子連れ旅行温泉日記

◆◇草津温泉 雨の共同浴場巡り◇◆


初日 2004年10月3日(日)

 規則正しくワイパーの音が響いている。
 雨の中、車を走らせている。群馬へ向かうのは久しぶりだ。
 今年の春までは多いときは2ヶ月に一度の頻度で群馬に通っていた。
 第二の家のようでもあった榛名湖の宿が変わってしまい、ぱったりと足が途絶えていた。
 どんよりとした空の下、榛名山が見えてきた。赤城は雲の中で麓の稜線がうっすらと見えるばかり。
 東京では激しく窓を叩いていた雨も、ここにきて小降りになった。
 朝8時半、パパがもう、目をつぶってでも走れるという渋川・伊香保ICを降りて、これから市街地へ向かう。

 昨日、秋晴れの土曜日、カナの運動会が行われた。
 初めての小学校での運動会。
 一学年一クラスしか無い単学級の小学校だからこぢんまりとしたものだったが、和気藹々と和やかに競技は進み、紅組も白組も同点優勝で終わった。

 運動会の後は代休がある。
 長女のカナが小学生になってからは平日の休日はとても貴重だ。
 ただ、運動会開催が天候に左右されるため、事前に旅行計画は立てにくい。雨で延期になる可能性を考えると、宿の予約などは取れない。
 つつがなく運動会が決行された後、昨日の夕方になってから宿の手配に入った。日曜日泊だし、Tocooで捜せば掘り出し物も見つかるかもしれない。

 今回のプランは最初は浜名湖だった。
 先週、世界旅行博に出かけて、くじ運の良いカナが抽選の結果浜名湖花博のペアチケットを当てたのだ。
 一人2,900円、ペアで5,800円相当。
 元々興味のあった花博だから、これはいいものが当たったと喜んだのだが、何しろ会期があと三週間しかない。
 行かれるとしたらカナの代休の今週・・・でも浜名湖は一泊で行くには遠い・・・。
 悩んだ末、チケットは掲示板で名乗りを上げてくれたメタさんに上げて、草津へ行くことにした。
 三ヶ日みかんの季節にも微妙に早すぎるし、いろいろ後ろ髪を引かれる物はあるが、天気も悪い中、高速を250キロも走るのはちょっと辛い。



 先日の秩父旅行でやり損ねたことにぶどう狩りがあった。
 今度こそ今度こそと思ったが、こうどしゃどしゃと雨が降っていてはね・・・。
 「久しぶりだな」
 「懐かしいね」
 なんて言いながら353号長野街道を西へ。
 真っ直ぐ行ってもチェックイン時間には早すぎるから、ぶどう狩りの代わりに立ち寄り温泉へ。
 小野上村の村営、小野上温泉センターへ行くことにした。

 ここは初めて榛名湖に来たときに最初に寄った立ち寄り温泉だ。
 だが、駐車場に車を入れてみると、何やらお祭り準備中だった。混むのが嫌いなパパはお祭りなら余所へ行こうと出てしまってそれっきり。
 榛名湖からこんなに近いのにすっかり行く機会を失ってしまった。
 ちなみにそのときは小野上村温泉センターを諦めてあづま温泉桔梗館へ行き、そこでも外まで鳴り響くカラオケの音に閉口して退散、結局岩櫃城温泉くつろぎの湯に入った。残念ながら岩櫃城温泉は我が家のお気には召さず、しばらく群馬のセンター系はカラオケばかりでいまいちといった印象を残してしまった。払拭するにはしばらくかかったように思う。もったいない話だ。

 小野上村温泉センターに着いたのは営業時間の5分前だった。
 既にタオルを手にした地元の方が数人入り口前の屋根の下で待っている。
 時間になって開けてくれた係りの人は、
「あれ、今日、学校お休みなの?」とカナを見て言った。
 ・・・日曜日ですけど。
 さらに、どこそこで葬式があってという話を始めた。
 すいません。地元じゃないんで判らないんです・・とこっちが恐縮してしまう。

 センター系温泉のはしりというだけあって、中は少し古びた感じも出ているが、まだ十分に綺麗にしてある。
 脱衣所がL字型で変わっている。ベビーベッドはないが長椅子が沢山ある。
 浴室は二つに仕切られていて、中央から湯を出している丸い浴槽(弱い圧注浴もある)とジャグジーのある場所と、四角い岩風呂に分かれている。
 露天風呂には飲泉用のコップもある。三角に屋根がついていて、今日は雨なのでみんな屋根の下に避難していた。

 お湯の感触が不思議な感じ。
 とろみがある。
 少しにゅるにゅる感があり、オイルのぬるぬる感もある。
 でもなんと言ってもこの、美容液みたいなとろみがなんともいえないなぁ。くせになりそう。
 温度は41.4度の適温で(ちょうど施設の人が計りに来ていた)、でも常連さんは今日はぬるいと言っていた。
 塩味は薄く、わずかに苦みがある。舌にオイルのまったりとした感じが残り、あと乾くような感じもある。
 臭いも薄いが僅かに磯海苔のような臭いがする。
 肌が乾くと塩泉特有のぴりぴりとつっぱるような感じがある。

 カナはパパと行ってしまったので、レナと二人で入っていた。
 ハム太郎の人形を連れて入っていたレナはもてもてで、いろんな人に「いくつ?」と聞かれていた。

 久ししぶりの群馬の温泉、やっぱり群馬だよね。
 私は群馬の温泉が好き。
 湯上がりの肌もすべすべとして、しかももっちりとした保水効果もある感じ。
 ここの美肌温泉は名前倒しじゃないようだ。

 露天風呂からの景色は取りたてて良いわけではないが、塀の奥にわずかに見える山々が、白く煙り山水画のような雰囲気を醸し出していた。
 おや、猫も露天風呂に遊びに来たよ。



 10時過ぎに小野上村温泉センターを後にして、11時少し前には川原湯に着いていた。
 川原湯温泉の入り口にある「ふるさと」という店が前から気になっている。
 茅葺き屋根で郷土料理など食べさせてくれるらしい。

 雨の中、暖簾の奥をのぞきこむとまだ店内は真っ暗だ。
 あと4分で開店時間だけど、とてもあと4分では開きそうにない。
 傘を差して駐車場の入り口まで看板を見に行った。営業時間は11時からでいいんだよね、今日が定休日ってことないよね。

 大丈夫みたいだった。
 店の方へ戻ってみると11時ジャストに灯りがついた。
 食いっぱぐれることはないみたい。ホッとした。

 パパは榛名山麓のびくやのような店を想像していたようだが、あそこまで本格的な建物ではなかった。
 でもちゃんと座敷席に囲炉裏はある。
 囲炉裏の周りに座って、きのこ汁鍋を注文した。

 カナは最初、お腹が空いていないから食べないと言っていた。
 なのに食べ始めたら美味しくて止まらなくなってしまったみたい。おかわりおかわりと食べること。
 レナは何故か出汁の煮干しをしゃぶっている。
 味噌仕立てでキノコがとにかく美味しい。寒い日は鍋だね。

 パパは今夜のおかずはきのこ鍋にしようと言っていたが、お昼にきのこ鍋を食べてしまった。夜は・・・夜もきのこ鍋かな?
 カナが「お肉は無いの?」と言った。
 この鍋にお肉は入ってないよ。小さい頃はまったく肉を食べない(魚ばかり食べていた)子だったのに、ここ2年ぐらい急激に食べるようになってきた。夜の鍋には肉も入れようか。

 浅間酒造によって今夜のアルコールを買い出し、それから近くのスーパーで食材も買い出し。
 雨はまったく止む気配が無いけれど、あとは真っ直ぐ草津へ向かおう。



 宿泊予約を入れたのは温泉旅館ではなく、レンタルマンションだった。
 一泊分の料金を極力安くして、回数を増やすのが我が家流。
 今回も自炊施設だ。
 宿泊棟には温泉がついていないが、隣接する草津ナウリゾートホテルのビッグバスが自由に使えるという。

 マンションはたぶん基本的に分譲式なのだろう。レンタルしているのはそのうちわずか7室程度らしいこれを一室一泊分借りたわけだ。
 受付はマンションとは別の場所で行う。
 草津のホテル桜井の近くで、部屋のキーを渡され、チェックアウトは8時以降でないとこの事務所が開いてないから注意して下さいと言われた。

 とりあえず草津ナウリゾートホテルを目指す。
 国道292号線をベルツ温泉センターのところで右折し、ベルツ通りからアクセスする。
 リゾートマンションの場所が判らずナウリゾートホテルの入り口まで行ってしまった。ドアマンに場所を聞くと、曖昧な答えが返ってきた。
 同じ敷地にあるのに、差別されているのかな。

 入り口入ったところをすぐ右に入り坂を下ったところがそのマンションだった。草津ナウリゾートホテルの温泉施設、ビッグバスには連絡通路が有るという。こんな雨の日には、傘をささずに移動できるのは嬉しいことだ。ビッグバスには温泉だけでなく、室内プールもある。こちらはリゾートマンション泊でも有料で、900円ぐらい払わなくてはならないらしいが、それでも一般料金よりは安いという。

 部屋はとても綺麗で、キッチンは狭いもののひととおり揃っていた。
 リビングと和室が別に有るのが良い。
 子供たちは襖でへだたれた和室を見て、ショーができると喜んだ。榛名湖の湖の見えるおうちよりはずっと狭いけど、こういうお部屋は久しぶりだね。

 外は相変わらず土砂降りの雨なので、パパは子供たちをプールに連れていくという。
 天気が悪いことも勘案してプールの利用できる宿を選んだわけだが、とっても優しいパパは自分が子供たちをプールに連れていくので、ママは草津の共同浴場を巡ってきて良いよと言ってくれた。
 ホント?゜
 草津といえばあこがれの共同浴場。
 今まで何度も行きたいと思いつつ、まだ一度も行かれたためしがない。
 狭くて熱くて露天風呂も無いと言えば、子供たちを連れて行くには向かない。
 どうやったら行かれるかなと思っていた。
 とても行きたいけど、まだまだしばらく行かれないと思っていた。
 それが行かれるかもしれない。
 雨が降っている旅行なんて散々だと思っていたけど、これは雨さまさまなのかもしれない。晴れていたら絶対こんなシチュエーションは無理だもの。

 草津温泉には無料で入らせてもらえる共同浴場が十八有るという。
 草津に着いた時間がチェックインには早すぎたので、道の駅草津運動茶屋公園に寄って地図など仕入れたわけだが、その地図には共同浴場はたったの三つしか記されていなかった。
 白旗の湯と千代の湯と地蔵の湯。
 残りの共同浴場はどこだろう。
 仕方ないので別のガイドブックの大まかな地図から、いくつか場所を特定して地図に書き込んだ。離れているところは行かれないだろうから、ナウリゾートホテルを起点に行かれそうなところを何カ所か・・・。
 凪の湯と関の湯と翁の湯と喜美の湯と瑠璃の湯と煮川の湯を書き込んでみた。
 もちろん全部行かれるとは思わないけど、きっとそのうちいくつかには入れるに違いない。

 ナウリゾートホテルのプールに行くパパとカナとレナを見送って、地図とタオルを持ってこっちも出発することにした。
 六時までには戻ってこいと言われたから、今が三時少し前で制限時間三時間。
 しかもここから草津の中心街までは歩いて10〜15分ほどかかるから往復に30分。果たして何湯回れるであろうか。

 まずはベルツ通りを下って、西の河原駐車場のところを右へ曲がる。急坂だ。行きはよいよい帰りはこわい。今はいいけど帰りは湯上がりでぐったり疲れているところ、心臓破りの坂になりそう。
 草津の巡回バスで行くことも考えたんだけど、一時間に一本ぐらいしかなくて面倒なので歩き出してしまった。帰りは上り坂だから時間が合ったらバスを使おう。
 それからしゃくなげ通りを降りて・・・ああ、この道は知っている。前に西の河原大露天風呂に行ったときに通った。道沿いにホテルおおるりや草津ホテルがある。江戸時代にタイムスリップしたような草津ホテルの建物の壁は、何だか顔色の悪い人みたいな青白さだ。
 道を下りきって西の河原通りに入る。
 ここは温泉饅頭屋が並んでいて、食べて行け食べて行けと試食用饅頭を振りかざす。
 小心者なので買う予定も無いまんじゅうは試食できない。買うとしても帰り道だ。お風呂巡りに饅頭を持って歩くわけにはいかない。
 最初に目指した凪の湯は目立たないところにあった。
 消費税サービスだよとひときわ大きな声を上げている饅頭屋の隣に、何やら小径があり、その奥に共同浴場らしい建物が見えた。
 いったんは道を行き過ぎたが、極楽館まで来て行き過ぎに気づいた。やっぱりさっきのあれが怪しい。戻って小径にはいると案の定、凪の湯があった。
 共同浴場がどこもこんなに目立たない場所にあるとすれば、もっと詳しい地図を持ってくるべきだったと後悔。
 だが、結局一番難易度が高かったのがこの凪の湯だった。他はほとんど道沿いにあって迷わなかった。

 ラーメン屋や煎餅屋の看板に従って細い脇道へ入ると、正面が凪の湯。
 階段を下りて脱衣所。判りにくい場所のせいか先客は誰もいない。
 ここは西の河原 琥珀の池源泉。ひっそりと四角い木製の湯船があり、無色透明の湯が満たされている。
 掛け湯をすると、身が引き締まるような熱さ。
 こりゃーとても子供は連れてこられないな。
 足を入れる。熱い。飯坂温泉鯖湖湯を思い出すような熱湯だ。
 一応横に水のホースはついているが、地元の人はみんなこの熱さで入っているんだろうと思うとおいそれと加水なんかできやしない。
 身を沈めるとじんじんとくる。
 ほんの僅かに硫黄臭。ざばっと上がると金属臭が立った。
 あまりの熱さにあっと言う間に足が赤いまだら模様になってしまった。
 湯上がりの肌はさらさらとパウダー系。

 目立たない裏通りから抜けると、道が二手に分かれる。左手の狭い方の道を行けば次の共同浴場に着くはずだ。
 右手にあったあった、共同浴場は凪の湯みたいにどこも目立たない裏道にあるのかと思ったら、ここは道沿いにあった。
 関の湯。
 カップルが入り口で写真を撮っていて、女性の方は私に続いて中に入ってきた。
 脱衣所がこれまた狭い。さっきの凪の湯より狭いかもしれない。
 そして浴室との境のドアは開け放たれていて地元のおばあちゃんが二人、長々と話し込んでいた。一人はお風呂の中で、もう一人は脱衣所の床にぺたりと座っている。脱衣所も浴室も1〜2人サイズなので、もうそれでいっぱいぐらいだ。
「失礼します」と声を掛けて使わせてもらった。私とおばあちゃんともう一人入ってきた彼女とで脱衣所はもうぎゅうぎゅうだ。
 私たちと入れ違いに中にいたおばあちゃんが脱衣所に移動した。また二人で脱衣所の床に座って延々と話をしている。ここって社交場なんだなぁ。

 お風呂は変形長四角で、凪の湯が熱かったからどんなに熱いかと覚悟したらまったくぬるかった。拍子抜け。草津は熱い湯ばかりではないらしい。
 ここは湯畑源泉。わずかに緑がかった濁りがあり、酸味とともに渋みも強い。肌当たりはマイルドで、立ち上がったときにゆで卵臭が香る。
 男湯との境にある磨りガラスを一部赤く塗ってあってちょっと不気味。

 関の湯を出て西の河原通りを真っ直ぐ行けば、草津のシンボル湯畑に出る。
 どしゃどしゃと雨が降っているのに日曜だから人出もすごい。
 岩を蛍光色に染めて大量の温泉が絶え間なく流れていくさまには草津のパワーみたいなものを感じる。
 青みがかった綺麗なお湯。さっきの関の湯は湯畑源泉だから、このお湯なんだな。

 湯畑をぐるりと回ると、威風堂々とした江戸時代調の木造建築が目に付く。これが山本館。自遊人パスポートで無料で入れるはずだから、明日入れたらいいな。
 そして湯もみと踊りショーの熱の湯があって、白旗の湯がある。

 白旗の湯は草津で最も由緒有ると言われている。源頼朝が鷹狩りの折りに発見し入浴したという将軍お汲み上げの湯だからだ。
 場所も湯畑の目の前でロケーションがいい。がらがらと引き戸を開け閉めする観光客の出入りが絶えない。
 今までの凪の湯、関の湯と違い、下足のところにも十数足の履き物が並んでいる。床も少しぬれていたので靴と一緒に靴下もぬいだ。
 ここは脱衣所と浴室がつながった作りだった。
 流石にどの観光マップにも場所が記されている著名な共同浴場だけに、脱衣所も浴槽も今までの二つよりはかなり大きく作られている。
 そしてその分、人も多いのでえらく賑やかだ。子連れも二組ほどいた。

 白旗の湯は白旗源泉。草津で白濁の湯に入りたかったらここか大滝乃湯に行くといいと聞くが、確かに白い。膝下はほとんど見えないくらいの白濁湯だ。
 臭いも味もここはアルミニウムを強く感じる。硫黄の臭いは少し。渋みよりレモンのような酸味が強い。鳴子温泉の滝乃湯を思い出した。

 浴槽は二つに仕切られ、大きい方は適温、小さい方は少し熱めで白い湯の花が多い。
 源泉は二つの仕切の間の枠を流れてきて、十字路になった分岐をそれぞれ大きい浴槽、小さい浴槽、浴槽の外の三ヶ所に分かれるようになっている。木の札が二枚あって、それを置く位置で湯船に入る源泉の量を調節できる。面白い仕組みだ。

 あまりに人が多くちょっと落ち着けなかった。
 脱衣所に戻り服を着ようとしたら、いきなり濡れた布がびちゃっと肩に当たる感触がしてびっくりして振り返ったら、それは濡れたタオルではなく、今入ってきたばかりのおばちゃんのジャンパーが雨でびしょぬれのせいだった。
 ・・・ずぶぬれなら入り口で脱いで来てよ〜。
 外の雨はまったく止む気配が無く、混雑した白旗の湯は避難所にもならないようだった。

 ところでお昼には美味しいきのこ鍋をお腹いっぱい食べたはずが、猛烈にお腹が空いてきた。
 実のところ関の湯を出た当たりから空腹感は耐え難くなっていた。
 ど、どこかでエネルギーを補給せねば。
 空腹で巡る温泉ほど辛い物はないし、巡れば巡るほど体力を使ってますますお腹が空く。
 さっき呼び込みをしていた饅頭屋の一軒にでも寄って、一発試食してくれば良かった。
 ふと目を上げると湯畑の向こうに「ちちや」の看板が。
 きっとあそこまで行けば温泉饅頭が手に入るに違いない。
 足を引きずるようにちちやへ向かい、店内を覗き込めば・・・。
 何やら品良い店の中では、既に箱で購入することを決めたお客さんばかりがいるようす。冷やかし客もいないここでは試食は無理か?
 仕方ない、バラで二個ぐらい買って店頭でぱくつくか。
 カウンターに近寄ると、にこやかな店員が試食をどうぞ、と菓子皿を出してくれるが、そこに積まれた饅頭といえば、
 ・・・1/4サイズかい。
 さっきの西の河原通りの饅頭屋はまるまる一個だったぞ。ちょっとケチっぽい(って、試食だけの客が何を言う)。

 とりあえず有り難く1/4サイズの温泉饅頭を頂いた。
 あんこの力はすごい。あっと言う間に体力を回復した。
 回復したらとたんに買わなくてもいいような気になった。
 いや、今じゃなくて、後でね。これからまだ共同浴場を回るつもりだし、雨の中饅頭の箱を持って歩き回るのは難儀だもんね。

 というわけで、ちちやを後にした。
 次に目指すのは瑠璃の湯か地蔵の湯。
 しかし地図を縦にしても横にしても現在地がよく判らない。
 山本館と白旗の湯は判る。ちちやは出てない。もうちょっと先へ行ってみれば判るかな。
 目の前に大東館があった。ということは大東館と湯元館の間の細い道を入れば地蔵の湯への近道になるはず。
 細い道、細い道・・・これかな?
 本当に細い道で、自転車が通るのがやっとぐらい。でもいきなり工事中で通行止めの表示有り。もう一本先の道へ行こう。

 湯畑横の急坂を降りて右へ曲がり、日新館の少し先に今度は千代の湯があるはず。
 ここも白旗の湯、地蔵の湯と並んで無料配布の草津マップに大きく掲載されている。白旗の湯ほど混んでいるとは思えないけど、凪の湯のようなわけには行くまい。
 ちょっとこの通りは数寄屋作りの雰囲気のある宿が建ち並び、最近の鉄筋コンクリートとは一線を画している。
 その中にとけ込むように千代の湯はあった。
 ここは今も湯治用の時間湯を行っているので知られている。時間湯のための浴室は一般客の浴室とは別で、誰でも使えるわけではない。

 入り口を開けると通路があり、右が男湯、左が女湯、正面が時間湯となっていた。
 下足箱にはやはり数足の靴が入っており、やっぱり少し混んでいるようだ。
 脱衣所に4人、浴室に3人先客がいた。
 何故か浴室の客は湯に身を沈めてはおらず、深いわけでもないのにみんな立って入っている。どうも熱いので肩まで長く入っていられずそんなポーズになるらしい。
 熱いと言っても凪の湯とは比較にならない。関の湯や白旗の湯より熱いというくらいで、入るのに躊躇するようなレベルではなかった。それとも立て続けに入って体が馴れてしまったのだろうか。
 ここでは分析表は見あたらなかったが(見落としたのかも)、takayamaさんに後で教えてもらった。湯畑源泉だそうだが、ずいぶん関の湯と印象が違う。
 ほとんど透明に近いが少し緑に濁った感じがある。酸っぱ渋くて臭いは薄い。足を入れるとぴりぴりちりちり強い刺激があり、入っているとやがてそれらが肌にじわっと浸透してくるような感じだ。
 意外によく温まる。

 ここで時計を見たら4時半を回っていた。
 まだもうひとつぐらい行かれるだろうか。煮川と地蔵に行きたいけど無理だろうか。
 とにかく今のところ泊まっているリゾートマンションからひたすら道を下ってきている。遠くへ遠くへと来ているし、これだけ下ったら帰りはひたすら登り道になる。果たして体力、保つんだろうか。

 まあいいや。ここまで来たらもうひとつ行こう。千代の湯の道を真っ直ぐ行って、北群馬信用金庫に突き当たったら右折、すぐつぎの曲がり角を道沿いに左へ入れば角のところに煮川の湯があるはずだ。

 流石に中心部から離れてきたので宿もまばらになってきた。正面にいかにも共同浴場といった建物が見えたが、看板の字が消えかけていて読めない。「大滝の湯→」と刻まれた大石が建物の真ん前に置かれていて、いかにも観光客は煮川の湯ではなく大滝乃湯に行ってくれと言わんばかりだ。。
 大滝乃湯は榛名湖通いを始めて最初に旅行記を書いたときに訪ねている(榛名湖日記三日目参照)。煮川源泉はこの大滝乃湯と煮川の湯の二ヶ所でしか入れないと聞いている。子供の頃に家族旅行で来たのは別にすれば、自分にとっての草津温泉の印象はこの大滝乃湯で固まってしまったため、草津のお湯は白濁して硫黄臭が強いと思いこんでいた。しかし実際は白濁するお湯は草津の一部に過ぎなかったりする。

 煮川の湯には先客が一名いらした。年輩のおばあちゃんで地元民のように堂に入った入り方をしている。でも荷物が本当にこの人に背負えるのかと思うくらい大きなナップザックで、もしかしたら常連湯治客といったような人なのかもしれない。
 挨拶を交わして入ろうとしたら、ちょうど若い女の子二人連れが賑やかにおしゃべりしながらやってきた。狭い浴室を見て、うわぁとかきゃぁとか言っている。
 皮が煮えるから煮川と聞いていたが、それほど熱くなかった。マイルドな方だ。
 ここが一番ゆで卵のような硫黄の臭いを強く感じた。透明ではなくわずかに白っぽい濁りがあり、白いふわふわした細かな湯の花がひらひらと舞っている。酸っぱいが苦みも強い。
 ここのお湯が一番気に入ったかもしれない。浴槽も角をまめるた木造りで、手触りがいいのだ。
 どこか一ヶ所しか入れないと言われたら、再訪するならここかな。
 脱衣所と浴室の間にガラスをはめ込んだ窓がついており、もしかしてこういうのが盗難事件防止に繋がるのかなと思った。

 今度こそこれで終わりにしようと思っていた。時間ももう5時を回って制限時間まで一時間を切っている。
 スタンプラリーでもやっているみたいだな。
 でも・・・煮川まで来たらどうせ帰り道に一本下の道を通れば地蔵の湯なんじゃないの?
 昨日はカナの小学校の運動会で、PTA役員の仕事もあって足が棒のようになってしまった。元々疲れていたところへ朝から既に5つも入っている。体力的にも限界だから、地蔵の湯は入らず見学だけしていこうかな。

 煮川で一番下っていたため、いきなり急坂を登る羽目になる。息が切れる。もう駄目。こんなんではとても山の上のナウリゾートホテル迄なんて歩いて戻れない。タクシーとすれ違った。パパがタクシーで戻っても良いって言ってたな。空車とすれ違ったらそこで共同浴場巡りを終了させよう。そうしよう。
 ところがすれ違うタクシーは「送迎」ばかりなり。とほほと歩いているうちに地蔵の湯が見えてきた。

 ここもマップに堂々と載っているだけあって少し大きめの作りのようだ。
 登り道から来て正面に入り口が無く、裏手に回ったら男女別の入り口があった。
 見学だけのつもりだったけど・・・次にいつ来られるかだって判らないし、目の前まで来たら入るしかないでしょ。
 結局入ってしまうのだった。

 少し薄暗くなる時間帯だからか、浴室には煌々と灯りがついていて他の共同浴場と比較して明るい感じがする。
 入浴客は多いものの、同じ地図に載っている中でも白旗の湯や千代の湯に比べてほとんどが地元の人という感じだ。
 タイル張りの浴槽には淡いミルキーホワイトのお湯がたたえられ、色で言ったら一番綺麗かもしれないと思った。
 臭いは薄い硫黄臭にアルミの臭いがプラスされた感じ。温度はごく適温。味も酸っぱさとともにアルミらしい金属をなめたような感覚が舌に残る。
 入ったとたんにぷつぷつと全身に鳥肌がたった。何かこう、体が異物感を感じているような感じだ。ぴりぴりと軽い刺激がある。でも決して不快ではない。
 あがるとさっと鳥肌は収まった。
 入るときには「失礼します」と入らせてもらったが、ここのお客さんたちはみんな「こんにちは」と、とても明るかったのが印象的だった。

 さて、後はもう戻るのみ。
 とはいえ泊まっているリゾートマンションから果てしなく離れてしまった。どうやって戻りゃいいんだ?
 地蔵の湯から中央通り方面へ戻る道が伸びているはずだから、とにかく湯畑まで戻ろう。実は地蔵の湯のところで道が二手に分かれている。どっちだろう。
 元来た方の道をそのまま進む方がメインだろうと思ったが、急に道が細くなる。地蔵の湯の隣に小さな湯畑があり、その隣は祠だ。このお地蔵さんが地蔵の湯の由来で、この湯畑は地蔵の源泉なのだろう。
 細い道は見るからに迷いそうで躊躇したが、よく見ると工事中の看板が。
 ということは、ここを真っ直ぐ行くとさっきの湯畑前の工事中の道に出るに違いない。じゃ、やっぱりこっちが近道だ。

 自転車がやっと通れるぐらいの細い道をどんどん歩く。
 すっかり辺りは暗くなってきて、裏通りは心細いこと極まりない。
 雨も相変わらず激しく降っている。ジーパンの裾がびしょびしょで気持ち悪い。
 やっぱりあの道だった。
 すぐに湯畑前に出た。湯畑は既にライトアップを始めている。
 だいぶ遅くなっちゃったな。それにお腹が空いた。さっきの1/4饅頭は既に消化してしまって、エネルギー値がゼロぎりぎり。
 とてもこれから坂道を登ってナウリゾートホテルまでなんて戻れないよ。

 山本館とホテル一井の間を入って少し行くと、温泉街らしい狭い通り沿いに饅頭屋の灯りが見えた。
 お、温泉饅頭〜。
 温泉饅頭を食べないともう一歩も歩けない。
 よろよろと引き寄せられるように店内に入った。
 早速「どうぞ〜」と饅頭を差し出される。やった。ここは一個まるまるだ。
 もぐもぐ、ごっくん。最後の方は胸が詰まりそうになる。流石にお茶までは出なかった(どこまでも図々しい)。
 さっきの、ちちやの方が甘みを押さえた品良い味だった。ここはむしろパワフルなあんこだ。甘みもこくがあって自己主張が強い。
 「9個入り、下さい」
 一個食べさせてもらったお礼にちゃんと買うのだ。お土産はこの温泉饅頭。
 「この辺でタクシーなど拾えるところはありませんか?」
 「この辺は流しのタクシーはいないのよ、電話して呼ぶか、バスターミナルまで行かないと」
 バスターミナルまでわざわざ歩いてタクシーを拾うくらいなら、ナウリゾートまで歩いて帰った方がマシというものだろう。
 「判りました。ありがとうございます」
 「どちらにお泊まり?」
 「ナウリゾートホテル(の、隣の貸しマンション)」
 店の女主はがんばってねと手を振ってくれた。
 ちなみにこの饅頭屋の名前は富貴堂。

 饅頭を一個まるまる食べたら、ゼロに減っていたエネルギー値がぐぐーっと満タンまでアップした。
 さすが温泉饅頭。
 さあ、気合いを入れて坂を上ろう。

 西の河原公園への分岐を過ぎ、草津ホテルの横の急坂を登り、石楠花咲き誇る西の河原公園駐車場脇を通り、最後の心臓破りの坂を上る・・・。

 レンタルマンションの部屋に戻ってきたのはほぼ予定通りの6時だろうか。



 私が土砂降りの雨の中、念願の共同浴場巡りを決行している間、パパは子供たちとナウリゾートホテルの室内プールに行っていた。
 ほとんど貸切状態だったとかで、3メートルの深さがある飛び込み用プールを子供たちはいたく気に入ったそうだ。
 ・・・キミタチ、1メートルでも足がつかないだろうに・・・。

 夜もきのこ鍋。
 夜はきのこだけじゃなくて肉類も入れた。
 きのこがほしくて行く道々、直売所などで捜したが、まだきのこの季節にはちょっと早いらしくてほとんど売っていなかった。宝川温泉などに寄った去年の秋の榛名湖旅行では道ばたで色とりどりのきのこを売っていたが、確かあれは11月初めだった。
 そのかわり松茸だけは今がシーズン。あちこちで売っている。
 ちょうど昨夜、一郷一会メンバーは松茸を囲んで信州の温泉宿にいたはずだから、行かれなかった腹いせにこちらも松茸を買って頭からかじろうかと思ったが、一本千円の値札を見て、貧乏性の自分はついに車から降りられなかったりした。

 おなかがいっぱいになったら、子供たちは寝るのが早い。
 あれだけプールで遊べば無理ないだろうとパパ。
 空腹を温泉饅頭の試食で補いながら、共同浴場を六ヶ所巡ったと私が話すと、パパは「アホじゃないか」と笑いながらも「お見それしました」と言った。
 いや本当に、最後の坂道は辛かったよ。
 一番近い凪の湯が熱かったと教えると、じゃあ凪の湯に入ってくると言いだした。
 彼は熱い湯好きなのだ。
 でも凪の湯は半端じゃなく判りにくいよ。
 西の河原通りからラーメン屋や煎餅屋のある細い裏道に入るんだよ。
 私が湯巡りに使った共同浴場を書き込んだ地図を貸してくれと言われた。
 駄目だよ、これ、今から日記を書くのに使うんだから。
 別の地図に凪の湯の場所を書き込んで渡した。
 どうぞ行ってらっしゃい。

 40分経過。
 戻ってくるなり彼は私の使っていた地図を取りしげしげと眺めはじめた。
 もしや・・・。
 「入れた?」
 「・・・入れたよ。地元の中学生ぐらいの男の子が入っててさ、毎日来るんだって言ってた。家にお風呂無いのか?って聞いたら、あるよ、温泉だって言ってた」
 どこか温泉旅館の家の子かな。
 「熱かった?」
 「熱かったよ、でさぁ、入りながら、やっぱ凪の湯はいいなぁって言ったらその子がさ」
 「うん」
 「ここ、凪の湯じゃなくて翁の湯ですけど、だって」
 ずるり。
 「おかしいと思ったんだよ、ラーメン屋とか煎餅屋なんて無いし、裏道じゃないところにあるし、何だよ、言ってることと全然違うじゃないかって思った。でも地図にあるホテルみゆきは側にあったから・・・あっ、こっちは別館じゃないか」と、今見た地図で指さす。
 彼はしゃくなげ通りを下りきったところで西の河原通りに入らず真っ直ぐ進んでしまったのだ。
 まあいいじゃない。凪の湯には入れなかったけど、翁の湯に入れたんだし。
 草津にはホント、共同浴場がいっぱいある。



 寝る前に草津ナウリゾートホテルのお風呂へ。
 パパにまだ入る気か?と呆れられたが、せっかくここに泊まっていれば自由に入れるんだし。
 リゾートマンションの二階に降りて、空中に渡された連絡通路を進む。マンションの鍵がないと、連絡通路に入れないシステムになっている。
 冷え冷えとする廊下を通ってビッグバスの入り口へ。
 階段を下りて正面がプール、反対側がお風呂になっていた。
 思ったより古い作りでタイルの端や床などかなり変色している。
 ここの源泉は万代鉱。
 でも温泉がそのまま注がれているのは広い大浴場の一部のみ。
 内湯の浴槽の半分以上が水道水を湧かしたもので、温泉はひとつのみ。露天風呂は二つ浴槽があるが両方加水した温泉と表示がある。
 温泉か真湯かの表示は今はよく見るが、加水表示まであるのは珍しい。
 しかし天下の草津で加水表示をしなけりゃならないほど加水しているのも情けない。ビッグバスってちょっと名前倒し。
 内湯の源泉に入って、加水露天風呂に移動し、また内湯源泉に戻ってきた。
 外はまだ雨が降っているというのもあるけど確かに露天風呂はお湯のインパクトが薄い。
 内湯は確かに草津らしいぴりぴり感のあるお湯だけど、どうも活きが悪い。
 きっと共同浴場に六つも入って、肌が贅沢になっているんだろう。

二日目に続く…

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