残念ながら二日目は雨だった。
時間湯体験は昨日二回、今日二回の計四回やることにしていた。
朝一番の時間湯に行くためにちょっと早起き。
昨日飲み過ぎたみんなが寝ている中、晶ちゃんとパパと三人だけで行ってきた。
帰りはコンビニに寄って食パンを買う。
晶ちゃんは銀亭(しろがね亭)のパンが買いたかったと言うのだが、だださんがどうしてもコンビニの8枚切りがいいとご指定だったので。
「銀亭のパンはすごく美味しいし、それに店員さんがみんなイケメンなんだよ」と晶ちゃん。
でも確かにコンビニのパンは安かったし、だださんはどうしてもサンドイッチにしたかったらしい。それともパン屋の店員がイケメンなのが気に入らなかったんだろうか。
テーブルにはハム、レタス、トマト、チーズ。
めいめい好きなものをはさんでサンドイッチにする。
ほとんどキャンプ場の朝食だ。
適当にはさんで持っていってやると、子どもたちもぱくぱく食べた。
彼女らは朝からまた一室に集い、忍者ごっこをしていたらしい。
朝食の後は、昨日と今朝と子どもたちの面倒をみてくれたターさんと、昨日は後から参加した紺碧七さんが、私たちと交替で時間湯体験をしてみることになっていた。
「子どもたちは任せて下さい、どうぞごゆっくりー」と送り出した。
ところが。
見たいテレビがあると行っていたMちゃんが部屋から出てきた。
「そのテレビ、やってなかった」
特番か何かでつぶれちゃったらしい。
「ねぇ、公園に行っていい?」
あさひ荘の近くに、昨日遊んだ公園がある。
「でも雨だよ」
「雨がやんだら行っていい?」
「やんだらね」
「じゃ見てくる」
「え、ええっ?」
あっと言う間にMちゃんは階段を駆け下りて玄関に走っていってしまった。
カナとレナも後を追う。
私も後を追う。
「降ってないよ〜」
驚いたことに、先ほどまでずっと降り続いていた雨はやんでいた。
「外で遊んでいいでしょ?」
「うん、いいよ」
「やったぁ」
子どもたち三人が、昨日から公園で夢中になって何をしていたかというと、ぬかるんだ公園の土を掘り、ペットボトルで水を汲んではそこに流し込むという作業だった。
自分たちでちょっとした治水工事をしているみたい。
大人からすると何が面白いんだろうと思うのだけど、カナもレナもMちゃんも、作業を分担してもくもくと励んでいる。
なるほどこれじゃ靴がどろどろになるわけだ。
1時間ほどしてターさんたちが帰ってきた。
「さあ終わりだよー」
とたんに雨が降り始めた。
さすが子どもたち。自分たちが外で遊ぶ間だけは雨を止めておいたのね。
ランチは今日だけ参加のオリーブさんご夫妻もいらっしゃる予定。
10時にあさひ荘をチェックアウトして、居場所もないのでとりあえず昨日も集合した
大滝乃湯駐車場に車を移した。
「次の時間湯まで30分弱あるかな。ここからだと煮川の湯が近いから行っちゃおうかな、どうしようかな・・・」
晶ちゃんから時間湯をしている間は、他の源泉には入らない方がいいんだという話を聞いている。お湯同士が喧嘩して、効果が適切に上がらないとか。
「でも、よしかさんたちは体験時間湯だから気にしないで良いですよ。私も今はきちんと時間湯で週末湯治をしているけど、最初、体験をしてみた頃は気にせずいろんな源泉に入っていましたもの」と晶ちゃん。
そうですか。
それなら話は早い。
「パパ、ちょっくらそこにある共同浴場へ行って来てもいいかな」
「・・・どうぞ」
半分呆れられている気もするが、チャンスは逃さないことにした。
共同浴場煮川の湯は大滝乃湯の隣にある。
設備の整った大滝乃湯が入浴料800円で有るのに対し、浴槽一つの煮川の湯は無料開放されている。といっても観光客のために開放されているわけではない。地元の人や湯治の人も通っているのだ。マナーには特に気を使わねば。
源泉はどちらも煮川源泉。この源泉は旅館などに引かれていないので、大滝乃湯か煮川の湯でしか入ることができない。
日曜日の午前中。煮川の湯は結構混んでいた。
入り口に、ここは熱いので子連れはやめた方が良いといった張り紙がある。
なのに私の後ろからは小さな女の子の手を引いた観光客も入ってきた。
親子連れは入り口を入ったものの、やはり張り紙の文章が気になるのか脱衣所で躊躇している。
うーん、熱湯に馴れていないなら大滝乃湯が無難だと思うぞ。
私は前にも一度、煮川の湯に来たことがある。
皮が煮えるほど熱いから煮川と呼ばれると聞いていた割には温かった。
少なくとも熱湯だと思った凪の湯に比べたら全然だった。
お湯の色も僅かに白濁していて、少々鈍り気味だったのかもしれない。
今日の煮川の湯は好調だった。
粉のような湯の花はわずかにあるものの無色透明でたぎっている。
湯船からもざぶざぶと溢れている。
しかし時間湯を体験した今となってはこのくらい恐るるに足らない。
そう思って掛け湯をしたけど、やっぱり熱いものは熱いや。
掛け湯は熱く感じたが、お湯の中に入るとさほど熱さを感じなかった。
やはり時間湯で熱湯慣れしているらしい。
熱い湯には長時間入るものではないと知ったので、適当に3分ぐらいで上がった。
そういえば時間湯の浴槽は体を伸ばし脇や膝の隙間を開けて入れるように深くなっていた。
この本当の意味がここでようやく分かった。
普通の浴槽である煮川の湯に入った今、いくら熱くても皮膚が赤くなっているのは表の面だけで、膝や腕など曲がっているところの内側はくっきりと白く残っている。
これではいけないのだ。
お湯をよく吸収すべき膚の一番柔らかいところに肝心の源泉は触れていないし、血行もよくなっていない。
体を曲げて入るこのお風呂では駄目なのだ。
それに自分が入っている間も他の人が出たり入ったりしてお湯を揺らす。
これも良くない。
いっせいに入り、いっせいに上がる時間湯の作法にはいろいろと深い意味があったのだ。
脱衣所で服を着ていると、隣にいた女性が話しかけてきた。
「今回泊まった旅館がね、あまり良くなかったのでここに来たのよ」
「そうなんですか、草津にもいろいろ源泉の種類がありますものね」
「いつもはね、草津館というところに泊まるの。でも良いところはみんな知っているのね、今回はいっぱいで取れなかったの。それで仕方なく地蔵の湯の近くの○×というところにしたんだけど、その旅館のお湯が全然よく無かったから」と言って、ちらりと浴室の方を見た。連れがまだそちらにいるらしい。
「友達がね、湯治も兼ねているんだけど、昨日泊まったお風呂で調子が悪くなっちゃって・・・今日ここに来たらやっと良くなったって言っていたわ」
「それは良かったですね」
「同じ一万五千円出すならやっぱり草津館だわ」
自分の言い聞かせるように仰ったので可笑しかった。
旅館によって引いているお湯が違うし、鮮度や湯遣いも違う。
増して草津館は独自源泉を持っている。
草津ならどこでも良いというわけじゃないんだな、と改めて思った。
ちょっとゆっくりしすぎちゃったかなと思って、小走りで駐車場に戻った。
私たちの車を停めてある斜め前当たりで知らない人に呼び止められる。
「あのう・・・私たち、今ちょうど登山をして降りてきた所なんだけど、どこかでお風呂に入れるかなぁ」
思わず滑りそうになった。
いや、あの、今あなた方が車を停めているここが、草津の日帰り温泉施設の駐車場なんですけど。
「山から下りてきたばかりで全然判らないんだよ。草津で温泉に入りたいと思ったんだけど」
「今見えているあの建物が温泉ですよ、入れます。えーと、隣に無料の所もあるけど、ま、いっか」
本日のランチは「篠」
晶ちゃん曰く「昨日は洋食でしたけど今日は和食ですよー。しかもご飯は何杯でもお代わり自由です」とのこと。
12時過ぎに大滝乃湯駐車場からスーパーもくべえの駐車場に車を移動させる。
もくべえと言えば確か、ザスパ草津の選手がバイトをしていることで話題になったことがあったっけ。
ザスパ草津の「ザスパ」が「ザ・スパ」、つまり温泉だっていうのを初めて聞いたときには思わず笑ってしまった。
もくべえから篠まで少し坂道を歩く。
オリーブさんたちは渋滞に巻き込まれたとかで、先に店に入って到着を待つことにした。
篠は和食レストランと言うより和風カフェという感じのこれまた可愛らしい店だった。
暖簾に「お食事処」「甘味処」と書かれている。
予約をしてあったので、卓上には既にランチが並べられている。
それも凄い量・・・。なんと卓上に乗せきれない。小さめの和食器が隙間という隙間を埋め尽くしているので、隣の人との料理の境目が全く判らなくなっている。
これだけ料理が並んで、しかもご飯食べ放題で700円台と聞いてびっくり。
やっぱり幹事の晶ちゃんは毎週草津に通っているだけあって詳しい。
「ごめんくださーい」
がらりと戸を開けて入ってきた二人連れは、なんとさっき時間湯で別れたばかりの晶ちゃんの湯治仲間だった。
「あれ?」
「あれ?」
お互いに顔を見合わせる。
店の女将さんが、「ごめんなさい、今日は貸切なんですよ」と頭を下げた。
偶然だったらしい。
またねと二人は手を振って戸を閉めた。
しばらくして晶ちゃんの携帯に連絡が入り、オリーブさんご夫妻が到着した。
オリーブさんは妊娠中。大きなお腹を幸せそうに抱えて入ってきた。
時間湯の話をすると、オリーブさんの旦那さんのポパイさんも興味津々。朝一度入ってきた紺碧七さんがもう一度午後の時間湯に挑戦すると言うと、自分も行きたいと意思表示した。
紺碧七さんはこれ以来、すっかり時間湯にはまり、その後もせっせと週末湯治に通うことにしたというのは後日談。
私は篠の美味しいお料理でお腹がいっぱいになってしまい、ご飯も2/3ぐらいしか食べられなかったけど、男性陣は次から次へと「おかわりっ」と威勢良く茶碗を空にしていた。
時間湯は体力を使うのでお腹も空くようだ。
食後に精算していたら、子どもたちだけでさっさと店を出てしまった。
慌てて後を追ったら、もう坂道を三人だけで半分ほど登っていくところだった。
「待て待てっ!!」
「えっ?」
怪訝そうな顔でMちゃんが振り返る。
「駄目だよ、子どもだけで先に行っちゃ」
日頃一人では冒険しない子どもたちも、三人集まると気が大きくなるらしい。気をつけなきゃ。
再びもくべえの駐車場。
今回の草津時間湯オフはこれでおしまい。
Mちゃんは今朝から何度も「何時ぐらいまで一緒にいられる? お昼ご飯は一緒に食べられるんだよね?」と聞いていた。
よく一緒に旅行に行くyuko_nekoさんちのちび姫ちゃんもそうなんだけど、一人っ子だと友達と別れる時間に敏感だ。
「また会えるよね?」
うん、きっとね。
カナとレナも車の中からずっと手を振っていた。
晶ちゃんとだださんと義満さんと紺碧七さんとターさんとオリーブさんとポパイさんも手を振っている。
一番先に草津を離れたのは私たちの車だった。
「帰りにどこか寄っていく?」
吾妻川沿いの145号線を走りながらパパが言った。
意外だった。
何となく二人とも、今朝から二回入った時間湯で十二分満足していたので、もうどこも寄らなくてもいいような気になっていたので。
だけど真っ直ぐ家に帰ると、家で子どもたちをお風呂に入れなきゃいけない。
せっかく群馬を走っているんだから、料金が安くてお湯の良いレベルの高いセンター系で髪の毛までしっかり洗って帰るのが得策かもしれない。
ちょうどこの道沿いで、一軒、入り損ねていたセンター系があったはずだ。
そこに行ってみようかな。
145号線から353線へと連なる草津から渋川へ向かう幹線道路沿いには、岩櫃城温泉、
あづま温泉桔梗館、
小野上村温泉センター、
根古屋城温泉センター、
金島温泉富貴の湯など、公営民営の日帰り温泉がひしめいている。
どこも500円程度の入浴料で手軽に利用できる。
この中で唯一、入ったことがないのがあづま温泉だった。
入り口まで行ったことはある。
このときは、小野上村温泉センターに行こうとして温泉祭りの準備中だったのでやめて、あづま温泉に向かったのだが今度は駐車場まで鳴り響くカラオケの音に閉口して逃げ出し、結局最後は岩櫃城温泉に落ち着いた。
岩櫃城温泉はあまり我が家の好みではなく散々な結果になってしまった。
一度行きそびれると機会が無くなる場所というのはある。
榛名湖に泊まっているとき行こうと思えば何度も行く機会があったはずなのに、ついにあづま温泉だけはすっぽり抜け落ちたままだった。
「道の右手だから、確か看板があったと思うよ。ああ、あれだあれだ」
そこまでは良かった。
「それから川を渡って左の細い道に入って・・・なんだかやたらと判りにくかった気がする。前に来たとき道に迷わなかったっけ?」
「うんそう・・・あれ?」
最初の看板がわかりやすかったのに対し、何故か分かれ道なのに看板が無いところがある。
「道なりに行けばいいのかな?」
ずんずん進むと大通りに出た。
なんか違う気がする。
しかし大通りに出たところにも「桔梗館」と書かれた大きな看板があって矢印が付いている。
矢印の通りだと、大通りから分岐した細い道を行くようだ。
あれぇ。このパターン覚えが有るぞ。もう何年も前になるけど前回もこれで道に迷わなかったっけ?
だいたい桔梗館は露天風呂から景勝岩井洞が見えるはずなんだから絶対こっちじゃない。もっと川沿いに降りたところにあるべきだ。
「やっぱり元の道に戻るべきなんじゃない? あの看板の無かった分かれ道が怪しいよ」
「うん、最後の大看板はこっちの通りから行くときに元来た道へ入るように指し示しているとも取れるし」
本当に紛らわしい。
数年おいて同じトラップに引っかかるくらいだから、他にも迷う人が大勢いるはずだ。
看板の無かった分岐を、川の方へ降りると桔梗館はすぐだった。
前回も同じだけ迷って同じ結論に達してやっとここまで来たんだった。
なんかアホみたい。
細かい雨が降り続いていたので、車を降りてから急いで屋根の下に入った。
館内は思ったより狭い。
今日はカラオケは響いていないようだ。
大広間で待ち合わせることにして、子どもたちを連れて浴室へ向かった。
最近よく行く埼玉辺りの日帰り温泉はどこも真新しくぴかぴかだったせいか、何となくここもそんな場所を想像していた。
だから最初の印象は「思ったよりも古い」ということだった。
確かここの近所の小野上村温泉センターは日帰り温泉の草分け的存在だった。
このあづま温泉桔梗館も実はかなり老舗の部類に入るかもしれない。
内湯は縁が木の浴槽だった。
入って天井を見上げると、黒々とした木が組んである。なんというか、センター系のお風呂ではなく歴史有る共同浴場のような雰囲気だ。
お湯はほぼ透明でほんの僅かにぬるつくような手触りがあるような気がする。
でも特にこれといって特筆すべきことはない。
もっと言うと、活きもあんまり良くないし、個性も強くない。
というか、たぶんどんな温泉に入っても今はそう感じるのかもしれない。
だって時間湯の帰りなのだ。
あの天下の草津温泉の、最も極上な部分を惜しげもなく使った時間湯を体験してきたばかりだ。
やっぱり他の温泉に寄ったのは失敗だったかもしれない。
ここだって本当は良い温泉のはず。
それがこんな風にしか感じられないのはきっと草津温泉にもあづま温泉にも失礼なことなんだ。
あづま温泉桔梗館は、露天風呂から岩井堂が見えることでも知られている。
だけど女湯からは木がじゃまで見えなかった。
元々天気が悪いので、見えたところで何が何だか判らなかったかもしれないけど。
少し入っているとのぼせてきた。
温まり度は相当なものらしい。加えて乾いた膚がぴりぴりと突っ張り始めた。
そのとき初めて、ああこれは塩泉だったのかと思った。
内湯の湯口の所にコップが置かれている。
飲んでみるとはっきりした塩味がした。
4時前には桔梗館を後にした。
髪の毛を洗うつもりで立ち寄った割には、桔梗館の浴室にはシャンプーの備え付けは無かった。
当然あるものと思っていたのでシャンプーなどは車の中に置いていってしまった。
これも失敗だった。
仕方なく備え付けの石鹸で髪も洗った。
帰り道は微妙な渋滞。
何となく今回の旅は時間湯が全てだった。
湯長、湯治者、一丸となって挑む時間湯。
草津節が響き、湯もみ板が舞い、祈りを込めて入湯する。
百聞は一見にしかず。
良かったら草津温泉であなたも体験してみませんか?
おしまい