二日目 2005年7月24日(日) |
一号館の窓から見える裏手の斜面に百合の蕾が三つ付いていた。
今朝はそのうち二つが開いていた。
雲は多いけど、なんとか青空も少しだけ。
大型台風が真っ直ぐ関東に向かってきていることを思えば上出来の天候。
冬は部屋という部屋にストーブを置いて火を絶やすことの無かった広い家も、夏は渦巻きになった蚊取り線香を置くだけで開けっ放し。
子供たちは朝から露天風呂の前におままごとをしに行ってしまった。
朝食に枝豆の入った豆餅。
今日は海へ行こうと思っている。
松代から日本海まで一時間。
鯨波海水浴場で遊んで、帰りに米山のフィッシャーマンズケープで買い物をしてくるつもり。
カナは出発前に昨夜の花火の絵を描いた。
四枚の画用紙にそれぞれ花火の絵を描いて丸くつなぎ合わせ、真ん中に小さなハムスターの人形たちを入れた。
「これでハム太郎たちにも花火が見えるでしょ」
蓬平から柏崎へ抜ける国道252号線へ出るには西側の県道12号線を使うルートと東側の県道219号線を使うルートと二本ある。
219号線というのは松代岡野町線とも呼ばれ、
芝峠温泉を経由して見るからに細い山道を登っていくことになる。
もちろん冬季は通行止めだ。
行きはこちらのルートを使うことにした。
途中で左側に立派な棚田が見えた。
棚田は日本の原風景として、旧松代町の名物の一つだった。
よくこんなと思われるほど不便な山の斜面に段々に田んぼが作られている。
翌日知ったが、ここは松代の棚田マップにも載っている清水という集落の棚田だった。
山を越えると川沿いに出る。
鯖石川で、国道252号線はこの川に寄り添うように伸びている。
柏崎が近づくに連れて車窓の景色は川の堆積物が作り上げた扇状平野の様相を帯びてきた。
棚田と違い、平らな大地に整然と区画された稲田。
いっせいに緑の稲の葉が風になびいている。
新潟といえば米どころ。
これらが全て実って、みんなの食卓に並ぶのだ。
台風は太平洋上にいるので、日本海に近づけば近づくほど空は晴れてくる。
最後に海へ出るとは思えない見通しの悪い道を通り、左側に大きな作り物の鯨が見えてくるとまもなく鯨波海水浴場。
鯨波海水浴場は日本の渚100選にも選ばれたことのある新潟県屈指の海水浴場だ。
海に向かって右手には岩場が、沖の遊泳禁止区域との境にはテトラポットが積んである。
道と海との間に何軒も海の家が建ち並ぶ。
それぞれの海の家に前では日焼けした若い呼び子たちがてんでに団扇を振りながら「こちらへどうぞー」と笑顔で道行く車を勧誘している。
賑わう呼び込み合戦の様子は、昔、静岡に苺狩りに行った時を思い出した。
あのときも各ビニールハウスの前で若い子たちが大きな苺のおもちゃを振り回しながら勧誘していたっけ。
選びかねて行きすぎて、海に突き出した大岩の洞窟の先のトンネルを潜ると、新潟県柏崎マリーナだった。
白い瀟洒なモーターボートなどがいくつも停泊している。
戻って最初に目に付いた海の家に車を入れた。
それとも団扇を振っていた女の子がパパの好みだったのかも。
車から水着姿で飛び降りてきた子供たちを見て、海の家の若い男の子たちは、
「おお、水着ギャルだ」
「水着ギャルだ」と、大サービスでもてはやしてくれた。
このあたりの海の家はどこも駐車場が無く、同行者と荷物を降ろした後、運転手は鯨波駅の方まで車を置いてこなくてはならない。
駐車場から海の家までは係りのお兄さんが送迎してくれる。
私たちが入った海の家は千鳥という名前。
運送会社が季節経営している海の家で、送迎してくれたお兄さんも普段は運送の仕事をしているのだそうだ。
「この辺の人なの?」とパパが聞くと、
「いやぁ、静岡の出身なんですが新潟県中越地震の時にボランティアとしてやってきて、そのままこっちに住み着いちゃったんですよ」と答えが返ってきたという。
そのうえ彼は、東京にも大きな地震があったらしいじゃないですか、大丈夫ですか?と、こちらの心配もしてくれた。
こんな若者がいると日本の未来も捨てたもんじゃないと思う。
海の家の使用料は大人一人1,000円、小学生600円、幼児300円、駐車場代600円となっている。
有料シャワー、トイレ、休憩室のテーブル一つが自由に使えて、浮き輪などはサービスで膨らませてくれる。
浮き輪やビーチパラソルのレンタルもある。
早速ビーチへ出てみよう。
なんだ、今朝は雲が多いと思ったけど、日本海は快晴だ。
砂の上を裸足で歩き始めた子供たちが悲鳴をあげる。
「あつーい」
「あつーい」
笑えないほど熱ーい。
足裏限界。
火傷するー。
カナはリタイヤ。
焼けた砂の上に持っていた浮き輪をしいてその上に座り込んだ。
レナはパパに抱きかかえられてとりあえず波打ち際へ退避。
ママはというと、人様のレジャーシートの上を小島のように渡りながら進む。
サ、サンダルはいて砂浜に降りるんだった・・・。
後悔先に立たず。
水色の空の下に青い海が広がっていた。
砂浜は一面、色とりどりのパラソルの花。
海に近いあたりに椅子とパラソルを広げた。
そしてサンダルを取りに海の家まで戻ったりしていたら、すっかりはしゃいだ娘たちは浮き輪につかまってテトラポットのある沖の方へと泳いで行くところだった。
ひとしきり海で遊んだ後は砂浜で砂を掘る。
とにかく夏休みが始まったばかりの海水浴場は笑っちゃうほど混雑している。
50センチから1メートルおきに水着の家族連れ、またはカップル、またはグループの若者が点在し、やはり50センチから1メートルおきにレジャーシートかビーチパラソルが置いてある。
パパが頼まれて若者四人グループの記念写真を撮ってあげた。
まだ、「名前、何て言うんだっけ?」なんて言い合っているお互い余所余所しいところのある男女混合グループだった。
「ほら、もっと近寄って肩くんで」
なんて撮影ついでに命令(アドバイス?)しているあたり、親父っぽいよ。
カナが砂を掘っていると、砂の中から黄緑色の若布が出てきた。
面白がってレナも落ちている若布を拾ってくる。
入れ物に海水と一緒に入れて、若布スープの出来上がり。
カナはとにかく砂をひたすら掘り下げる。
それを見てパパは「また風呂を掘っている。遺伝だよなぁ」と一言。
遺伝って何が?
「温泉マニアのさぁ」
誰が温泉マニアじゃ。だいたいカナはあんまり温泉好きじゃないよ、レナの方がよっぽど好きみたい。
「普通は砂を積み上げるんだよ、レナを見てご覧よ、一心不乱に砂を積み上げているじゃないか。カナは掘り下げる方だろう」
そうかなーあ。
でも確かに彼女は先日出かけた東京の葛西臨海公園でもひたすら砂を掘り下げていた。
職人肌なのでやり始めるととにかく止まらなくなるのだ。
昼食は海に家に戻って。
焼きそばと牛丼と岩海苔ラーメン。
カナもレナもいい食べっぷり。
そして食後はもう一泳ぎ。
今度はパパも一緒にテトラポットまで行ってみる。
えっ、ママ?
いや、私はお湯に入るのは好きでも水に入るのは苦手なので。
ときおりライフセーバーからの注意の放送が入る。
岩場の方は事故が頻発したため立入禁止、遊泳区間との境目のテトラポットからは飛び込み禁止。
どうも敬語が滅茶苦茶でつたない放送だ。
それにしても放送は聞こえているだろうに岩場に入る人が後を絶たない。
本当に人命を預かる海水浴場のライフセーバーたちは苦労が多いことだろう。
波打ち際を小さなボードのような浮き具を片手にパトロールしている姿を見ると、ご苦労様と自然に頭が下がるようだ。
外気温は焦げるように暑いが、水の中は冷たい。
子供たちの唇が紫色になってきたので上がらせることにした。
海の家に戻ってシャワー。それから着替えさせてパパが車を取りに行った。
鯨波海水浴場を出たところから、丘の上に鯨波松島温泉メトロポリタンという看板が見えた。
潮でベタベタだしシャワーを浴びたのも子供たちだけなので、どこか温泉に入って帰ろうと考えているが、ここは近すぎ。
海水浴場の混雑を考えると、少し離れた方が良い。
気絶しそうに暑い中、次に立ち寄る先は、日本海フィッシャーマンズケープ。
ここは新鮮な魚介類と海産物加工品が所狭しと並ぶ日本海鮮魚センターのほか、ザ・ホテル・シーポート、レストラン、土産物屋などがある。
鯨波海水浴場から南へ車で5分ほど。
何だかアメリカの港町に来たような建物が並んでいる。
目的の日本海鮮魚センターはお魚の三十三間堂と呼ばれるほど、魚づくしの店ばかりだ。
昨日寄ってきた魚野の里とは比較にならないし、年末年始に寄ってきた道の駅新井よりもずっと大きい。
日曜日なので観光客も大勢つめかけている中、人ごみを縫うように店内を一周。
地物の岩牡蠣と栄螺を購入。
氷もたっぷりつけてもらう。
再び鯨波まで海沿いの道をドライブし、元来た道を南下。
全国市町村合併のあおりを受けて、今はこの辺りは全て柏崎市だが、今年の4月までは旧柏崎市と高柳町の境界であった辺りを過ぎて、往路と違い西側のルートを通ることにする。
県道沿いにあるじょんのび村に寄っていくつもりだからだ。
ここは過疎に悩む旧高柳町が再生を図るため税金を投じて作った第三セクターの経営による総合観光施設だ。
温泉施設
楽寿の湯、宿泊施設、特産物販売所、田舎料理レストランなどがあり、隣接して室内外の子供の遊び場兼体験施設のある県立こども自然王国がある。
じょんのび村だと思い、最初に迷い込んだのは、実は隣の県立こども自然王国の方だった。
受付で聞いてみると、こども自然王国にもガルルの湯・クルルの湯という温泉施設があり、じょんのび村と同じ温泉が引かれているが、まったく別の施設だとのこと。
「温泉としてはどっちがいいんでしょう?」と困った質問を投げかける私に、自然王国の受付のお姉さんは、
「じょんのび村の方はどちらかというとお年寄り向き、ガルルの湯の方はお子さま向きですが別にお風呂に遊具などがあるわけではありません」と言う。
なんだ。お子さま連れを対象にしているなら、いっそのことお風呂場に遊ぶ道具でも置いてみたらいいのに。
「どちらも循環なんですか?」
「はぁ。どちらも循環です」
「露天風呂は? お風呂の雰囲気は?」
「パンフレットに写真がありますので・・・」と、両方のパンフを広げて見せてくれた。
「ガルルの湯の方はこんな感じでガルルのキャラクターの形をしたお風呂です。じょんのび村の方は旅館のお風呂のような感じです。どっちも露天風呂はありません」
うーん・・・ちょっと悩んだ。
悩んだが、夏休みの日曜なのでお子さま向けの方が混んでいるんじゃないかと判断して、じょんのび村の方に行ってみることにした。
ちなみに行ってみたら、じょんのび村には露天風呂もあった。
じょんのびというのはこの地方の方言で、ゆったりとかのんびりとかのびのびとかそんな意味を持つ言葉だ。どこかで以前、寿命が延びるといった語源であると聞いたような気もするが確かではない。
空いているかと思ったじょんのび村楽寿の湯だが、やはり日曜日、家族連れなどで混雑していた。子連れはみんなガルルの湯・クルルの湯に行くのかと思ったのは誤算だったかもしれない。
施設は広々として浴室へは廊下を通っていく。
脱衣所のロッカーも無料。いかにも公共の温泉らしい。
浴室は桧造り。木の香りも芳しい。
天井が高く梁が剥き出しになっていて、豪華な和風風呂だ。
内湯に浴槽は二つ。
縁は桧で小さい方の浴槽はぼこぼことジャグジーになっている。
シャワーの位置が悪く絶対飛沫がお風呂の中まで飛ぶだろうなと思いながら子供たちを洗った。
お湯はまったく期待していなかっただけに良い方に裏切られた。
薄い紅茶色の湯で、
松之山系よりずっとマイルドなオイル臭がする。少し出汁臭もまじっている感じ。
ミオン中里あたりに似ている。
肌触りには少しすべすべ感もある。悪くない。ホント、加水・加熱・循環なのが残念だ。
源泉温度32.9度。
この季節、非加熱源泉浴槽などあると喜ばれるんじゃないか。
露天風呂はずんどうのペットボトルのような形をしたものが、何故か二つ双子のように並んでいる。
なんで二つ同じものが? 何か意味があるのだろうか?
一応、屋根無しと屋根有りだ。雨の日には使い分けられるというところか。
夕方の日差しは斜めで、外側の屋根無し風呂の方が日陰になっていた。
見上げると空が青い。
蜩の啼く声も聞こえる。
海でべたべたになった髪も肌もすっきり。
風が通ると気持ちいい。
夕方のみらい一号館に帰ってきた。
早速、牡蠣や栄螺を囲炉裏で焼いていると、そこへみらいの家主の若井さんがやってきた。
手土産に持ってきて下さったのは、もぎたての夏野菜。トマト、茄子、胡瓜、ピーマン。どれも形は不揃いだが鮮度抜群。
雪解け前の春に泊まってあまりに寒かった5号館の囲炉裏の部屋は改めて天井を張ったと教えて下さった。
これで今年の冬はきっと過ごしやすくなったのだろう。
みらい特製どぶろくはまたまた品切れ。
いつも作る端から売れてしまうということなので、次に来る予定の年末年始には予約をお願いしなきゃ駄目かも。
今日は鯨波海水浴場に行って来たという話をしたら、若井さんは時々農作業に必要な塩水を汲みにあそこまで行くのだという話をしてくれた。
鯨波の水は綺麗なので、あの岩場の方にあった洞窟のところで汲んでくるのだそうだ。
若井さんの話はいつも興味深く面白い。
そしてまた、若井さん自身もこうしてみらいの宿泊客と話をすることで、どんなものや企画が貸民家みらいに有ったらよいか、また試してみたら良いか、いろいろ模索して研究を重ねているのだと思う。
パパは「次回、年末年始にはぜひもっとゆっくりお話を聞かせて下さい」と伝えて、玄関の外まで見送った。
若井さんの乗ってきた車が坂を下りて集落を抜けていくと、あとは一号館の外はすっかり静かになってしまった。
子供たちを寝かせた後に、パパが露天風呂うきぐもの様子を見に行った。
そして、私が洗い物をしていると戻ってきて、雨が降り始めたと教えてくれた。
そういえば途切れ途切れに屋根にあたる雨音が聞こえる。
新潟は三日間、晴れの予定じゃ無かったっけ。
いよいよ台風の影響かな。
夜の天気予報では、なんと明後日、大型台風7号は関東地方に上陸すると言っていた。
明後日といえば、レナが幼稚園の合宿保育で御嶽山の旅館に泊まる日だ。確か先生の引率で山道を歩いたりケーブルカーに乗ったりするはず。
明日中に台風が逸れてくれなければ、まず間違いなく合宿保育は中止だろう。
・・・去年もレナは遠足が台風直撃で中止になっている。運動会もやはり台風で順延。よほどクラスに強力な嵐を呼ぶ子供がいるに違いない。
カナがまだ幼稚園に在園していた頃は一度も行事が中止になったことなど無かったのに。
寝る前に露天風呂うきぐもに入りに行った。
ライトに誘われた蛾が白い羽をはためかせ、ぐるぐると回っている。
いつの間にか雨音はやんで、眼下に里の灯りが灯る中、カエルたちの鳴き声が響いていた。
最終日へ続く・・・