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◆がんばれ新潟◆雪国のお正月


初日 2004年12月29日(水)

 10月23日午後6時前。
 東京。
 がたがたっと家がきしんだ。
 びっくりして子供たちが立ち上がった。
 揺れはかなり大きく不気味だった。
 テレビをつけて待ったが、いつもならすぐに震源地近くの震度が表示されるところ、なかなか表示されない。
 何度か繰り返された激しい揺れの後、ようやく凄まじい被害状況が刻々と明らかになっていった。
 それが新潟中越地震だった。



 去年までの冬の定番、榛名湖の宿が無くなって、パパは今年の年末年始をどこで過ごそうかいろいろ考えた。
 東京から遠すぎず、法外で割高なお正月料金がかからず、滞在型で自由に過ごせて子供たちが走り回っても良いようなところ。
 見つけたところは、「田舎の古い民家、一軒貸します」
 雪にどっしり埋もれた、囲炉裏のある古民家でお正月を迎えるのも楽しそうなんじゃない?

 しかし貸し民家のある松代は中越地震で被害を受けた小千谷市の近くだ。

 地震後、しばらくは迷った。行くのをやめようか、ではなく、行ってもいいんだろうか・・・と。

 幸い貸し民家はほとんど被害は無かったようだ。そして地震でキャンセルの相次いだ新潟の観光業界は年末に向けて「新潟へ遊びに来て」とキャンペーンを始めた。温泉宿の女将さんたちが揃いの赤い法被を着て、テレビに映って宣伝していた。

 行って迷惑でないなら行こうよ。
 さあ、雪国の田舎へ!!






 目覚ましがわりにセットした携帯電話のアラームは、無情にも午前4時半に、場違いなハワイアン・ローラーコースター・ライドを底抜けに明るく流してくれた。
 しばらく前からごほごほと風邪を患っているパパと、ここ数日胃を痛めている私は何とか布団から這い出し、荷物と子供たちを車に積み込んだ。
 午前5時出発。
 6時半、藤岡ジャンクションで関越道から上信越道に入る。
 冬の朝はまだ闇夜のようだ。
 年末渋滞のピークは明日だが、それでも車の量は普段よりかなり多い。
 この時間に出ても、渋滞の先頭を走っているようだな、とパパ。

 宿泊する松代町に真っ直ぐ行くなら、関越道を六日町で降りて253号線を行けばよい。
 しかし、今回の震災で、上越新幹線や関越道もかなり被害を受けた。年末までに全て開通させると聞いたが、それでも今年の年末は、何時にも増して帰省客で関越道はかなり渋滞するだろう。
 迂回するとしたら上信越道。
 単に上信越道経由で行くのはあまりに遠回りだし、せっかくだからどこか温泉宿で一泊していこう。
 そんなわけで今夜の野沢温泉が決定した。

 野沢もすんなり決まったわけではない。
 最初は日本海側で考えていた。
 お正月用の食材買い出しに柏崎まで行くことを検討したのだ。となると・・・ルート上の温泉は鵜の浜温泉。
 でも鵜の浜温泉は予算オーバーだった。この時期の鵜の浜温泉は海老蟹食べ放題が売りなのだ。
 さらにokiesさんの私の温泉報告書の掲示板で遊び人の金さんとokiesさんに、柏崎から松代に南下するルートは冬は通れるかどうか判らないし、海産物なら柏崎まで出なくても新井の道の駅で新鮮なものが手に入ると伺い、妙高・赤倉方面で考えることにした。
 妙高・・・赤倉・・・・新赤倉・・・池ノ平・・・。
 関温泉にはかなり惹かれるものもあったが、なかなか絞りきれなかった。燕温泉は我が家は冬は無理だ。

 パパが野沢温泉にしようかと言った。
 既に松代の貸し民家に4泊予約を入れているので、あまり予算は残っていないのだ。野沢なら宿が沢山あるので希望するところが見つかるかもしれない。
 というわけで、またまたトクー!トラベル のお世話に。ここの良いところは、値段が格安なだけじゃなく、子供料金、添い寝幼児料金が明確になっているところだ。この辺は宿によってまちまちなので、個人で宿を検討するとき、ひとつずつ問い合わせて計算しなきゃならないのと比べるととても使いやすい。

 野沢に決まってもまだ難航した。
 年末年始のかきいれどき、割の合わない添い寝幼児など勘弁してくれというのか、続けて三軒、空きがあっても断られた。
 ほとんど諦めかけていたとき四軒目でやっと決まった。
 良かったよう。
 これで一安心。



 うっすらとシルエットを見せる妙義山を過ぎて、今日は雲に隠れて見えない浅間山を過ぎる。やがて粉雪がちらほらと見えてきて、いつの間にか道の両端にも雪が積もり始めた。
 白い綿帽子を被った小さな集落の中心に、まばらな林と社が見えた。
 鎮守の森。それは以前スイスや英国を旅したときに、どこも集落の中心には必ず教会の十字架が見え、そこを中心に共同体が出来上がっていたことを思い出させた。

 午前9時。
 高速を降りて、道の駅新井に到着した。
 ここは高速道のSAからも一般道からも入れるハイウェイオアシスだ。
 新鮮な魚介類を扱う日本海鮮魚センター新井店や、地酒と土産物が揃うカンパーナ新井、地元農産物の産直店あらいの里などの店が並んでいる。
 目指す日本海鮮魚センターはちょうど9時にオープンしたところだ。

 入り口に大きな新巻鮭が何匹もぶら下がっている。
 中は生もの、冷凍物、干物、加工品などそれほど広くはないが所狭しと並んでいる。
 鮮魚類も日本海産とは限らず、牡蠣は宮城、ぶりは鹿児島といった具合だ。
 31日に合流するyuko_nekoさん一家が、ぜひとも冷凍でない松葉ガニをと言っていたが、今日はまだ29日。ホタテや牡蠣は保つというが、カニは二日以内に食べられないなら冷凍ものにしなさいと店の人。残念だけど冷凍でがまんしよう。
 他にはホタテと牡蠣と海老と烏賊を買った。
 さらにパパが目を付けたのは・・・。
 「ちょっとちょっと」と呼ばれて見に行けば、そこは鮮魚センターの一角、寿司のパックを売っていた。
 「これが旨そうなんだけど」
 1,500円の大トロ寿司パック。
 ・・・。
 結局、大人の分に大トロとぶりの寿司パックをそれぞれ一つずつ、子供の分に納豆巻を二本買った。あまりに大人と子供の差が激しすぎるって? でも子供たちに聞いても納豆の方がいいって言うに決まってる。

 一口食べて、美味し〜い。道の駅新井でカニを買うのも良いけど、寿司パックを買うのはなかなかどうして正解かもしれない。

 カンパーナ新井では純米吟醸の日本酒と、岩の原ワインの限定ものを買った。
 これで今日の買い出しはおしまい。



 ここから野沢温泉まで1時間程度の道のりだろうか。
 いくらなんでも早すぎる。
 どこか途中で寄っていくとしたら、
 「馬曲温泉望郷の湯」。
 二人とも考えていたことは同じ。

 馬曲温泉は私は一度、パパは二度来たことがある。
 最初に二人で来たのは何年前だろうか。
 雑誌の懸賞で斑尾のペンション一泊とジャズフェスティバルの入場券を当てたのだ。
 そのときペンションに着いて、近くにどこか立ち寄りできる温泉はありませんか?と聞いたら教えてくれた。
 山を下りて、また山を登らなくちゃいけなかったけど、わざわざ行く価値はあった。
 当時は馬曲温泉も今ほど有名ではなく、宿泊施設なんかも無かったが、あまりの絶景ぶりに思わず目を見張った。
 今こうして温泉温泉とあちらこちら回ってしまっているのも、どうもあのときの馬曲温泉が全ての始まりだったように思う。
 ちなみにパパの二度目は友人の結婚式で近くへ来たときに。



 新井から飯山市街を抜けて、そのまま山の方へ。
 くねくね道に弱いレナは気分が悪くて真っ青だ。
 途中の道に「馬曲」の標識。
 あのときペンションで標識に従って曲がれば付くからと教えてもらったあれだ。うん、覚えている。
 レナの面倒を見ているうちにあっという間に着いてしまった。
 ちょうどはらはらと雪が降っていて、車から降りると子供たちはがたがたふるえ始めた。
 今は内湯もあるようだが、やっぱりここへ来たら露天風呂だろう。
 馬曲温泉の男湯と女湯は水車小屋のところで左右に分かれる。ちょっと離れているらしい。
 子供たちは女湯に着いてきた。
 薄く雪のつもった階段をはしゃぎながら下りてくる。

 何でも最近の馬曲温泉について聞こえてくる噂は、芋洗いのように混んでいる、強烈な塩素臭がする、名物おじさんがいてCDだかなんだかを勧められるらしいなどなど。
 本当にそれって私の知っている馬曲温泉なんだろうか。
 がらがらと音を立てて脱衣所のドアを開けると、中で振り返ったのは清掃していた係りのおばさんだった。
 「ちょうど今なら貸切よ。お子さんたちも好きなだけはしゃげるわよ」
 おお、それは有り難い。
 それにしてもここの施設の方たちはみんな感じよい。受付のおじさんも「大きいお風呂だからゆっくり入っておいで」と子供たちに声をかけて下さった。

 ところでこの馬曲温泉の露天風呂というのは男湯より女湯の方がかなり広くできていることを知っているだろうか。その理由は、男湯はとうちゃんの分で、女湯はかあちゃんと子供の分ということらしい(脱衣所にもちろんベビーベッドもある)。ちなみに眺望はどちらも引けを取らない絶景。
 一昔前なら、広いのも景色がよいのも凝った作りなのもみんな男湯というのがお約束だった。
 なんかちょっと嬉しいじゃない。

 寒い寒いと言っていた子供たちも、脱衣所でホッと一息だ。ストーブがついていてとても暖かい。冬場、山の中の温泉に行くととにかく脱衣所って辛いものだけど、ここはこんなところも気が利いている。

 外に出て、うわぁ、やっぱり馬曲は凄い。
 あのときは夏だったけど、今は一面銀世界だ。雪を被った山と谷、しんしんと舞い降りる粉雪。
 掛け湯をしたら、うっ、塩素くさっ。
 これだけが玉に瑕。

 冷え切っていたので最初は熱く感じたが、実際は少しぬるめぐらいの適温。
 湯気でぬれた髪の毛の先がだんだん凍り付いて白くなる。
 いいなぁ、馬曲温泉独占。
 少し黄色みがかった透明のお湯で、肌当たりは柔らかい。湯上がりには僅かにコーティングされたようなすべすべ感が残る。

 いやはや、この露天風呂が気に入ったカナとレナがどれだけ出ようとしなかったか。
 何しろ貸し切り状態だったので、半分雪遊びだ。
 温まって、それから出て雪だるまを作り、冷えるとまた入って温まる。
 のぼせるとまた出て、洗面器に雪を入れ、それを岩にディスプレイする。
 母は付き合いきれず、早々に上がって服を着たものの、いつまでもお風呂で遊んでいる二人を監視しているうちに、あまりの寒さに再び服を脱いでお湯に入る羽目になった。
 ようやく「パパが心配するから出ようよ」と諭して服を着せたのは、お風呂に入りだしてから一時間半近く経った後だった。
 当然とっくに上がって休憩室でおでんを摘んでいたパパは、完全に呆れ顔だった。

 昼食代わりに子供たちにもおでんを食べさせて馬曲温泉を後にする。
 パパは馬曲はパーフェクトだよなと言う。
 眺望といい、施設の人の好感度といい。
 また来たい、人にも勧めたいと思うような温泉が変わらずあるのは喜ばしいことだ。



 馬曲温泉であれほどのんびり時間をつぶしたにも関わらず、まだチェックインには早すぎた。
 馬曲から野沢温泉までは30分かかるかかからないか。
 今夜の宿は野沢温泉の四季の宿しなざわというところ。
 温泉街の本当に入り口、中尾のバス停を過ぎてすぐ左手だ。
 本当は外湯巡りにも便利な中心部に泊まりたかったが、予算などを勘案してここに落ち着いた。しなざわからも外湯の一つ、中尾の湯は近い。

 1時半だったので中尾は行きすぎて車で中心地へ向かってみた。野沢の中央ターミナルを過ぎて、右前方に大湯旅館街のアーケードが見える辺りから道が目に見えて狭くなる。
 そこを左へ入って道なりに進むと、麻釜(おがま)へ出た。
 「掟 組員及び湯仲間以外の汲み湯を禁ず 野沢組惣代湯仲間」と札が立っている。野沢には「組」と「湯仲間」という温泉を守るグループが存在するのだ。
 麻釜から先へは進めなかったので、駐車場でUターンして住吉屋の横の道を下る。住吉屋というのはのらくろで有名な田河水泡が定宿にしていたことで知られる。
 何をするでもなく再び中尾地区に戻ってきて、2時になったところで宿に入らせてもらった。



 部屋は狭く圧迫感があるものの、こざっぱりと綺麗にしてある。暖房のスイッチを入れたらすぐに暖かく快適になった。
 ここからは一番近い外湯、中尾の湯までは徒歩3分ぐらいだ。
 パパはまず自分が一人で中尾の湯に行き、戻ってきて交代するからそうしたらまた一人で外湯巡りに行っていいよと言ってくれた。

 野沢温泉には13の外湯がある。
 大湯、麻釜の湯、河原湯、滝の湯、熊の手洗い湯、真湯、上寺湯、横落の湯、松葉の湯、秋葉の湯、十王堂の湯、新田の湯、中尾の湯。
 中尾地区から中心部の方へ行くのは10分以上の上り坂になるので、ここが辛い。中尾の湯から戻ってきたパパが、スキー場へ行く無料のシャトルバスがあるのでそれに乗れば温泉街の中心地まで楽に行かれると教えてくれた。
 今回もタオルとカメラとメモを持ってさあ出発。

 しなざわのすぐ近くにビッグマウスというヤマザキ系のコンビニがある。その前が停留場になっていて、スキー板を抱えたカップルが一組バスを待っていた。
 バスはすぐに一台やってきたが、カップルが乗り込むと、これはシャトルじゃなくて路線バスだからお金がかかるよと運転手。二人はすぐに降りてきた。
 続けてやってきたのがシャトルバスだった。
 温泉街の中心で降りるにはどこが良いか問うと、新田ターミナルの次の中央ターミナルだと言う。
 ちょっとした距離だけど、雪も少しあるし歩くよりずいぶん楽だ。これが無料なんて助かる。

 中央バスターミナルで降りたのは私だけだった。みんなスキー場の方へ行くようだ。
 とにかくまずは温泉街の地図が欲しかったので、きょろきょろと辺りを見回すと、道向かいに野沢温泉民宿組合事務所が見えた。ここは外湯の一つ、横落の湯(よこちのゆ)が地下にある建物だ。
 すいませーんとドアを開けて入り、一枚紙のタウンマップを頂く。
 入り口横に小さな祠のようなものが奉ってあり、その中からもくもくと湯気が上がっている。
 「温泉卵作れます」の表示有り。ご丁寧にオレンジ色のネットが用意されている。
 うーん、野沢温泉らしい。
 民宿組合事務所の下にある横落の湯にまず入っていくという手もあったが、より入りたい外湯があるので先を急ぐことにした。ここはバスターミナルの正面なので、時間があれば帰りがけに入ってもいいだろう。

 野沢温泉にはいくつも源泉があるが、13の外湯のうち8つは麻釜(おがま)から引いている。麻釜の中でも大釜、茹釜、円釜、竹伸釜、下釜と実際の源泉はいくつかあるが、泊まっているしなざわに近い中尾の湯が麻釜の茹釜、下釜混合だから、できれば麻釜以外の源泉に入ってみたかった。
 地図を頼りにバスで来た道を直進し、朝日屋のところで大湯旅館街と書かれたアーケードを潜る。
 何となくごちゃごちゃとした印象のストリートだ。
 突き当たりを右折。右手に最初の外湯、川原湯が見えた。
 川原湯は湯屋造りの立派な建物で、屋根には雪がどっかりと重そうに乗っている。
 中はもうもうと湯気が立ちこめて、よく見えないくらいだ。
 脱衣所と浴室が一体になった作りで、二人ほど先客が居た。
 掛け湯をすると凄く熱く感じたが、それは外を歩いてきて冷え切っていたからだ。入ってしまうとちょうど適温だった。
 それなのに急に肩胛骨のあたりに火傷をしたような痛みを感じた。何だろうと思えば、ちょうど湯中のその場所に熱湯の注入口があった。湯口は別にちゃんとある。川原湯は確か他の源泉を混ぜてなかったと思ったが、どうしてこんな作りなんだろう。ちょっと不思議。
 少し黄色がかったお湯で、とにかく湯の花が凄い。白い筋状の湯の花に、乾いた血のような濃い紫の羽毛のような湯の花か絡まっている。色が二色なだけで強烈だが、またその大きさたるや、大人の指の長さよりはるかに長いものもある。そんなのがうようよと漂っているのだ。
 臭いは強いゆで卵の臭いで薬のような苦い感じの臭いもある。
 よく温まったと思ったが、服を着て外に出たらやっぱり寒かった。
 さあ次へ向かおう。

 通りへ出てさらに真っ直ぐ行くと、そこは野沢温泉の中心地、ランドマークの外湯、大湯がある。
 建物は川原湯とも似ているが、もう少し背が高い。
 道を挟んだ向かいには大湯の足湯、おくとがある。
 何故か足湯には金髪の外人さんがくつろいでいた。温泉で国際交流という感じだ。
 ここも脱衣所と浴室が繋がった作り。
 入るなり、小柄で禿髪のはきはきしたご婦人が、「靴はここ、脱いだ服はその上」とびしっと言ってきた。
 「ハ、ハイ」
 野沢温泉の外湯は、脱衣棚の下に下足棚がついていることが多い。それも雪道に便利な長靴が入るように縦長。流行のロングブーツを履いていても心配ない。
 「自分の靴の上に自分の服。そうしたら靴を間違えたりしないでしょ。そして入浴中もちらちらと服を確認すること!」
 な、なるほど。
 それに確認って、やっぱり風呂場泥棒みたいなのが多いのかな。穂波温泉の外湯でも感じたが、管理人が常駐していないような無料の外湯には、そういったトラブルが多いのだろう。哀しいことに。
 大湯は熱いので、二槽に別れている。湯田中大湯や渋大湯のような感じだ。片方に湯口から熱い湯をそそぎ、上の方は仕切ってあり、下だけ繋がっている。そうすれば熱い湯は上にぬるい湯は下に行くから自然と温度差が出来る。
 笑っちゃうことに全員ぬるい方に入っていた。
 とりあえず自分もぬるい方に入る。これでも十分に熱い。
 ぬるい方に入ったまま、熱い方に手だけ入れてみる。
 うっ、熱湯。
 こりゃ駄目だ。
 大湯で終わりならチャレンジしてみるけど、この先いろいろ回ろうと思ったら、とても熱い方には入れない。諦めよう。
 川原湯と同じでゆで卵に苦みを入れたような味と臭い。
 湯の花も大きいが、こちらは白い。
 新しく入ってきた入浴客が、早速「靴は下、服が上」の洗礼を受けていた。
 びしびしと指導するご婦人は服を着終えると颯爽と出ていった。彼女の纏った服は僧衣だった。
 湯上がりは川原湯と違いものすごく温まっていた。外に出てもまったく寒さを感じない。
 これはなかなか冬向けのお湯だなぁ。

 さて足湯とかめやの間の細い道を行くと、温泉街を見下ろすような高台に出る。ということはこの先は、さっき車で通った麻釜だろう。
 道の出口に黄金屋とまつみや商店いう二軒の土産物屋があり、T字路にぶつかった。左に折れると右手に雪を被った薬師堂。左手にはぐらぐらと煮えたぎっているのかもうもうと湯気の上がる麻釜。熱湯で危険なので観光客は入らないよう看板がある。地元の人が茹でものをするのはOKなのだ。野沢菜とか茹でるんだろうな。
 麻釜の正面には御岳神社。
 野沢の守り神は釜神様だ。釜神様は別名温泉神(ゆのかみ)。大己貴神と少彦名神をあらわす。
 御岳神社の横には温泉の噴出口もあった。

 麻釜から坂を下りないで、道なりに登っていくと、行き止まりに三つ目の外湯が見えてきた。
 滝の湯。
 川原湯、大湯と同様、それぞれ外湯ではここしかない源泉から引いている。
 町の中にあった川原湯、大湯と違い、ここの湯小屋は背景が雪山で建物は似通っていてもまったく違った風情があった。

 ここも脱衣所と浴室は繋がっている。というか、野沢の外湯はきっとどこもそういう作りなのだろう。少なくとも湯船から自分の持ち物が常に確認できるだけで、事件は減るのだと思う。今まで入った脱衣所と浴室が繋がっていた共同浴場でも、ほとんどの所は、浴槽から脱衣棚は見えなかった。例えば草津の白旗の湯しかり、飯坂温泉の鯖湖湯しかり、小野川温泉の尼湯しかり。それが野沢は浴槽の回りにぐるりと脱衣棚をつけてあるので、非常に判りやすい。 

 滝の湯のお湯は緑色だった。
 なかなか久しぶりにこの色を見たような気がする。濁ってはおらず、透き通った緑だ。
 緑の温泉は苦い。ここも苦みが非常に強く、ゆで卵の臭いより薬っぽい苦みの方が先に立つ。色といい熊の湯温泉を彷彿とさせた。
 タイル張りの浴槽は適温で、湯の花の量も多い。消しゴムかすの小さいような白い湯の花と、もう少し大きいものは核が白く縁取りが黒っぽい紫だ。どうも野沢の外湯というのはどこも湯の花が自己主張している。

 坂道を下りながらあといくつ入れるだろうかと思った。
 真湯と熊の手洗い湯だけはどうしても入ってみたい。
 次へ行くとしたらさっき車で通った住吉屋やクアハウス野沢のある通りから麻釜の湯が近い。麻釜の湯経由で真湯へ向かうか。
 ・・・いや待てよ。くぼたの所から細い道に入ると真湯へのショートカットができそうだ。この地図上の点線ははたして一般道なんだろうか。もし通れなかったら引き返すことになるけど大丈夫だろうか・・・。時間のロスは嫌だなぁ。
 思い切って細い道を行ってみた。道が点線になると、車は通れないくらい細くなってきた。しかも雪が溶けずに残っていて道が凍り付いている。アイスバーンの坂道ほど怖いものは無い。一瞬後悔した。やっぱり点線のない道から行けば良かったかな・・・。
 最後の急坂は泣きそうだった。勘弁してよ・・・。
 横からスキー客が合流してくる。
 真湯ペアリフトの方から直結している道があるようだ。
 もう夕方。
 スキー客も次々引き上げてきて、どんどん外湯が混むんだろうな。少し急がなくちゃ。

 真湯があると思った通りをいくら探してもそれらしい建物が見つからない。
 地図では二本の通りの真ん中ぐらいに温泉マークがついている。もしかしたら隣の通りからしか行かれないのかな。
 そう思ったとき、タオルを持ってうろうろしている私を見かねたスキー客の一人が呼び止めてくれた。
 「もしかして真湯探してるのとちゃう?」
 「そうなんです」
 「ほなら、こっちや」
 「あ、ありがとうございます」
 「せっかく来たのに入れんとつまんないもんな」
 彼はすたすた歩いて突き当たりまで来て、一本となりの通りを指さした。
 「あの通りをちょっと行って右手にあるよ」
 彼はそう言うとスキー板をかついで正面の旅館に消えていった。
 親切な人だなぁ。

 言われたとおりに行ってみると、真湯はあっさり見つかった。
 佇まいは今までの外湯と比べると、木造でもそれほど凝っていない。特にドアが病院のドアのようだ。
 だけど看板には「真湯霊泉」の文字。ここはなんと言ってもお湯で勝負。

 真湯のお湯には一番たまげた。
 その色彩のインパクトで目が点になってしまった。
 濃い抹茶のような底の見えない濁り湯に、黒い湯の花が一面に舞っているのだ。
 緑に黒。
 凄い強烈。
 正体は明礬だという黒い湯花はもう半端じゃない量だ。消しゴムかすぐらいのサイズなのだがお湯から上がると体に沢山くっついてくるぐらい凄い。
 硫黄の臭いも強い。
 霊泉と書かれるだけある。

 真湯を出て橋を渡らず、はとぐるまかわばたの横を入れば、また点線の道を通って真っ直ぐ熊の手洗い湯に近道できるはずだった。
 しかしどうも途中で道を間違えたらしい。
 気が付くと熊の手洗い湯ではなく、上寺湯の前に立っていた。
 上寺湯と熊の手洗い湯は近いので、当初の予定通り熊の手洗い湯に行っても良かったのだが、どうも上寺湯が呼んでいるような気がする。道を間違えたのも何かの縁。ここは予定を変更して先に上寺湯に入っていこう。

 上寺湯の建物は木造だが新しくてシンプルな感じだ。
 隣にお湯汲み場があり、温泉卵は自由に作って良いが、汲み上げは組員と湯仲間以外禁止と立て札がある。

 ほの白くごくごく薄い濁りがある他はほとんど透明のお湯で、ぬるくさっぱりとしていた。
 他に比べると大人しめのお湯だった。
 ゆで卵の臭いがして、湯の花は白いものが少し。
 一番特徴的なのは湯口で、白い塩のようなカルシウム分と、さらに緑色の苔みたいな析出物がぼこぼこと固まっていた。
 とにかく冬場の野沢はスキー客が多く、どこの共同浴場も満杯だ。

 ラスト、熊の手洗い湯だ。
 巨熊の手を洗っているところから発見された縁起を持つ湯で、外湯で一番ぬるいところとして知られる。
 真湯が霊泉なのに対し、こちらは看板板に名湯と書かれている。以前は熱い湯だったが1847年の善光寺地震で湯温が下がり、今は熊の手洗い湯源泉の他、麻釜からも引いている。
 つまりここに来ればいっぺんに二種類の源泉が楽しめるのだ。
 40度程度の熊の手洗い湯と43度程度の麻釜の湯と。交互に入ることもできる。
 建物は木造でかなり古い。
 既にとっぷりと温泉街の日は暮れ、ぼうっとオレンジ色の灯りが路上を照らしている。
 挨拶をして中に入ると、もう大混雑。先ほど上寺湯でほぼ入れ違いに入ってきた高校生ぐらいの体育会系グループも、続いて乱入してきた。
 流石にぬるい湯だけあって、赤ちゃんを連れたお母さんもいた。なんとお座りもおぼつかないベビーを床に座らせて、お母さんはその背中を足で支えながら、自らも座り込んで体を洗っている。技あり一本。
 しかし、赤ちゃんは目の前に面白そうな玩具を見つけたと思ったのか、やおら支えているのとは逆のお母さんの足先にじゃれついた。
 当然お母さんはくすぐったいから動いてしまう。背中の支えが外れておっとと。

 もう暗くなってきているので色はよく判らないが、熊の手洗い湯は透明で優しい肌触りの湯だった。
 他の湯と同様ゆで卵の臭いが顕著で、湯の花は少しだけ。
 隣の浴槽は麻釜の湯で、先ほど入った上寺湯と同様、円釜から引いているが、小さな浴槽になんと毎分270リットルがそそがれているそうだ。この量は、同じ麻釜から引いている外湯、松葉の湯や秋葉の湯に比べて15倍の量だ。
 だから壁側の側溝にざんざんと掛け流されていく。豪快だ。

 本当はもうちょっとのんびりと入りたいところだが、時間が経てば立つほど混んでくる。人数を数えたら狭い浴室に14人も入っていた。
 冬の野沢と言えばスキー。
 これは野沢温泉外湯巡りの続きをやるとしたら他の季節を狙うしかない。
 仕方なく退散することにした。
 体育会系グループは、引率者の先生の号令一過、次は真湯の方角に消えていった。

 もうとにかく温泉街は真っ暗だ。
 早く宿に戻らないと。
 熊の手洗い湯から中心地に向かって歩くと、正面に洗濯専門の洗濯湯がある。これだけでも人間入浴用と言っても不思議はないような立派な建物だ。
 洗濯湯の隣の細い道を行くことにした。
 ここも地図では点線で印された車は通れない怪しい道だが、道祖神社記念碑の前を通って坂を上ればメインストリートの近くまで近道できるはずだ。

 ようやく民宿組合事務所前の中央ターミナルまで戻ってきた。
 もう横落の湯に入って帰る時間は残されていない。
 あわててバスの時刻表を見に行った。えーと次は・・・5時7分・・・そして5時14分が最終か。
 宿の夕食が6時として、5時半までに戻ってこいとパパは言っていたな。ちょうど良いくらいか。
 ところがバスは遅れてきただけでなく、なんと終バスを含めてこの二本はもう次の車庫までしか行かないと運転手は言った。
 ・・・残念。
 歩いて戻るしかない。
 小走りで雪の残る坂道を下った。
 宿に着いたのは5時20分。



 宿の夕食は遅かった。
 7時頃、放送を入れて知らせると言っていたのに、7時半を過ぎても連絡は無かった。
 お腹を空かせた子供たちが限界に来て騒ぎ出した頃、ようやく夕食の用意が調ったと館内放送が入った。
 ご飯と汁物は食堂入り口でセルフでよそうシステムで既に行列している。
 車で来たのは我が家だけだったので空いているかと思ったらとんでもない。冬休みの野沢はスキー合宿が多いのか、大学生などの若者で食堂はぎっしりだった。
 夕食のメニューも運動をする若者向きで、刺身、煮物、天ぷらなどの温泉宿定番料理と違い、揚げ物がメインディッシュだ。
 カナもレナも旅先では小食でほとんど食べない。お腹が空いたと言った割に食事は進まず、パパだけがえらい勢いで料理を口に運んでいた。
 最近は宿に泊まるなら温泉宿。だからこんな夕食は久しぶりだった。
 自分たちも昔はスキーで民宿に泊まって、こんな夕食を食べていたっけな、と夫婦で懐かしく思い出した。



 食後、一休みした後は子供たちを連れて宿のお風呂へ。
 野沢温泉は意外に温泉を引いている宿が少ない。ある程度老舗の旅館と、本当に一部の民宿以外は水道水のお風呂しかない。お風呂のない宿すらあるかもしれない。
 温泉に入りたかったら外湯に行けばいいからだ。
 実はこの四季の宿しなざわ、一応温泉を引いている。
 麻釜かどこか、湯量の豊富なところから引いているのかな? と思ったら、神戸虎温泉というものだった。
 神戸虎温泉??
 ・・・聞いたこと無い。
 何だか阪神タイガース臭い温泉名だ。
 野沢にこんなお湯もあるとは知らなかった。
 単純泉で、源泉温度は判らないまでも中性低張性低温泉とあるから加熱して使っているのだろう。
 ちょっと加熱しすぎなのか、浴槽はがんがんに熱してあった。
 まあ、野沢の人たちは熱い湯好きだというから。
 お風呂は小さい。二人も入ればいっぱいだ。
 先客の若い女性が二人、熱い熱いと言いながら入っていた。
 ちょっと子供たちにはきつそうだったので、少し水でうめた。
 きしつく肌触りがあるが、臭いはしない。ゆで卵の臭いがしないから野沢温泉らしくない。でもなかなか温まって悪くはない感じ。
 湯口の所には塩の結晶のようなカルシウム分が固まっていた。

 その間、パパは一人で外湯へ向かっていた。
 さっき中尾の湯には入ったから、それ以外の所へ行ってみるのだそうだ。
 中尾の次に近いのは新田の湯だが、湯の宮源泉を麻釜源泉にミックスさせて使っている十王堂の湯へ行ったらしい。
 帰ってきたら大雪だったと閉口した口調で言った。
 いつの間にか雪が降り出したらしい。
 私が外湯巡りをしていた間はたまに日が射したりしていたが、今夜は吹雪くようだ。
 明日の朝には何もかも真っ白かもしれない。

二日目へ続く

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