飲まない方がいいと思うんだけどな。

 おじさんの転んでいた雪の窪みを気をつけて除けながら進むとアーケードの続く六日町の中心地に出た。
 通りを右に進み、最初の信号を左へ曲がったところに六日町の郵便局がある。公衆浴場は郵便局の隣だ。
 金誠館の受付は徒歩10分程度と言っていたが、あまりに道が悪かったので15分かかったかもしれない。

 六日町の公衆浴場中央温泉は郵便局から少し裏手に入ったところに入り口があるので場所を聞いていなかったらきっと判らなかった。
 ちょうど入り口近くがぬかるんでいて靴がさらにぬれてしまった。
 入り口から既に男湯と女湯が別れていて、暖簾とお正月飾りが下がっている。
 朝10時から夜11時までの営業だが、「夜 十一時にお出でいただいても ごゆっくりと 十一時を過ぎても ご入浴をお楽しみ下さい」と張り紙にある。
 ドアを開けると入り口に昔懐かしい番台があり、男湯女湯両方から入浴料が徴収できるようになっている。
 狭い入り口で靴を脱いでいると、さらにもう一人入浴客がやってきて回数券を払っていた。
 案の定靴の中も靴下もびしょびしょだった。ジーパンの裾もだ。仕方ない。帰りのことはまたお風呂上がりに考えるとして、とにかく早く入ろう。

 先客も一人いた。
 私とほぼ同時に入ってきた人と浴室には全部で三人。
 長方形で一箇所だけ角を丸めた御影石調の浴槽がひとつ。透明な湯が溢れている。
 外の見える窓が無い代わりに、壁に奥入瀬だかの清流の写真が貼ってあるのが何とも妙な味を出している。
 料金を払うときに番台の奥さんが「今日はお湯がぬるめで申し訳ないです」と言っていたので、本当にぬるいのかと思ったらかなり熱かった。
 普段は43〜44度ぐらいあるそうだが、ここ数日源泉の温度が下がっていて41〜42度程度しかないのだそうだ。いや42度あれば十分だと思うけど、外が寒かったせいか体感温度的にはもっと高く感じた。
 肌触りはきしつく。
 石膏のような薬っぽい臭いとどこか甘いような臭いがほんのわずかする。
 でも昨日まで入っていた松之山の濃すぎるお湯に比べれば硬さは感じるもののそんなに強いインパクトは無い。
 雪のせいで外の物音は聞こえない。
 密閉された浴室で湯の音が響くだけだ。

 脱衣所に戻ると、まだ幼稚園にも行っていないくらいの小さな男の子が一人で立っていた。
 「あれ? お母さんは?」
 吃驚する私に、番台の上から声が聞こえた。
 「子供一人だと思った?」
 すぐにドアが開いてお母さんらしい人が入ってきた。外で傘の雪を落としていたらしい。
 そして彼女は先ほどから番台にいた奥さんと交替して番台に座った。
 お先にと奥さんは雪の中、帰っていく。
 交替したお母さんはきっと子守をしながら番台を勤めるんだ。
 終了時間の十一時を過ぎてもごゆっくりと張り紙があったけれど、こういう方たちが快く管理してくれているからこそ、遅くに仕事を終えた人でも温泉で一息つくことができるんだなとそんな風に思った。

 帰り道も雪との闘いだった。
 時々車道の中央の消雪パイプの水にも思いがけない攻撃を受ける。
 結局靴下は脱いでジーパンは裾をまくり上げて帰途についた。
 六日町温泉の熱い湯はよく温まったのでもう寒くは無かった。



 部屋に戻ると、パパがお腹を空かせていた。
 もし途中にコンビニか開いている店があったら何か買ってくると約束していたが、中央温泉までの往復で何か買えそうな店はどこも開いていなかった。
 子供たちにはあるだけのお菓子を食べさせたので大丈夫だろうと言う。
 「俺はラーメンが食べたい」
 「ラーメン屋なんてどこにも開いてなかったじゃない」
 「飲んだ後には汁物が食べたくなるんだ」
 「・・・そういうの、よく判らないんだけど・・・」
 「酒飲みの常識だ。yuko姉さんなら絶対賛同してくれる。彼女が一緒ならタクシーを呼びつけてでもラーメン屋を探すに違いない」
 ごめん、私は酒は人並みに嗜む程度だから・・・。

 子供たちを寝かせる前に、子供たちも宿のお風呂に連れていった。
 金誠館のお風呂は不思議な作りで、内湯が二つ連結している。
 浴槽も洗い場も双子のように似ていて、外に面した方だけ上部がサンルーム風になっている。
 たぶん露天風呂にしたかったところ、景観と雪対策でガラス天井をつけたら内湯と何も変わらなくなってしまったというところだろうか。
 長方形の御影石調の浴槽に角の所から蕩々と透明なお湯が流れ込んでいるところは、先ほど入ってきた中央温泉と通じるところがある。
 内湯が熱く、サンルームの方が少しぬるかった。
 お湯の鮮度も感触も中央温泉とほぼ同じようだ。

 先客は小さな女の子を連れた母親だった。
 女の子は3、4歳ぐらい。ちょっとたどたどしい口調で「お姉ちゃんと遊んでいい?」と聞いてきた。
 「どうぞどうぞ。カナ、レナ、一緒に遊んであげてね」
 「いいよ」
 カナが手にしていたポケモンの玩具を貸してあげる。
 「これ使う? 三個持ってくれば良かったね」
 「うん、ありがとう」
 そう言いながらも女の子はちらちらと母親の方を見ている。いつ呼ばれるかとびくびくしているようだ。
 母親は自分を洗い終えると子供を呼んで、子供の髪も洗い始めた。
 それからまたカナたちのところにやってきて一緒に遊ぼうとする子供を呼び、今度は歯を磨き始めた。
 私はちょっと公共の浴室で歯を磨かれるのは苦手なんだけど・・・女の子も、お姉ちゃんたちここに泊まってるの?と聞いていたし、どうもこの人たちは宿泊客ではないようだ。。
 えらく大人しく、かつ躾の行き届いたこの子は、もしかして旅館の関係者なんだろうか?とも思ったが、上がるとき見ていたら、母親は分厚いコートを着て、女の子をおんぶ紐で背中にくくりつけていた。
 どうもお風呂を借りに来た近所の人のようである。
 その後、夜にもう一度お風呂に入りに来たときも思ったが、ここは小綺麗な和風旅館の外観とは裏腹に、ご近所さんの気さくな温泉銭湯の役割も果たしているのかもしれない。

 私がお風呂から上がった子供たちを寝かしつけている間、パパはパソコンを手にロビー横のティーラウンジへ向かった。
 金誠館は無線LAN用の無料インターネット接続サービスを提供している。
 しかし電波は客室までは届いていないそうで、部屋では繋がらなかった。
 ロビー周辺なら確実だそうだ。
 子供たちが寝た後にロビーに降りてみると、無人のラウンジに一人パパが座ってパソコンを開いている後ろ姿が見えた。
 「ラウンジに置いてある説明書通りにやっても繋がらないんだよ」
 「あっ、無線LANに切り替えるには、パソコンの前面に付いているスイッチをONにしないと・・・」
 「・・・早く言ってよ」
 スイッチを切り替えたら簡単に繋がった。
 しかし電源コードを繋いでいないので、バッテリの駆動時間1時間程度しか保たない。
 旅行記の続きを書く気分にはならなかったので、掲示板にちょこっと書き込みをして、後はメールのチェックなどをした。
 ラウンジはしんしんと冷え込んでいて、寝る前にはもう一度お風呂に入らなくちゃとそんな気分になった。

最終日に続く・・・

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