二日目 2004年3月28日(日) |
朝起きたカナは、パパがいないと騒ぎ出した。
たぶん朝の散歩だろう。それにしてはカメラは残っているようだ。とすると…。
レナの双眼鏡が見当たらない。
鳥を探しに行ったのかもしれない。
カナは、一緒に行くって約束したのにと半泣き顔だ。
しばらくして戻ってきたパパは、約束を破って置いていったとカナに責められ、今度は二人でそれぞれ双眼鏡を手に、出て行った。
レナはまだ寝たままだ。
穏やかに晴れた朝で、雲の無い空は、淡い水色だ。
やがて戻ってきた二人は、オレンジ色の小鳥や水鳥を見つけたと話してくれた。
後で図鑑で調べたら、オレンジの小鳥はツグミらしい。
のんびりと朝ごはん。
今日はどこへ行こうか。
昨日、南東へ花を見に下ったから、今日は北西に秘湯を探しに行こう。
この方角で入ってみたかった温泉というと、横壁温泉、
応徳温泉、
半出来温泉…。
天気もいいし露天風呂があって子どもたちが気に入りそうなところを選ぶとすれば、半出来温泉かな。
10時過ぎ、年末にほぼ毎日通った岩櫃山に至るルートを下れば、正面に雪を抱いた山々。
途中に可愛いニワトリの像がある養鶏場があるのだが、今日は「伝染病予防のため立ち入り禁止」の看板が見えた。鳥インフルエンザが収まるまで、神経質になっているのだろう。
吾妻川沿いの145号線を吾妻渓谷、
川原湯温泉と過ぎて、城跡もある羽根尾の先、袋倉という場所に一軒宿の半出来温泉はあった。
温泉が半分の出来ということではなく、半出来とは小字名。元々作物がよく育たず半出来と呼ばれた地名に由来する。
宿は国道沿いで、一言でいうとかなり襤褸である。
しかし佇まいと裏腹に、駐車場は5、6台の車が停まっており人気がありそうだ。
私たちが降りる準備をしている間にも、もう一台新しい車が停まり、若いカップルがタオルを手に降りてきた。
ここは昭和50年創業。その頃から建て替えていない感じの古そうな建物だ。絵になる古さではなく、B級感の増した古さだ。
お風呂は男女別の内湯から外に出て、露天風呂に至る。露天風呂は混浴だ。
トイレに行きたいと言うレナに付き合っていたら、出遅れてしまった。トイレも脱衣所には無い。入り口近くまで戻らないと見つからなかった。
カナはもう、パパと入ったようだ。どうせ露天風呂で合流できるだろう。
内湯で軽く洗ってから、外へ通じるドアを開ける。
露天風呂はすぐそこなのかと思ったら、男湯と女湯それぞれからタイルが点々と渡された道が続いており、露天風呂は川沿いだった。
さんさんと照る日差しの下、タオル一枚で行くにはちょっと勇気がいるなぁ。
何やら怪しげな入り口の下に、ボロボロの「ゆ」の暖簾が下がっている。
パパとカナのほかに先客がいる。先ほど駐車場で見かけたカップルだ。
露天風呂は四角い木の浴槽で、端に二つほど樽が入っている。四角い浴槽は二つに区切られていてかなり温い。樽はそれぞれ一人用のサイズで適温の湯が注がれている。
カップルは
万座温泉ホテルに泊まって、帰りがけに半出来温泉に寄ったと話してくれた。万座はスキー場にこそ雪は残っているが、もう道にはチェーンは必要ないくらいだと言う。半出来温泉は雑誌で見て立ち寄ったのだそうだ。こんな渋い温泉でも雑誌に載るのね。
なかなかどうして強烈なお湯だった。
お湯の色は透明に近いのだが、茶色、黄色、赤、緑とあまりにカラフルで巨大な湯の花やら藻やらが漂っているので、ほとんど温泉に入っているというより池の鯉にでもなったような感じなのだ。浴槽の木の部分にも藻が大量に張り付き、ぬるぬるすることこのうえない。いや、これは旅館が清掃をしていないのではなく、泉質と紫外線によるもので害は無いと脱衣所にも記されていたが、人によってはとても入る気にならないかもしれない。
泡もかなりつく。
はらってもはらってもというほどではないが、気がつくと微細な泡が全身にびっしりとついている感じだ。
湯中ではきしきしとくるのに、湯から出ると僅かにぬるつく。
最初温い方に入っていたら寒いような気がしたが、一度、樽の方に入ると、熱くは無いのにすぐにのぼせてきて、あとは温い方で十分という気持ちになる。
それにしてもここの湯の花はすごい。茶色い塊に、花粉のように小さな丸い黄色い塊が点々とついていたりする。緑の藻はゆらゆらと、大きいものは磯海苔のようだ。
湯の花は体にも付着するので、パパの胸元にいつのまにか黒っぽい泥のようなものがついているのに気づいたレナは、せっせとお湯をかけて落としてあげていた。ここで使ったタオルは、草の汁が染みたように緑色になってしまった。入浴するほど汚れる温泉というのも初めてだ(笑)。
ここはスッポン料理でも有名な旅館。
パパはこの露天風呂、元はスッポンの養殖場だったんじゃない?と言う。
真相は如何に?
内湯には飲泉用のコップもある。ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、カリウム、鉄分、ミネラル、とにかくいっぱい入っているらしい。胃酸の分泌を即し胃腸に良いそうだ。昨日の群馬温泉に似た意外なアブラ臭。機械油のような臭いに、甘塩味、さらにちょっと苦味もある複雑な味。面白いお湯だ。
湯上りは暑いくらいぽかぽか。
ぬるさとB級ぶりにパパは上出来というよりやっぱり半出来と感想をもらしたが、私はとても面白かったよ。
さて、半出来温泉の後は、嬬恋郷土資料館に行ってみようと思っていた。
隣接して嬬恋村創作実習館というのもあり、こちらはわら細工や竹細工といった工芸を教えてくれるのだが、ちょっとうちの娘たちにはまだ難しいだろう。
浅間方面に向かう手前で、
山田屋温泉旅館あと400米といった看板を見た。
山田屋温泉旅館というと、確かつま恋温泉。手持ちにガイドブック「群馬の温泉」に日帰り入浴無料クーポンがついていたはず。そう伝えるとパパは、タダなら帰りに寄ってもいいと言った。
郷土資料館に着くと、隣に水車というお食事処があった。
ちょうど時刻は12時半。腹ごしらえをしてから資料館を観ることにしよう。
外の看板には、蕎麦・釜飯とあったが、中に入ると何故かメニューから釜飯が削られていた。蕎麦は昨日も食べたけど、まあいいか。子供たちには焼おにぎりもあるようだし。
ここの蕎麦は100パーセント嬬恋産。
愛想の無い店だったが、蕎麦の味は昨日の店より美味しかった。
嬬恋村郷土資料館は、浅間山の噴火と嬬恋村名産のキャベツの二つがテーマのようだ。
天命三年8月5日、晴れて静かな朝だったそうだ。誰もがその後に訪れる悲劇のことも知らず油断していたその日、昼前の11時ごろ、突如として浅間山は大量の火砕流を噴出し、麓の鎌原村(かんばらむら)を一瞬にして飲み込んだ。
轟音は京の町まで響き、吾妻川に流れ込んだ土石流は利根川にも達し前橋まで流れ着いたそうだ。
村はずれの高台に建つ延命寺の観音堂に逃げ込んだ93人だけが奇跡的に生存した。
彼らは離散する道を選ばず、妻を失った男性は、夫を失った女性を妻に迎え、子を失った親は、親を失った子と養子縁組をし、新たな家族を構成し、村の再建を行った。
そのときの溶岩が固まり、鬼押し出しとなって今も残っている。
浅間山が活火山であることは知っていたが、そんな歴史があることは知らなかった。
資料館は鎌原村のあった場所に建てられている。
ここの三階から遠く浅間山が望めるが、今は静かな白い山は、たおやかな姿を見せるだけで荒々しさは感じられない。
キャベツの方は、うさぎの人形など使ってザワークラフトの調理法を紹介したりしているが、浅間山の悲劇の歴史と一緒に見せられると、どうも浮いて仕方ないのである。
帰りがけに、行きに見つけた
山田屋温泉旅館に寄った。
ぽつりとある一軒宿なのかと思っていたが、建物が立ち並ぶ中にあった。
小奇麗な外観。旅館の建物の前に数台停められる駐車場があるが、どれも宿泊者専用の立て札がある。道を挟んだ向かいにも駐車場があるのでそちらに停めて受付を済ませることにした。
大人500円、3歳から小学生まで400円。ついでに今日は休日で土日は100円増し。大人料金は普通だが、子供料金は割りと高めだ。大人土日料金の600円×2人分はクーポンで無料だが、子供たちの分だけで1,000円飛んでしまった。
何でもこれから大型観光バスが着くので、車を移動してほしいと言われる。宿泊者専用の駐車場に車を移した。そんな大型バスが入るような旅館には見えなかったので意外だった。
男湯と女湯は隣同士ではない。廊下を通って右に女湯、男湯は左折してその先。見える景色が違うのだろうか。
全部脱ぎ終えてから子供たちがトイレ!!と言う。
しかもここは脱衣所にトイレがついていない。仕方ない、もう一度服を着て…子供たちはタオルをまいたままでいいか。カナはバスタオル巻き、レナはてぬぐいを腹掛けにした。トイレは脱衣所を出てすぐ隣だった。
地元の方が一人、入浴中だった。
カナとレナが入って行くのを見て、「こんなちっちゃい子でも500円取るんでしょ、高いわよねぇ」と話しかけてくださった。何でも地元の高齢者は役場で札を購入すると、年齢に応じて格安で入浴できるのだそうだ。おばあちゃんは毎日のように入りに来ているという。
「沢渡では困ったわ」
と、突然
沢渡温泉の話になる。
沢渡というと、温泉病院がありましたっけ?
「そう、毎日温泉に入れると思うでしょ。軽ければ入れるんだけど、重いと週二日しか入れないの。それに運動させられるのよ、毎日外を歩かされるの」
あそこは坂ですものね。
「そうなの、あの坂をね、川まで歩かせられるのよ」
ちゃんとしたリハビリテーションの一環なのだと思うが、確かに近所につま恋温泉のようなところがあるなら、沢渡まで行かなくてもいいかもしれない。
お湯は濁った緑色。膝まではうっすら見えるが、足の先は見えない濁り具合。
臭いを嗅ぐと、今朝入った半出来温泉の油臭とは違い新鮮な鉄臭。ということは、この色は炭酸鉄系かしら。飲んでみると確かに鉄入りの気の抜けた炭酸飲料のような味。色と臭いと味、傾向としては
平湯温泉平湯の湯か今や伝説の埼玉の
清河寺温泉と同じ。
温度は熱すぎず温すぎず誠に適温。元々源泉温度が42度とばっちりそのまま入れるのがいい。加熱したり薄めたり冷ましたりの必要なし。
湯口には石のタヌキが寝そべっている。
露天風呂は内湯のお風呂の中を通って行くようになっている。
がっちり周りを囲われていてまったく展望は無いが、露天に出て行くとき下に運動場のようなスペースが見えた。
真下が線路なのでゴミを落としたりしないで下さいといった注意書きがある。竹垣の下の僅かな隙間からのぞけば、なるほど線路。もし囲いが無かったら電車を見ながら入れる露天風呂なわけだ。
上がるとパパが、お風呂からの景色も良かったし、脱衣所が綺麗で変わったつくりだったと言った。線路もよく見えるし、もうじき咲きそうな桜の木もあったそうだ。
むむ? 女湯と雲泥の差だ。
そういえばここの名物に樽風呂というのがあるはずだが、廊下の表示も樽風呂は男湯になっていた。
パパは樽風呂には入らなかったと言っていたが、このお風呂に家族四人で千円(大人はクーポン使用で子供二人分の休日料金)なら満点の大満足だと言う。今朝の半出来温泉はB級だったが、つま恋は気に入ったと言う。
元鉄ちゃんとしては(元なの?)、ぜひともお風呂に入りながら電車が通るのカメラに収めたかったが、ついに通らなかったのが残念だと言った。
なんか悔しいな。
こんなに男湯と女湯で景色や脱衣所に差があると。
上がると、どっとロビーに荷物を持ったお客さんが詰め掛けていた。大型観光バスが着いたのだ。
早々に退散することにしよう。
帰り道、吾妻川沿いの道を走りながらパパは、あまりにこの道を何度も通ったから、もう目をつぶってでも運転できそうだと言った。
本当に目をつぶって運転できる頃には、もうこの道は無いよ。
だってダムの底に沈んじゃうんだから。
榛名湖への道を戻るのも今日で最後。
朝にはくっきりと見えていた浅間や白根の山々は、夕方にはぼんやり霞んでいる。
もうじき夕暮れ。
青い黄昏が落ちてきて、星がきらきら瞬く。対岸の明かりがゆらゆらと湖面に映りこんで、静かな宵となる。
夕食後、いつものショーを見せてと子供たちに頼んだら、カナは踊りたくないと言った。どうしてかな? 最後だよ。
レナは一人でも躍ると言って、襖の奥に引っ込んだ。やがて、「ジングルベ〜ル、ジングルベ〜ル、鈴がぁ鳴る〜♪」と威勢良く歌いながら飛び出してきた。
うーん思いっきり季節外れだぞ。
そのあまりに楽しそうな様子に、思わずカナも飛び出して行った。
いつものように二人のショー。
そしてこれが最後のショー。
最終日へ続く