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◆がんばれ新潟 雪国のお正月◆3-1


1.寒い朝

三日目 大晦日 2004年12月31日(金)


 2004年最後の日、朝の目覚めはあまりよくなかった。
 夜、何度も目が覚めたのだ。
 そりゃもう、足が冷たくて。
 貸民家が寒いのは覚悟して、ホットカーペットなど持ち込んでいたが、それを布団の下に敷いていても足先は温まらずぐっすりとは眠れなかった。
 備品に湯たんぽもあったが子供たちの分しかお湯を入れなかった。
 今夜は大人の分も作ることにしよう。

 夜の間にまたかなり雪が降って、村も山も白一色だった。空も鈍色で、コントラストの弱い風景になっている。
 よく眠れなかった分、なかなか起きあがれない私と違って、よく眠れなかった分、早起きになるパパは、既に出口の辺りの雪を掻いて、道路まで細い通路を作っていた。
 眠れない夜は子供の頃のことを思い出させた。
 私は東京の町田市で育ったが、それでも冬は寒かった。
 冷え性の私は普通に布団に入ると、足が冷たくなってなかなか眠れず、しかもその冷えはやがて温まるどころかだんだん上半身まで登ってきて、朝には心臓の下ぐらいまで冷え切っていることがしばしばだった。
 そうするとなかなか起きられない。ようやく体を起こしても動きは鈍く、朝食はしっかり食べているのに午前中いっぱい頭も体も思うように動かなかった。
 対策はお風呂に入って温まったらすぐに布団に入ることだけだった。
 冷える前に寝てしまえば足の先まで暖かく、翌日も辛くなかった。
 だから私は家族の中でもいつも一番最後にお風呂に入っていた。そうしないと眠れないからだ。
 お風呂の温度も問題で、ぬるいといつまでも温まらなかった。
 よくぬるいお湯に半身浴すると血行がよくなって温まるというが、ぬるいお湯に入るとどんどん冷えてきて、入っているのも辛くなる。しばらく入った後、自分の指先を自分の上半身にあてるとよく判る。指先の温度が同じくらいになっていれば温まっているし、指先の方が冷たいと感じるお湯だと、何十分入っていても末端が温まらなかった。

 そんな私だから寒冷地に住むことを極端に恐れていた。
 だから老後は沖縄に住みたいと真面目に考えていた。
 最近ではすっかり忘れていたそんなことを、この家は思い出させた。






3-2.お餅で朝御飯へ続く


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