3.日進館が無くなってしまう前に
私は浴槽の縁に頭を乗せて天井を見ていた。
日進館は朝の光に照らされている。
黒ずんだ木の天井は何かを語りかけてくるような気がした。
乳白色のお湯は肌を通して体の中まで染み渡り、血を巡らせ五臓六腑を整え私の一部になった。
もうあと3ヶ月でここはここでなくなってしまう。
多くの人が癒され希望を繋いだ日進館は、使われている源泉もろとももうじき姿を消してしまう。
残念だという以外にどんな言葉を並べれば良いのか。
でも今はしばしこうして誰もいない湯船を独占している幸運をかみしめていよう。
きっともう、このお湯とは会えないから。
最終日 2007年9月24日(月) |
まるで計ったかのように朝の5時40分に目を覚ました。
日進館が開くのは朝6時。
早すぎてもいけないかと10分ほど布団の中でうとうとして、それからタオルを手にそっと部屋から出た。
廊下ですれ違う人もいるが、みんながみんな日進館目当てとは限るまい。24時間開いている長寿の湯や極楽湯の朝風呂を狙っている人も多いはずだ。
「日進館は6時からですよね?」
念のためフロントにいた人に聞いてみた。
「はい、もうそろそろですね」
それでも朝の一番風呂を狙ったにしては遅すぎたか? ちょっと心配になって早足で外に出る。
今朝も万座はうすぼんやりとした靄に包まれていた。
大急ぎで極楽湯の入り口前を通過し、ほとんど小走りで日進館への坂を下る。
ちょうど反対側の、ゆけむり荘から出てきて日進館に入ろうとしている客がいた。
思わず負けまいとスピードを上げた。
たぶん6時を3分も過ぎていなかったと思うのだが、既に下駄箱にはスリッパが複数。脱衣所の脱衣籠も3つ4つ埋まっていた。みんな朝早いなぁ。
昨日がラジウム湯だったので、今日は日替わりで鉄湯が女湯。
鉄湯には前にも一度入ったことがある。穏やかな湯だった印象がある。
浴室には年輩の人たちに混じって、小さな子供を連れたお母さんがいた。
子供は掛け湯をされただけでかなり熱がっている。片足を入れたがそれ以上は入れなかった。
お母さんは壁越しにお父さんとおぼしき人に、「子供を連れて露天風呂の方に行ってくるから」と伝えると子供の手を引いて上がってしまった。
先に入っていた人たちも長湯はせず、ほんの5分ほどでみんな上がってしまった。
気が付くと私一人。
お湯は本当に綺麗なミルキーホワイトで、目に見える湯の花は無い。
肌辺りがとてもよく優しく穏やかな感触。
以前入ったときはぬるつくような手触りを感じたが、酸性泉は温度が下がるとぬるつく印象があるので今日は熱めである分そういったことは無かった。
窓の外に広がる景色。湯畑の近くは植物の姿は無く、岩肌は白っぽく染め上げられていた。
この景色もまもなく見納めだ。
そう思って見つめていると風に雲が流されてきて、みるみる辺りは白一色に塗りつぶされてしまった。
あとには静寂ばかり。
日進館が取り壊されて国有地になってしまうことについて、前日にyuko_nekoさんは硫化水素ガスの危険が高いエリアだから国が召し上げたのではないかと推測していたが、この意見になるほどと思いながらも、こうして旅行記をまとめている今、私はさらに思いついたことがあった。
2001年の豪雨による鉄砲水で日進館は大変な痛手を受けた。
当時は苦湯の他、滝湯、真湯などもここにあったようだし、鉄湯やラジウム湯も男女別だったようだから、今よりかなり大きな建物だったと思われる。それだけでなく、当時の写真を見る限りでは、ゆけむり荘寄りに宿泊棟のような建物も見える。
日進館が災害に見舞われた後、万座温泉ホテルとしては再建を希望したと思う。
それを妨げたのは国立公園法だったようだ。この地区は国立公園内として建設関係は様々な規制が行われている。
今回、現在の日進館の土地を国有地として国に譲り渡す代わりに、高台に新館である日進館湯房の建設地を得たという話を総合して考えると、秋田県泥湯の例もあり硫化水素ガス危険エリア内の民間施設を排除したい国と、客室数を増加させ収容人数を増やして利益を上げたいとするホテルの利害が一致したということなのではないだろうか。
もちろんこれは単なる個人の推測。
何も根拠はない。
もしかしたら国は硫化水素ガスの危険性など何も考慮していないのかもしれないし、ホテルも日進館再建が不可能ならせめて新館をという苦渋の決断なのかもしれない。
ただ判っているのは、今の日進館と今の鉄湯、ラジウム湯には、もう今年の12月までしか会えないということだけだ。
万座温泉ホテルの朝食はバイキング形式だ。
昨夜からがっちゃんが「朝食のパンが楽しみ」と言っていただけあって素材にも拘りがありそうだ。
子どもたちはパンと果物ぐらいしか取ってこなかったが、大人はみんなトレイに山盛り。
レナが指を汚してしまって紙ナプキンを探したが見あたらない。
ホテルのスタッフに聞くと、わざわざ探して持ってきたくれた。
私は洋食派。パパは和食派。
確かにここのパンはさくさくで美味しい。ヨーグルトにも小豆が入っていたり、健康食志向だ。
でも誰もが私のようにあっさりした食事を好むわけではなく、yuko_nekoさんが「スパゲッティとかちょっと油っぽいものが人気で、はけるのが早いね」と指摘していた。
チェックアウトは10時頃。
何も考えず部屋でのんびりしてしまったが、1時間以上余裕があったのだからもう一風呂浴びてくれば良かった。
日進館にもう一度行く余裕はなくても長寿の湯なら近かったのに。
でも何となく日進館で今回の旅は締めたかったので、これで良かったのかもしれない。
「ウサギだぁ」
霧雨の中、チェックアウトをした私たちは、駐車場に向かう途中、またもや脱走ウサギを見つけた。
よその子どもたちと一緒に、カナ、レナ、ちび姫ちゃんもウサギを追いかけ回す。
脱走ウサギが逃げてしまうと、今度は檻の中のウサギたちに餌をやる。
適当にその辺の草をむしって差し出すと、こうさぎたちは寄ってきてむしゃむしゃと食べてくれる。
「ほら、もう行くよ。車に乗って」
パパが催促するまで三人は夢中でウサギと遊んでいた。
三連休の最終日。
渋滞が予測される。
その上パパは明日から出張、カナは今日の夕方から塾。
yuko_nekoさんも夕方から人と会う用事があり、ちび姫ちゃんも塾。
忙しないけど早く帰らなくちゃー。最近の旅行記は尻切れとんぼで嫌だなー。
あっさりとこれで幕を閉じるかと思いきや・・・。
「中之条のあの国道の途中から入る迂回路は四万に曲がる道の近くだっけ?」とパパ。
ははあ、迂回路というのは
鳩の湯や
温川のある浅間隠の道ね。
「近いよ。長野原草津口の近く」
「じゃあさー、お昼ご飯に蕎麦を食っていこう」
おっ、いいね。
四万温泉の中島屋だね。
やっぱり旅は行き当たりばったりなのだ。
中島屋というのは四万温泉の蕎麦屋で、主の小枝子パパは私たちの友人だ。
yuko_nekoさんたちはこのところ1ヶ月に一度以上の頻度で四万温泉にトレーラーを引っ張って遊びに来ては、中島屋でご飯を食べているらしい。
私たちはもしかして2年ぶりか。
小枝子パパの特別出前なら今年の2月に草津で食べさせてもらっているが。
四万温泉街の細い道にトレーラーで乗り込むのは至難の業なので、途中の四万温泉情報ぽけっとという建物のある駐車場でがっちゃんとyuko_nekoさんも私たちの車に移動する。
四万温泉は古い昔ながらの温泉街だから道は細く入り組んでいる。日帰りで行く場合、駐車場問題が最大のネックだ。
途中でレナがトイレ〜と騒ぎ出した。
何とか四万に着けば中島屋のトイレでも何でも借りられるからとなだめた。涼しいからトイレが近くなったんだろう。半袖しか持ってきていないというyuko_nekoさんとちび姫ちゃんにはうちの長袖を貸した。私は極度の寒がりで、この季節にそれは無いだろうと思うくらいに厚手の服をを沢山持参していた。
幸いにも萩橋の近くに車一台分停まれるスペースがあった。
この近くにトイレがあったはずと思って急いでレナを連れていく。その様子を見てカナと
ちび姫ちゃんもトイレに行きたくなった様子。三人で並ぶ。
ところがレナはトイレからなかなか出てこなかったので、yuko_nekoさんは残りの子どもたちを連れて先に中島屋へ行っているねと行ってしまった。
だからレナがトイレから出てきたときにはもうみんないなかった。
二人で手を繋いで重要文化財でできている旅館 積善館の正面から伸びている狭い落合通りに入った。
蕎麦屋 中島屋はこの通り沿い。
たばこ屋の軒先に猫一匹。
ちょっと相手をしてもらっていると、ちび姫ちゃんとカナが小さな女の子を連れて歩いてきた。
この子はあおいちゃん。中島屋の小枝子パパのお孫さんだ。この前会ったときはまだ赤ちゃんだったのに。いや、そのときはまだ中島屋のおばあちゃんも元気だった。みんなで写した写真があったはず。でももうおばあちゃんはいない。
「あおいちゃんはねぇ、私の後をくっついてくるんだよ」ちび姫ちゃんは妹ができたみたいに嬉しそう。
もう何度もあおいちゃんに会っているので仲良しなのだ。
レナはちょっと複雑らしかった。
彼女は今まで、ちび姫ちゃんと会う度に姉のカナを取られてしまうと戦々恐々としていた。だからちび姫ちゃんと旅行に行くと言うと、決まって情緒不安定になっていたし、実際に一緒に遊んでいてもよく一人だけ外れて大人の中に潜り込んできた。
それが今回の旅行から何だか様子が変わってきた。
三人でレベルを合わせて遊んでいるのだ。
どうやらちび姫ちゃんが三つ年下のレナの世話を焼いてくれるようになったらしい。またレナも成長して、年上の二人についていかれるようになってきたためらしい。
何度も一緒に旅行に行ったけど、こんなことは初めてだった。
ところがここへ来てその均衡が崩れた。
より小さなあおいちゃんの登場によって、レナはまた疎外感を感じ始めた。
ここはさらに大人になって、三人であおいちゃんの面倒を見れば良いのだろうけど、まだそこまでは無理なようだ。
ちなみにカナはいつも自然体で、これらの微妙な力関係をまるで意識していない。いつだってそう。これはこれで大物なのかも。
突き出しは花いんげん豆。
私はせいろ二段、パパはミニ丼のついたセットを注文した。
yuko_nekoさんが焼酎を頼んでいるのを見て、思わず私もアルコールを注文。運転手のパパとがっちゃん、ごめん。
私が頼んだのは純米吟醸 馥露酣(ふくろかん)。さわやかな中に味があって美味しい。蕎麦も美味しいし、幸せだ。
もう臨月だという小枝子パパの娘さん(あおいちゃんのママ)が注文品を運んできてくれて、大きなお腹が心配になってしまった。
連休中もさぞや忙しかったろうに。安産を祈ります。
先に食事を終えた子どもたちはがっちゃんに連れられて向かいのレトロな遊技場へ行っていた。
ここは柳屋という店でスマートボールという看板が下がっている。
要するに数十年前の温泉街の雰囲気を残す店だ。
私たちはゆっくり食事を食べて、満足してレジに向かった。
仕事中なので忙しいはずの小枝子パパが奥から顔を出してくれた。
「久しぶり」
お互いに時間が無くてそれ以上の会話ができない。
「また来ますから」
そう、たぶん再来月に今度はゆっくりと。
小枝子パパは嬉しそうに待ってるからと言ってくれた。
スマートボールをのぞくと、子どもたちが三人並んで真剣な目つきでボールを打ち出していた。
私はスマートボールって初めて見たけど、ほとんど平らに近い緩い傾斜のパチンコ台のようなものにスーパーボール大のボールを打つようだ。
いわゆる普通のパチンコと違ってゆるーい遊び。
結局出てきた玉の数に限らず、柳屋のおばちゃんは子どもたちにひとつずつ景品をくれた。
ぴかぴか光るイルカのペンダントか同じく光るゴムのウニみたいな玩具のどちらかひとつ。
がっちゃん曰く、来る度に景品がパワーアップしているとのこと。
あおいちゃん効果だろうと言っていた。
そんなわけで、今日は万座温泉を出て後は真っ直ぐ帰るだけだと思っていたが、思いの外楽しい一日だった。
「何があるか判らないから」と、四万温泉で車を降りるときに私とyuko_nekoさんはこっそりバッグにタオルを忍ばせたが、残念ながら一風呂浴びる時間までは残されていなかった。
長野と群馬の真っ白な温泉を巡る旅。
どの温泉にもハズレはなく、どの温泉も違う言葉を語りかけてきた。
後半の天気にこそ恵まれなかったが、私たちは大満足して帰途についた。
さあ次は、どこに出かけよう・・・。