最終日 2005年3月22日(火) |
四日間はあっと言う間だ。
今日は帰る日。
今朝も空は青かったが、これから雨が降るらしい。
パパ曰く「きっと今日、新潟を離れると、帰途の車の中で雨が降るに違いない」
それはいつものパターン。
出発時は雨や雪がどかっと降った後で、旅行中は天気に恵まれて、帰りにもうおしまいと車に乗るととたんにバケツをひっくり返したように雨が降り出す。
いつもいつも計ったようなタイミングだ。
朝は囲炉裏でお餅を焼いた。
新潟の餅はよく伸びる。カナとレナで伸び伸び競争。どっちが大きく伸びるかな。
それから荷物のパッキングとお掃除。
二人ともほうきとモップを持って大人しく掃除しているかと思ったら、モップの取り合い、やがては追いかけっこ。おいおい、お片づけじゃなくて邪魔ばかり?
最後にスノーランドへお別れに。
タクくんが一所懸命に掘ってくれたかまくら、マコちゃんと何度も滑った滑り台。
春にはみんなとけてしまうだろう。
でも思い出はとけない。
ずっと心の中に。
のんびり片づけをしていたので全部終わったら11時近くになってしまった。
チェックアウトはたぶん、ワカイ測量に電話を一本入れればそれで済むのだと思うが、帰りがけに直接足を運ぶことにした。
ワカイ測量は松代駅前を過ぎてちょっと行ったところにある。
日本全国で一番最初にどぶろく特区酒造免許を取得しているので、測量会社の事務所のはずが入り口に「みらい酒店」の看板があるとともに既にいまあるどぶろくは全て売り切れているとの張り紙があった。
パパが一人で車を降りて、事務所へ行った。
もう精算は二日目の晩に終わっているので、鍵を返すだけだ。
しばらくして戻ってくると、「2号館を案内してもらえることになった」と。
貸民家みらいがいたく気に入っているパパは、今度の夏休みも、一年近く先の年末年始もここで過ごすつもりでいる。既に1号館と5号館は体験したので、今気になっているのは蛍が見られるという2号館。
実は前回も帰りがけに2号館があると思われる場所をぐるぐると探し回ったのだが、よく判らなかったのだ。
若井さんが先導してくれて、その後をついていくことにした。
2号館は松代町の池尻という場所にある。蛍というからには川沿いなのだろうと思っていたが、実際は川沿いというより渓谷の上のような場所だった。1号館ほどではないが、かなり見晴らしがよい。
5号館が狭かったので2号館の規模が気になっていたが、こちらは1号館のように部屋数が多かった。囲炉裏の間は1号館、5号館に比べると閉塞感があるが、二階にも寝室になりそうな部屋がいくつかあるし、神棚とお札が高いところに並んでいるところなどドキッとしてしまう。
パパ、気に入ったみたい。
玄関のところで早速、年末年始の予約を入れてしまった。
うう、気が早い。
そうすると、今年の年末から来年の年始はこの古民家で過ごすのか。
またきっと寒いだろうから、防寒対策を考えておかなくちゃ。
半端でない寒がりの私が懲りずにまた来ようと思うのは、松代の貸民家は子供たちが喜ぶからかもしれない。東京では体験できないことがここには沢山あるのだ。
いやいや一番喜んでいるのはパパか。
彼は囲炉裏端で飲んでいるときが一番嬉しそうだ。
私も彼も東京生まれの東京育ちで、いわゆる田舎を持っていない。三代ぐらい遡るとお互い何故か新潟県人の血が混じっているのだが。
ここを田舎にしたいんですよね、と言うパパに、若井さんはそれは嬉しいですと言ってくれた。
さて帰りによる温泉だが、初日に行きそびれた津南町の田中温泉に行きたいところだがどうだろう。方角的に初日の竜ヶ窪温泉や、前回の行きに通ったルートと同じになってしまうから違う方が良いだろうか。
パパは一ヶ所目は松代から関越道方面へ向かう途中の旅館系。もう一ヶ所は関越道のICから近いセンター系がいいと言った。
2ヶ所OKなの?
やったー。
今日は平日でスキー客の混雑も気にしなくて良いから、えーとね・・・湯沢・・・はいきなりICか。それじゃ一ヶ所で終わっちゃうじゃん。
それに行くとしたら山の湯共同浴場だけど、あっ、火曜日定休日だ。
・・・じゃあねぇ、takayamaさんが一押ししている大沢山温泉幽谷館。
その後のセンター系は、
アクエリア辺りかな。でも入浴料千円は高いかも。
えっ、アクエリアは大沢山に近すぎ?。
確かにね。立て続けにお風呂に入れったって子供たちが嫌がるに決まっている。もう少し離さないと。
「最後のセンター系は群馬でもいいよ。こないだ行き損ねた
湯テルメ谷川にすれば」
うん、そうしよう。じゃ、一ヶ所目は
大沢山温泉で、二ヶ所目は谷川温泉ということで。
カーナビは松之山経由の道を示す。
パパは少しでもくねくねしない方がいいだろうと、十日町経由の道を選ぶ。レナが車酔いするからね。
十日町へ至る道は長いトンネルの連続。前回貸民家に来たとき、yuko_nekoさんたちと
千手温泉に行くのに通った。
十日町経由にリロードさせたカーナビは、今度は信濃川に沿った117号線を素通りして六日町を目指そうとする。
何故に六日町?
そんな遠回りをしなくても十日町から117号線を南西に折れて、真っ直ぐ大沢山へ向かう県道に入ればいいのに。
雪で真っ白の信濃川を渡り、カーナビの指示を無視して117号線を走り、伊達の交差点で県道334号線当間土市停車場線に入る。この道は途中で県道76号線十日町当間塩沢線に合流し、大沢山に至る。
ナビで道の先を確認していたパパが、この先ひどい九十九折りだぞと言い出した。
うっそー。
そんな道、冬季閉鎖に決まってるじゃない。だからナビはこの道を通りたがらなかったんだ。
でも自分が調べた地図にそんな道あったっけ。
「今はト、トンネルがあるみたい」
「ホントか?」
トンネル、無かったら今から引き返すようだよ。かなり遠回りになるよ。
「まあ、このナビ、古いからな」
目の前に大沢山トンネルと書かれたトンネルが見えたとき、心底ホッとした。
トンネルを抜けるとスキー場だった。
ナビに乗っていた九十九折りの旧道は未舗装で、冬季はスキー場のゲレンデになっているらしい。
しかしスキー場はあるけれど、大沢山の温泉旅館はどこにあるのだろう。ゲレンデの駐車場に車を止めて途方に暮れてしまった。
大沢山温泉というと、日本秘湯を守る会の冊子で大沢館の写真を見たことがある。湯船からの景色はまさに絶景。しかしそこは立ち寄り入浴を受け付けていなかったはずだ。
もうひとつ、高七(たかな)城というところもあったはず。こちらはかなり手広く立ち寄りを受け付けていたと思う。
ちなみに目指すは幽谷荘。どんなところだろう。
平日でがらがらのゲレンデ駐車場にいても、場所が全くわからなかったので、出たところにあるラーメン屋で道を聞くことにした。
週末はスキー客で混雑するであろうラーメン屋も、今日は見るからに暇そうだ。
中に入ると主と女将と顔馴染みらしい客一人、世間話をしている。
「あのう・・・」
三人がいっせいにこちらを振り向く。
「幽谷荘への道を教えていただけませんか?」
三人とも顔を見合わせる。
なんとはなしに、嫌な予感がした。
「幽谷荘さんなら、いまそこに」
主に紹介されて、ただ一人の客が決まり悪そうにこちらを向いた。
と、いうことは・・・。
「今日はお休みだ」
やっぱり〜。
平日はどこも空いていていいんだけど、その代わりに狙いすぎるとこういう落とし穴が待っている。特に今日なんて連休の直後だもんな。やられたー。
「それじゃあ、どこか立ち寄りでお勧めはありますか?」と、当の幽谷荘の主に伺うのも見るからに間抜けなんだが。
「大沢館さんは立ち寄りやってないからなー、高七城さんがいいんじゃないの」
「ありがとうございました」
意気消沈してラーメン屋を出たが、ふと思い返してもう一度暖簾を潜る。
「あ、あのー」
「・・・まだ何か?」
「高七城への道を教えていただけますか?」
スキー場を出て最初のT字路を右へ曲がる。さらにもうちょっと先をもう一度右へ。
すると三軒先に幽谷荘が建っていた。かなり渋い、民家然とした宿だ。高七城へは幽谷荘の前を通ってさらに奥にあるという。ずんずん坂を上って、雪の吹き溜まりのような行き止まりに、旅籠のような建物が建っていた。
城と名についているだけあって、大仰な外観だ。
入り口に巨大な提灯が下がっている。戸や塀などひとつひとつ時代がかった作りだ。
入り口で日帰り入浴の可否を問うと、入浴料は千円ですと言われた。
予想していたより高め。
靴を脱がずとも、右手のドアから直接浴室に移動できるようになっている。これはなかなか、日帰り入浴を手広くやっているなぁという感じだった。
部分的に工事中のような壁があったのは残念だが、通路もなかなか凝った作りだ。昔の殿様になった気分が味わえる。
途中に休憩室があった。畳張りで木のテーブルとテレビと書棚がある。スキー客などに需要があるのだろう。
男湯は手前、女湯は奥。中の作りは同じようだ。
脱衣所にはストーブもあった。こういうところは流石に千円取るだけあるなという感じだ。しかし露天風呂は無い。
浴室は、壁は木造、床と浴槽は石だ。浴槽はほぼ正方形で、中央の岩から湯が出ている。
他に入浴客はいないので気楽だ。
子供たちを洗って、適当に入らせた。二人とも嫌がらずに入るほどの温度だ。熱くない。
すっごくにゅるにゅるとするお湯だ。最近入った中では、
正徳寺温泉初花に匹敵する。このところ塩分の濃いいかにも塩っぽいお湯にばかり入っていたので、この指の間をにゅるにゅると滑る感触はなかなか新鮮だ。
臭いは昆布出汁風。泡付き少々。
ここに来たのは正解だ。
高七城でこれだけ良いお湯なのだから、果たして幽谷荘はどんな感じだったのだろう。
お湯の中でにゅるにゅるするだけじゃなく、お湯から上がってもすべすべする。すべすべを通り越して指先などつるつるする。この二つの感触が強力に両方揃っているのもなかなか優秀だ。
のんびり入っていたら、流石にのぼせてしまった。
レナは母以上に長湯だが、カナはその様子に呆れてさっさと一人で上がってしまった。
休憩室で子供たちはオレンジジュース。
レナがあまりに出ようとしないので、カナが「ジュースがあるよ」と呼びに来たのだ。
パパも大沢山温泉はいたくお気に召したようで、しきりと良い湯だったと言っていた。
「それにしても凄い美肌湯だったよね。ほら、松之山でがさがさになった手の平がこんなに綺麗になってるよ」
「えっ、やっぱり松之山ってがさがさになる?」とパパ。
「なるよなるよ、前回の旅行から思っていたけど、松之山周辺の濃い塩泉は手とか粉ふき芋みたいに肌がぼろぼろになって白くなって、節に沿ってカッターで切ったみたいにあちこち切れてくる。手触りもがさがさ」
「どおりでなぁ。この前から気になってたんだよ。囲炉裏で炭をいじるせいかなと思ってたんだけど」
「違う違う。みんななるよ。私の手もさっきまでぼろぼろだったもん」
松之山自体は今回
植木屋旅館しか入ってないけど、
竜ヶ窪温泉、
芝峠温泉も松之山系としていっしょくたにすると、三連発でもう肌はすっかり乾燥してがさがさだった。
帰りがけに大沢山に寄るのは、肌の回復のためにも向いているかもしれない。
大沢山を離れて山を下ると、正面に一大パノラマ。
ちょうど魚野川に沿って開けた地形で、二千メートル弱の白い山々が連なっている。
綺麗だなぁ。
もうすぐ新潟ともお別れだ。
最後のランチは、行きにも寄った日本海鮮魚センター魚野の里でと思っていた。
それが川沿いの17号線で渋滞にはまっているうち気が変わった。
道向かいに釜飯屋の看板。
「日本一 塩沢産コシヒカリ」の文字に吸い寄せられるように、Uターンして反対車線へ。今日の昼食はコシヒカリの釜飯に決めた。
店の名前は釜めしこめ太郎。
本日のランチセット釜飯は帆立だというので、それを釜めしうどんセットにしてひとつと、もう一つ牡蠣釜飯の釜茶漬けセットを頼んだ。
ついでに鶴齢無濾過純米原酒生とマイタケの天ぷらも。
新潟って美味しいものが多い。
ご飯も海の幸も山の幸もお酒も。
通りすがりに見つけて入ったお店がすっごく美味しいと、人生得した気がする。昨日の松之山の寿々木もそうだったけど、今日のこめ太郎も。
この間、生牡蠣にあたって、もう一生牡蠣は食べない(加熱でも)と言っていたパパが、ぺろりと牡蠣釜飯を平らげてしまったのには笑った。
ちなみに釜茶漬けの美味しい食べ方。
1.普通に釜飯を食べて、
2.今度はネギと海苔を乗せて食べて、
3.最後にワサビを乗せて熱い出汁をかけて食べるんだって。
これって最初に普通に全部食べちゃいけないんだよね? 残しておかなきゃ茶漬けにできないものね。
美味しいからってがつがつ食べちゃうと、危ない危ない。
お腹いっぱいになって、塩沢石打ICから関越道に乗ると、あらどうしたことか、パパの予言通り本当に雨が降り始めた。
今回も旅の終わりを飾るのは雨模様。
でもまだ最後の温泉が残っているよ。
長い関越トンネルを抜けて、お馴染みの群馬へ。
どうしても新潟行きの旅では、露天風呂だけは天気に恵まれない。
軽い渋滞を抜けて、水上で高速を降りた。
雨は益々激しくフロントガラスを叩く。
谷川温泉は大きな旅館が建ち並ぶ水上温泉のその奥にある。
水紀行水上館の辺りまでは以前紅葉の季節に来たことがある。あのときは
宝川温泉に向かったので谷川方面には行っていない。
私の両親は谷川温泉の金盛館せせらぎがお気に入りの宿で、水上温泉はピンからキリまであるが谷川には外れがないと聞かされた。
途中までは
湯テルメ谷川の看板はわかりやすいところにいくつもあったが、狭い谷川の温泉街に入ったとたん判らなくなった。金盛館の前を曲がり狭い坂を上ると坂の上にペンションセルバンが見えた。湯テルメ谷川が見つからなかったらここでもいいか・・・と思ったが、とりあえず引き返すことにした。もう一度金盛館の前を通り少し走ったところで小さな看板を見つけた。湯テルメ谷川と書かれているがいかにも見過ごしやすいし、示された道もとても細い。覗き込むとようやくそれらしい三角屋根の建物が見えた。
ばしゃばしゃと冷たい雨が降る中、車を降りて湯テルメ谷川の入り口に駆け込んだ。
入って直ぐ左手に受付があり、目の前に男女別の暖簾。休憩室は二階のようだ。
スキーシーズンの週末など信じられないほど混雑すると聞いていたが、なるほど駐車場も小さいし、このキャパシティではきつかろう。
今日は平日だし雨模様だから、スキーヤーも少ないのではなかろうか。
浴室もこじんまりとしていた。
内湯は三つ浴槽があり、窓に面した一番広い浴槽に張られているのがアルカリ性単純温泉の不動の湯だ。浅くて割に熱め。
その向かいに小さめの浴槽が二つあり、一番小さい浴槽に張られているのが蛍の湯、単純温泉で冷たく感じるほどにぬるい。
隣の蛍の湯より少し大きいだけの浴槽は河鹿(かじか)の湯、カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物温泉。お湯の温度はほとんど体温と同じくらい。
この湯テルメ谷川は三つの異なる源泉を引いていて、いっぺんに楽しめるのがお得なのだそうだ。
とはいえ、この三つ、泉質名は違えどそれほど印象に違いはない。臭いもごく弱い濁った油の臭いで、薄い塩味がするかしないか。一番顕著なのは肌触りで、石膏泉らしいぎしぎし感がある。
露天風呂は階段を下りていく。
階段には屋根がついているが、足下の石段が痛くて寒くても速くは降りられない。
雨模様なので露天風呂に屋根があったら良いなと思っていたが、残念ながら本当の露天風呂だった。
岩風呂で結構広い。
正面が谷で、ちょうど雪の斜面が見えて綺麗。これは相当な景観のお風呂だ。人気があるのも頷ける。
しかし思いっきり雨が降っているので湯面にじゃぼじゃぼと雨の飛沫が上がっている。
先客がいたが、あまりに雨が激しいので早々に退散してしまった。
この露天風呂は三つの源泉を混合して使っているそうだ。お湯は適温。眺め良し。これで雨さえふっていなかったらもっとくつろげるのに残念。
それでも子供たちは貸切状態に満足してずいぶん長いこと露天風呂を占領していた。
カナは十分入ったのでもう上がると言いだした。
しかしレナはもっと入っていたいと言う。
仕方がないので内湯でしばらく付き合った。
浴槽が半円形で縁がカーブしているのを見て、レナは「これ何の形だ?」と聞いてきた。
「判らない」
「あのね、虹だよ」
休憩室に至る階段は、入り口からすぐの処にもついていたが、脱衣所からも直接行かれるようになっている。
二階に上がると既にカナとパパは休んでいた。
湯上がりの肌はさらさらになっていた。
さっきの大沢山のようなつるつるすべすべではない、パウダーをはたいたようなさらさらだ。
松之山でがさがさになったお肌も、大沢山・谷川温泉のダブル効果で修復されてちょうどいいかもしれない。
雨の降りしきる中、日の暮れた関越道に乗って走り出すともう車窓の景色に雪は無い。
三日前、赤城山からこちら、一面銀世界だった。
フロントガラスを叩くのは雨粒ではなく粉雪だった。
あれは名残雪だったのだ。
私たちが雪国で過ごした四日間で、最後の冬将軍は去り、今は春の雨が静かに道をぬらしている・・・。
おしまい
後日談
帰宅後、二日後に終業式の後、カナがおたふく風邪を発病した。
おたふくの潜伏期間は2〜3週間。
あと2、3日遅かったらレナの病で旅行は中止だったし、あと2、3日早かったらカナの病で旅行は困ったことになっていただろう。
これもまるで計算し尽くされたようなタイミング。
カナ、明日からは春休み。まあゆっくり養生してよ。